補佐官は、まだ、ため息をつかない ⑦
最近、つけられている。
視線も感じる。
私は、こう見えても仕事柄、そういうことを感じやすい。
今は泳がせている。
危険性はあまり感じられない。
殺意などはなく、どちらかと言えば監視だろうか。
ここは学園といっても貴族の巣窟。
色々あってもしょうがない。
しかし、この中で一般の学生はよく勉強できるなと感心する。
私なら気になって無理。
そういえば、講義を受ける時の教室は、大体座る席が決まっていた。
貴族が窓側、平民が通路側だった。
リアもどちらかと言えば窓側。
そして、教師がいる黒板とは反対の後ろ側だった。
さらに、一部の場所に、誰も座らない席があった。
真ん中の一番奥。
この場所だけは、誰も座らない。
黒板も見やすいし、いい席だと思うのだけど。
気になったので、最近私の隣に座るクラリー嬢に聞いてみた。
「あ、はい。あれは、シャーロット様の席です」
シャーロットさん、講義に出ているんだ。
勝手なイメージで、天才は講義に出ないと思っていた。
「最初は、違ったらしいのですが」
話を聞くと、昔は一番前で講義を受けていたが、あまりにシャーロットさんの質問で講義が進まないので、シャーロットさんの質問はその場では禁止。
後でレポートで提出すること。
そして、場所は一番後ろの席。
というふうに決まったらしい。
本当かどうかわからないが、学生の間ではそういう噂が流れているようだ。
ちょっと可哀想な気がする。
まあ、シャーロットさんなら気にしないだろうし、教師もやりづらいだろう。
他の生徒の手前もある。
あの人面倒な質問しそうだもんな。
学生も色々大変だ。
そういえば、シャーロットさんの席と言われる場所の隣に座っている金髪の女子生徒がいた。
明るくて、みんなに声をかけられている。
先ほど、リアにも彼女は挨拶していた。
私にも、声をかけてくれた。
貴族ではないのに珍しい。
どこかの資料で見たことがあった気がした。
生徒名簿にあった名前を見た時、少し気になっていた。
ヴァイオレット・ウィンター。
特に問題なさそうだったので、保留調査に区分けしている。
どうしても、貴族からの捜査が優先してしまう。
レストレード監査官も同じ考えだったし、たぶん問題ないだろう。
そう思って、彼女から視線を外すと、
「彼女は、シャーロットの友人ですよ」
リアが耳元で囁く。
シャーロットさんの友達か。
どうしても、クセがある人に思ってしまう。
つい視線を向けると、向こうにいるヴァイオレットと目が合った。
彼女は最初、不思議そうな顔をしていたが、そのあと笑顔で会釈された。
いい子だな。
可愛いし。
横にいたリアに、なぜか腕をつねられた。
痛い。
リアを見ると、軽く頬を膨らませている。
お腹すいたのかな?
講義が終わったので、私は探索に向かう。
リアとクラリーは、専門講義らしい。
私は、一般講義以外はもう授業内容が無理と悟ったので、本来の仕事をする。
シャーロットさんの花壇。
魔導学園の花壇は、かなりしっかりと整備されていた。
これは、見ているだけで楽しい。
モフモフ元気かな。
魔導学園に来ているので、モフモフは今、エセリン監査官に預けている。
もちろん、ずっと一緒にいたい。
貴族寮は、動物禁止だった。
いや、家族です。
とは言えなかった。
ワトソンさんはいいのかな?
まあ、あの人は大丈夫か。
花壇を眺めながら歩いていると、一部の区画が何やらおかしい。
一部というか、結構な区画だけれども。
遠くから見ると色鮮やかだ。
今、目の前のそれは何だろう。
少し怖い。
この怖さは、リアが育てた巨大スミレを思い出す。
そういえば、あの巨大スミレがこの前行った時になくなっていた。
他の花が咲いていた。
どうしたのだろうか。
聞くのを忘れていた。
間違いなく、ここがシャーロットさんの花壇。
これは、なに?
花壇というか実験場。
見たことない花と色がある。
あの人、ここで何を作っているのだろうか。
そういえば、変わった化粧品を持っている。
自分で作ったとか言っていた。
シャーロットさんやワトソンさんの肌も艶々していた。
私は、最近手入れができていなかった。
リアと一緒に住んでから、借りた化粧水をつけているので肌艶が良い。
若い子たちと一緒にいるせいかもしれない。
仕事場は、年齢層が高いからな。
リアが持っている整髪油も、シャーロットさんから頂いたと言っていた。
意外に、おしゃれに気を使う人だったのだろうか。
まだまだ謎が多いな、シャーロットさん。
ふと花壇から、学園を見上げる。
大きいな。
あっちが寮塔。
反対が研究棟。
そして、真ん中に講義棟がある。
なんだ。
あれは?
