補佐官は、まだ、ため息をつかない ④
「あの、これは、その」
私は魔導学園にいる。
そして、学園の制服を着ている。
ブラウスにリボンをつけたとき、少しドキドキした。
そして、私の足元が少し寒い。
久々に着た制服。
ちょっと無理。
恥ずかしい。
というか、スカートこんなに短かった?
私がスカートの位置を気にしていると、リアが声をかけてきた。
「そのスカートの丈、違いません?」
「そうですか? 今はこれが普通ですよ。長いくらいです」
昔は膝よりも長かった。
今は膝よりも短い。
これ、どうやって階段上がるの?
私、無理。
「似合っていますよ、ステラ。とっても」
リアは私を見て、うっとりしている。
この人、たまにちょっと視線が怖い気がする。
私、ステラ・ホプキンスは魔法省監査官だった。
今日の朝まで。
昼には、魔導学園の学生になっている。
なんで?
こんなことに……。
朝、監査局に出勤し、局員のみんなに挨拶して自分の席に座る。
資料を確認していると、上司のレストレード監査官に声をかけられた。
「レストレード監査官、どういうことですか?」
私は不満そうに言う。
「ああ、だから、しばらくアレクサンドラ王女殿下の側についてくれ」
「王宮親衛隊がいますよね」
レストレード監査官は少し困ったような表情をしながら、軽く左目を細めた。
「ああ。だが、それが今一番の問題だ」
王宮親衛隊。
王族の警備は彼らに一任されている。
しかし、先日事件が起きた。
王宮親衛隊と思われる者たちが、王族たちを襲撃した。
その場所に私はいた。
いや、むしろ被害者の一人だ。
犯行に及んだ親衛隊の一人は逃亡。
もう一人は拘束後、その場で煙のように消えた。
さらに、他にも関係者がいるのかもしれないという状況だ。
そのため、王宮親衛隊は今、自分たちを捜査しているせいでかなり制限されている。
とはいっても、王族の行動まで制限できないため、その役割の一部を軍が担っている。
事をさらに大きくしているのは、王宮不可侵。
魔法省も監査局も捜査はできない。
王族関係の捜査や警備は、王宮親衛隊だけしかできない。
現在、一部の場所では軍が王宮と王族の警護をしている。
ただ、魔導学園に軍の警備は入れない。
魔導学園にも不文律がある。
しかし、警備をしなければならない王族がいる。
ヴィクトリア王女殿下だ。
「どうして私なのですか?」
私はレストレード監査官に尋ねる。
警備は私に向いていない。
それよりも、警護課に頼んだ方がいい。
魔法省には警護課がある。
貴族や被害者などの警護を中心とする部署だ。
王宮親衛隊にも負けない能力がある。
「ああ、そうだが、王女殿下たってのご希望でな」
「そうですか。わかりました」
「断ります」
私ははっきりと言った。
「そうか。って、おい」
王女殿下の警護。
しかも、魔導学園で。
私は胸の奥が少し痛くなった。
「学園だからか?」
「いえ、違います。私に警護は向いていません」
「そうだな。でもな、これは仕事だ」
私はそれ以上何も言えなかった。
「それに、警護の仕事ではない」
「どういうことですか?」
「警護は別にいる。お前の仕事は」
久しぶりの授業。
ね、眠い。
こんなに眠かっただろうか、というくらい眠い。
起きているのに集中するのがやっとだ。
授業の中身などまったくわからない。
これ、何語で話しているの?
隣にいるリアことヴィクトリア王女殿下は、私の隣で授業を聞いている。
どうやったらそんな形で座っていられるのかと思うくらい、正しい姿勢だ。
お、終わった。
「どうですか、ステラ。授業は?」
「は、はい。勉強になります」
「本当ですか。よかった」
リアは笑顔でこっちを見る。
すみません。
嘘をつきました。
眠るのに耐えるだけで、授業はまったく覚えていません。
授業が終わると、魔導学園にある貴族塔の王女殿下の部屋に戻る。
私の今回の任務は、首謀者の洗い出し。
王宮親衛隊が王族を狙った。
だとすると、その主犯は王族の可能性もある。
さらに、その時の被害者がこの学園に通っている生徒でもある。
エレノア・セシリア・モントローズ。
父親はこの国の貴族。
それも五大貴族。
新興貴族の中で、莫大な財力をもとに権力を大きくしていった。
貴族の中でも敵が一番多い。
本当に狙われていたのは誰なのか。
だから調査が必要だ。
そのために、私はヴィクトリア王女殿下の警備という名目で一緒にいる。
別に学生に変装しなくても良いと思ったのに、「授業中は親衛隊しか入れません」と言われたので仕方がなかった。
本当はシャーロットさんがいればいいのだが、彼女はどこかに出かけたまま帰ってきていない。
もちろん、ワトソンさんもいない。
ちょっと寂しい。
ヴィクトリア王女殿下と一緒に暮らして、はや二日。
特に大きなことは起きていない。
ただ。
つ、疲れた。
授業だけでも耐えられないのに、休憩時間には貴族のご令嬢、ご子息が集まってくる。
目的はみんなリアなのだが、なぜか私にまで声をかけてくる。
いや、少しくらいのんびりさせてください。
お昼休憩ですら食べている暇などない。
みんなお腹空かないの。
栄養補給しないと駄目だよ。
若いうちはしっかり食べよう。
授業が終わると、研究室で研究。
さすがにここまではいない。
帰る頃には真っ暗。
「大丈夫ですか、ステラ」
「はい。なんとか」
「今日は少し忙しかったから。大丈夫ですか?」
少し?
