補佐官は、まだ、ため息をつかない ⑤
エレノア・セシリア・モントローズ。
貴族のご令嬢である。
今回の私の捜査対象の一人。
この国には、二つの階級がある。
貴族か、そうでないかである。
もちろん、その上には王族がいる。
彼らは別格だ。
国を統治する者。
貴族の中にも、さらに階級がある。
一つは、王族との繋がり。
王族との関係性が強い者は、政府の役職に抜擢されやすい。それが更なる権力に繋がる。
もう一つは、財力。
単純に、お金があるかないかだ。
お金で買えないものはない。
そう考える者が、権力すらも買っている。
ジュリアン・モントローズ伯爵は、そうして力をつけていった。
だからこそ、貴族の中でも敵が多い。
貴族は、プライドが高い。
金で地位を買う者を認めない。
さらに、歴史がない新興貴族は特に。
魔導学園は、学生の場所だ。
貴族も庶民も境界はない。
表向きは。
今、私はある所にいる。
貴族だけが立ち入る場所。
貴族の習慣に、お茶会がある。
いつの間にか、その場所が出来ていたらしい。
その奥で、私とリア、そしてエレノアがお茶会をしている。
周りからの視線はあるが、誰も近づいて来ない。
リアの親衛隊が前に立ちはだかっているからだ。
「大丈夫でしたか? エレノア」
「はい、アレクサンドラ王女殿下」
エレノアは、リアを目の前にして緊張している。
わかる。
わかります。
私も最初そうでした。
昔の自分を見ているようだ。
エレノア嬢は、肩より少し長い黒髪だ。
その髪は、まるで糸のように真っ直ぐに整っている。
私とは髪質が違いすぎて憧れる。
私は、くせっ毛なので、髪が整えられない時がある。
最近は、リアがなぜか私の髪を手入れしてくれている。
リアは上手だ。
潤滑油、くしの良さかもしれないけど。
ここ数日の私の髪は、今までで一番整っている。
鏡を見るのが少し楽しい。
もちろん、王女殿下に何をさせているとは思っている。
しかし、なぜかリアは「いいの」と言ってやってくださる。
何がいいのかはわからないけど。
「ステラも怪我をしたのですよ」
リアのその言葉を聞いて、エレノア嬢は私を見る。
「背中を少し切られただけです」
私の傷は、そんなに深くなかった。
次の日から普通に働けるくらいだった。
今は、お風呂に入ると少ししみるくらいだ。
ドレスの背中の部分は、きれいに裂かれていた。
リアにはお詫びをして、弁償の話をしたが断られた。
エレノア嬢の怪我は、どうだったのだろうか。
「私は、レオポルド王子殿下に助けられましたので、何も」
「それは」
リアは、早速本題をつく。
「狙われた理由はわかりますか?」
「え?」
エレノア嬢は驚く。
私も驚く。
レオポルド王子殿下を狙ったのではない、ということ。
「そ、それは、レオポルド王子殿下が狙われたのではないのですか?」
「ええ。その可能性も考えましたが、あなたの言い方で、もう一つの可能性もあるかもと」
「お兄様があなたを助けたということは、あなたを狙っていたということではないでしょうか? でなければ、お兄様を狙った相手から、あなたが守ろうとしたのですか?」
「いえ、私はそんなことできません」
見る限り、エレノア嬢はそういうことに向いていないように見える。
そういえば、細身だが結構胸に膨らみがある。
少し羨ましい。
「そうですよね」
リアは、紅茶を一口飲む。
私と逆だ。
いや、あの時の立ち位置は、私とリアは同じ方向にいた。
私も狙われていた可能性がある。
しかし、私があの場所にいたのは偶然だ。
リアが私を誘わなければ、そこにいない。
考えすぎだ。
「最近、変わったことはありますか?」
私は、エレノア嬢に尋ねる。
エレノア嬢は、まるで紅茶の量を測っているかのように考えている。
「特に、何もないです」
それは、まるで何かあるような言い方ですよ。
私はリアを見る。
リアは楽しそうに微笑んでいる。
そして、ゆっくりとお茶会の場所を眺めている。
お茶会が終わり、私とリアは講義室に戻った。
エレノアも同じ講義なので、並んで座る。
なぜか、私を挟んで二人は座る。
昨日も受けた、一番眠かった講義だ。
何か違う気がする。
私は、いつもと違う視線を感じる。
軽く周りを見る。
見たことがない生徒が何人かいる。
まあ、全員の生徒の顔を覚えているわけではないので当然だけれども、それでも昨日いない生徒の顔くらいはわかる。
たまたまいなかったのか。
それとも……。
講義中は、私が眠いこと以外、何もなかった。
リアとエレノアと別れた後、私は寮長室に向かった。
リアは「私も行く」とか言っていたが、丁重に断った。
私は仕事をします。
リアは勉強してください。
寮長室の扉を軽く叩く。
「失礼します」
「どうぞ」
声が聞こえたので、私は中に入る。
「お疲れ様です、ハドソン寮長」
「ステラ、ちょうど紅茶を淹れたところなのよ」
「ありがとうございます」
私は、ハドソン寮長に手で案内され、椅子に腰掛ける。