屋上に誰かいる。
確か、屋上は出入り禁止のはず。
なんだろう。
私は屋上に急いだ。
あそこから狙われたら危ない。
階段を駆け上がる。
意外と長い。
結構疲れる。
屋上の扉が開いている。
私は、ゆっくりと気配を消して近づく。
武器はない。
さすがに、魔導銃は学園に持ち込みできない。
男だ。
何かをいじっている。
さらに近づく。
木箱のようなものがある。
私は呼吸を整える。
「何をしているのですか?」
男は、ゆっくりとこちらを見る。
痩せている。
身長は私より大きい。
見たところ、武器などは持っていないようだ。
白衣を着ている。
学園の教師か?
「結構早かったね。ここまで登ってくるのに。体力には自信があるんだ、君は」
「私の質問に答えて頂けますか?」
「ああ、失礼。蜜蜂の世話を頼まれてね」
蜜蜂?
「これは、蜜蜂の巣なんだ。蜂蜜を取るためのね。しばらくいないから、ハドソンにバレないように見てくれとシャーロットに言われててさ。下を見たら、君がこっちを見ていたから、まずいなと。まさかこっちに来るとは。階段を駆け上がる音も聞こえたし、びっくりだよ。秘密じゃなくなっちゃうしね」
「シャーロットさんの知り合い?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあね、さようなら」
男がそう言ったあと、屋上から飛び降りる。
え、えー。
これは、助かる高さではない。
今忙しいのに、また仕事が増える。
どうも職業柄、報告書の内容が目に浮かんでしまう。
しかし、私の想像とは違うことが起きた。
男は地面に落下しなかった。
男の背中から、大きな布が飛び出る。
落ちる速度がゆっくりとなる。
ゆっくりと揺られながら、先ほどのシャーロットさんの花壇の近くに着地している。
「レジナルド様?」
蜜蜂の木箱の後ろから声が聞こえた。
気配がない。
気づかなかった。
こいつ、危ない。
現れた女性は、周囲を確認している。
そして、私を見る。
「ステラ様ですね」
声の主は私を知っているが、私はわからない。
誰だ?
少なくとも生徒ではない。
「えっと」
「申し訳ございません。私、レジナルド様の助手、エディス・グレイヴスです」
「それで、レジナルド様は?」
私は、屋上から地面を指差す。
「え?」
エディスは、私の指を見た後、地面を見る。
「あいつ、また」
少し殺意を感じる。
「ステラ様、少々お待ちください」
階段を降りる足音が小さい。
しばらく待っていると、先ほどの二人が戻ってきた。
エディスは息切れすらしていないが、レジナルドは死にそうな顔をしている。
白い布を手に持っている。
結構大きいな。
それにしても大丈夫なのだろうか。
「何をやっているのですか?」
エディスは、腰に両手を当てている。
お母さんみたいだ。
「す、すいません」
レジナルドは息も絶え絶えに、なんとか答えている。
「いきなり、この子が現れたから、逃げようと思って」
何で逃げるの。
「ステラ様は、シャーロット様のご友人です。問題ありません」
「そうなの。言ってよ」
言う前に飛び降りてますけど。
「それで」
「シャーロットに頼まれていた件だろ」
レジナルドは、勝手に話を進める。
「ゴーレムの」
ゴーレム?
何のことだろう。
あの屋敷の事件は、解決しているはず。
「ここだとまずいから、場所を変えよう。その前に、少し蜂蜜を貰って」
「レジナルド様、シャーロット様に怒られますよ」
「これぐらいいいだろ。紅茶に入れると美味しいんだよ」
それは美味しそうだな。
と、私も思った。
スコーンとかにかけて食べるのもいいですよね。
レジナルドに連れられて来たのは、学園の研究棟だった。
彼は准教授だった。
彼の研究室に入る。
思ったより片付いている。
勝手なイメージで、研究室ってごちゃごちゃしていると思っていた。
エディスが紅茶を淹れてくれた。
先ほどの蜂蜜が小さいカップに入っている。
「スプーン一杯入れると美味しい」
私は、蜂蜜を入れた紅茶を飲む。
あ。
もっと甘いと思っていた。
むしろ、口に入った時の香りがいい。
これには、何が合うかな?
「よし、これで共犯者ができた」
私の周り、こんな人多いな。
まあ、シャーロットさんには後で謝ろう。
「それで、どこまで聞いてる?」
レジナルドの目つきが鋭くなる。
「えっと、何も」
「何も? シャーロットから聞いてないのか?」
「監視局だろ? リッチモンドパークのことを調べてるんだろ?」
「レジナルド様、話が噛み合っていません」
エディスが割って入る。
「整理します」
エディスのおかげで、話が見えてきた。
レジナルドは、シャーロットさんに学園での調査を頼まれていた。
私がたまたま現れたので、シャーロットさんの使いと勘違いして、余計なことを言ったらしい。
「まあ、いいか。君からシャーロットに伝えておいてくれ。今回の件は、シャーロットの予想通りゴーレムだよ」