そうなのですか?
「じゃあ、お夜食を食べます?」
「はい」
リアのこういうところ、大好きです。
「捜査の状況はどうなのですか?」
私はリアに尋ねる。
「ええ、レオポルドお兄様はお元気そうでしたよ」
王立園芸会による王族襲撃事件で被害にあったのは、レオポルド第四王子。
近くにいた女性を庇ったとき、刃物で腕に怪我をされたようだ。
もちろん、命に問題はなかった。
しかし、襲われたという事実が大きい。
これには魔法省に激震が走った。
レオポルド第四王子は、魔法省とかなり強く繋がっている。
予算を決める大議会では、王族と議員の力がものをいう。
大議会の議員のほとんどを貴族が占めている。
貴族は魔法省の力をそぎたいので、予算を抑えようとする。
それに対しての盾や矛を、レオポルド第四王子は担っていた。
もし、彼がいなくなると勢力図が変わる。
面倒なことになる。
「犯人はわかったのですか?」
「はい。レオポルドお兄様の近くにいた警備担当のようでした」
「しかし、何も残っていないので、わからないみたいです」
「監視局ではどう考えていますか?」
「我々は表向き、捜査できないので」
「そう」
情報交換にならない。
お互いの立場がありすぎる。
それをリアも感じたのか、
「では、友人として雑談します」
「どう考えますか?」
リアはお夜食のブランマンジェをスプーンに乗せる。
ゆっくりと私の方に、そのスプーンを持ってくる。
リアの口が「あーん」と言っている。
私が口を開けると、牛乳の甘みとアーモンドの香りが口に広がる。
疲れた私の頭を整えてくれる。
冷たく、甘い。
リアは、私がちょうど口の中のものを喉に通した瞬間、またスプーンを持ってくる。
心の中では、まずい、と思う。
このままでは太ってしまう。
しかし、口は無意識に開く。
おいしい。
幸せ。
危ない。
現実に戻る。
「狙われたのはリアとレオポルド第四王子、そして貴族のご令嬢エレノア」
「関係性はありますか?」
リアは紅茶を一口飲み、少し考えているように見えた。
「エレノア嬢は、私と同じ魔導学園の生徒です。あまり話したことはありませんが、授業では一緒になることがあります」
「どのような方ですか?」
「今度、一緒にご飯を食べましょう」
そんなに簡単にできるのですか、とは聞けなかった。
「王宮親衛隊の方はどうなのですか?」
「そうですね。かなりもめています」
「ただ、私たちを襲った者は王宮親衛隊ではありませんでした」
「どういうことですか?」
リアはここで一口ブランマンジェを食べる。
おいしそうに食べる。
なぜか少し頬が赤くなった気がした。
リアの話では、ペンブローク・ロッジの警備担当である王宮親衛隊の三人が眠らされていたらしい。
彼らの制服や許可書もすべて無くなっていた。
変装した者が、リアたちを襲ったのだろう。
逃げた一人。
そいつはまだ見つかっていない。
あの警備状況から逃げきったのだ。
レオポルド第四王子を襲った者は、その場で消えている。
本人を示すものが何もない。
そして、もう一人が誰を襲おうとしたのかが一番の問題。
可能性として一番高いのは、女王陛下。
たまたまいなかった。
よかった。
「一番の問題は、ここまで計画して準備して、誰も、親衛隊も監視局も気づいていない。けれど、計画が失敗していることね」
リアの言い方は少し変だ。
まるで、わざと失敗したような。
そんなことはない。
怪我人が出ている。
もしかしたら死者ですら。
「まだ情報が足りないですね」
「はい」
リアは紅茶のカップを見つめた。
突然、リアは大きな瞳をさらに広げ、私を見た。
「ステラ、階段を上がるときは注意した方がいいですよ」
「え?」
そういえば、さっき階段で私の後ろから上がっていた。
「どうして中にスパッツを履かないのですか? みんな履いていますよ」
え、そうなの。
まあ、そうですよね。
「もしかして、そういう趣味なのかしらと思いまして」
そんなわけないでしょう。