「貴方も大変ですね。シャーロットだけでなく、ヴィクトリア王女殿下もですか」
「はい、仕事ですから」
私は、みんなが思うほど二人が嫌いじゃない。
むしろ、好きかもしれない。
美味しいものを食べられるのが一番大きいかも。
たまに疲れるけど。
「そういえば、シャーロットさんは?」
「あの娘、どこまで行ったのかしら。一回いなくなると、しばらく帰って来ないのよね。珍しく、花壇の整備も庭師に頼んでいたわ」
そういえば、よく花壇にいるとワトソンさんが言っていたな。
シャーロットさんも花が好きなのだろう。
きっと庭園も見たかったに違いない。
いや、勝手に入っていたから、自由に見ていたのかもしれない。
そう思うと、自由な人だな。
「でも先日、ワトソンだけ帰ってきていたわね」
「そうなのですか?」
「ええ、すぐにいなくなったけど」
私は、少しリアのことを相談したかったのだが、仕方がない。
今回は私の事件でもある。
「えっと、生徒の資料でしたね」
「はい、すいません」
「本当は、監査局にも見せるのは良くないのですが、事件が事件なので」
そう言うと、ハドソン寮長は生徒名簿をテーブルの上に置いた。
「失礼します」
私は、生徒名簿を開き、顔写真を確認していく。
気になる人物の名前を手帳に移し、顔写真を記憶する。
予想以上に人数が多い。
気づくと、紅茶から温かい湯気が出ていた。
ハドソン寮長が淹れ直してくれていたようだ。
ありがとうございます。
終わった。
「ご苦労様、ステラ。お菓子食べる?」
「え、頂きます」
最近の私は断らない。
頂けるものは、頂くことにしている。
「これは、マカロンですね」
緑、ピンク、青、黄色。
色とりどりの色がある。
それだけで楽しい。
そして、おいしい。
紅茶に合う。
少し茶葉が強めだな。
あまり飲んだことがない味だ。
「これ、インド産なのよ」
「へー、インドか」
行ったことはないが、茶葉とスパイスが盛んな地域という感覚がある。
機会があったら行ってみたい。
最近、旅行もしていないな。
のんびりどこかに行って、その場所のおいしいものを食べたいな。
私の心がインドに向かいそうになった時。
「それで、何かわかりましたか?」
ハドソン寮長は、生徒名簿を見ながら聞いてきた。
「はい。ある程度は。助かりました」
「早く解決できると良いわね」
私は頷く。
貴族塔に戻る途中、私は声をかけられる。
「あなた、ヴィクトリア王女殿下の何なのですか?」
「えっと」
先ほど、教室で私たちを見ていた生徒の一人だ。
たしか、五大貴族のご令嬢の一人。
クラリッサ・ブラックウェル。
ブラックウェル公爵。
王族に一番近い、歴史ある一族。
大議会の貴族たちをまとめている。
彼を敵にすることは、王宮としても望んでいない。
そして今は、とても良好な関係を結んでいるらしい。
「私は、ヴィクトリア王女殿下の友人です」
警護しているとも言えないし、捜査中です、とも言えない。
さらに言えないので、リアと相談した結果、友人がいいらしい。
リアは「恋人でもいいですよ」とか、笑えないことを言っていた。
いつも側にいるから、何でもないですなんて答えられない。
だから、きっと一番いいのだろう。
「ゆ、ゆ、友人」
「あ、あなた、どこの貴族?」
「えっと、貴族ではないです」
「何をおっしゃっているのかわかりませんが」
なんか面倒な人だな。
階段から足音が聞こえた。
天使が下りてきたと思うくらい、リアの髪は光っていた。
「どうされました?」
「ヴィクトリア王女殿下」
クラリッサ嬢は、ドレスの端を持って挨拶をする。
「ああ、クラリッサ。お元気そうで」
「はい」
クラリッサ嬢は、嬉しそうに目を輝かせている。
「ステラ、終わりましたか」
一瞬だけ、リアはクラリッサ嬢を見たが、すぐに私の方に視線を向ける。
「はい、ヴィクトリア王女殿下」
「行きましょうか」
「えっと、どこにですか?」
「私の部屋です。二人っきりで」
「二人っきり」
クラリッサ嬢は、悲鳴に近い声を上げる。
二人っきりにはならないですけど。
いつも、親衛隊かメイドさんがいますから。
「クラリッサ、では、また」
「は、はい」
寂しそうに、クラリッサ嬢は答えた。
その声を聞いて、階段を上がろうとしていたリアは一度立ち止まる。
そして、クラリッサ嬢の所に戻り、彼女の手を自分の両手で包み込む。
「どうしたのです。いつも元気なあなたに、何かあったのですか?」
「いえ、ヴィクトリア王女殿下」
クラリッサ嬢の顔は真っ赤だ。
耳まで赤い。
目はとても虚ろになっている。
「今は少し忙しくて。時間ができたら、あなたとゆっくり過ごしますね」
「はい、待っております」
リアは、軽くクラリッサ嬢とハグをした。
耳元で何か言っていたような。
私は、軽やかに階段を上がっていくリアを見上げる。
あ、履いているんだ。
結構見えるな。
危ない。
危ない。
私は、ゆっくりと階段を上がっていった。




