補佐官は、まだ、ため息をつかない ③
「こういうことだったのですね」
私はそれを見て驚いている。
王立園芸会。
年に一度、リッジモンドパークに誰もが入れる日。
そこでは、この日にかけて整備された庭園を見ることができる。
花、木、草、土。
全てが一つの空間を作っている。
王宮、そして王族が権威を見せ付ける日でもある。
庭園を見るだけではなく、その場所に集まる貴族の数、人の数が王族の今の力関係を表すことにもなる。
しかし、私はただただその場所にある光景に感動していた。
「枯山水というらしいです」
遠い国の庭にあるものらしい。
そこは英国と同じ島国。
「この白い石で川を表していて、大きい石は島のように見えますね」
リアが私の隣で説明してくれる。
「これを作っていたのですね」
「はい。知らない人には説明が難しいので、見ていただくのが一番だと思いました」
先日、私たちはレオポルド第四王子の庭園を見に行った。
そこにあったのは、石まみれの庭園だった。
まさか、こんなものを作っていたとは。
正直、綺麗な庭園はたくさんあった。
だが、衝撃を受けたのはこの庭園が一番だった。
「素晴らしいですね」
「ええ。自慢の兄ですから」
リアは白いドレスがとても光っている。
袖口には、青紫のスミレの刺繍がある。
白い傘をさしているので、リアの金髪がさらに輝く。
私はリアに貸していただいた深い青緑色のドレスを着ている。
歩くのが難しい。
「さあ、いきましょうか」
今日は、リアことヴィクトリア王女殿下が、私――ステラ・ホプキンスの相手をしてくれている。
こんな大事な日は、私以外の相手で忙しいと思うのだけど。
私はお昼くらいにリッジモンドパークに着いた。
あまりの混雑に、入れないかと思った。
先日、リアからもらった優先許可書により、すぐに入れた。
さすがお姫様。
まず、挨拶に行こうと思い、リアの庭園に向かった。
人で埋め尽くされていた。
それだけで、リアが市民から好意的に見られているのだと感じた。
リアはいないようだったので、先日から気になっていたレオポルド第四王子の庭園に向かった。
そこは、まるで別の国のようだった。
そして、ほかの場所よりもとても静かだった。
雰囲気がそうさせているのかもしれない。
私には、とても落ち着く場所だ。
「だーれだ」
私の目は、白いレースの手袋によって隠される。
「おやめください、ヴィクトリア王女殿下」
私は真っ暗な中で答える。
「リア」
私の左耳に、温かい息がかかる。
「え?」
「リアですよ、ステラ」
もう一度そう言うと、リアは私の前に立つ。
相変わらず綺麗。
私は見とれてしまった。
「どうですか、新調したこのドレスは?」
「はい。とてもお綺麗です」
「ありがとう。でも、お兄様の庭には負けたわ」
リアは軽く目を細めた。
いえ、そこに勝ち負けはないです。
むしろ、その世界にあなたがいることで完成しています。
「さて、これからはステラのための時間です」
「いいのですか?」
「ええ。大体の挨拶は終わりましたし」
貴族たちは午前中に来るらしい。
早めに来ることで、自分たちの権威を示すようだ。
彼らとしても、市民たちと一緒なのは嫌なのだろう。
「ほかの王族の方は?」
「みんな、あそこの建物で休んでいます。私はステラを見かけたので来ました」
どこで見たの?
そんなに目立つかな。
まあ、ちょっと派手なドレスだけど。
少し丘の上にあるので、周りが見渡せるのかもしれない。
「そうですか。ありがとうございます」
「では、いきましょう」
私とリアは、他の王族の庭園を見て回る。
「ステラ、女王陛下の庭園は見られましたか?」
「はい。素晴らしかったです」
女王陛下の庭園は、リッチモンドパークの一番中央にある。
人の流れも、まずそこに向く。
私も来た時にその流れに乗っていたので、一番最初に見た。
そのあとに、リアの庭園へと向かった。
入口でもらった地図があるので助かった。
地図がないと、まず迷子になる。
そして、一番の問題は屋台。
なぜ?
広場の端に、屋台の集まりがある。
おいしい匂いが集合している。
私は急いでその場所を離れた。
このままでは、花よりもドーナツになってしまう。
リアの庭園に着いた時には、自分で自分をほめてしまった。
よく頑張りました。
「しかし、あれは違う意味で凄かったです」
「アルフレッドお兄様ね」
「まあ、あれはあれで、好きな方もいますから」
リアはあまり好きではないようだ。
私もあまりです。
何故か、少しほっとした。
これで「良かったです」と言われたら、これからの対応でも気をつけることが増えるところだった。
なんていうのだろう。
派手。
派手過ぎて、なんだか目が疲れる。
それでも、人は集まっていた。
人それぞれ、好きなものがあるのだな。
歩くのは嫌いじゃないけど、少し疲れたかなと感じてきた。
慣れないドレスと靴のせいかもしれない。
私の心の声が聞こえたのか、リアが言う。
「少し休みましょうか」
「はい」
私はベンチを探す。
「では、行きましょう」
リアはある場所を指差す。
「ペンブローク・ロッジです」
それは、先ほどリアがいたという建物だ。
「いえ、結構です」
私はすぐに断る。
王族の場所に行くなんて、休みどころか逆に疲れてしまう。
リアだけでも大変なのに。
「え」
リアは驚いて私を見る。
「そうですか。ものすごくおいしいお菓子を用意していたのに」
「仕方がありません。行きましょう」
私は欲望に負けた。
屋台を我慢しただけで、私の我慢は限界に近づいていた。
それに、王宮のお菓子ですよ。
もう無理です。
王族の方々が食べているお菓子。
この機会しかない。
ああ、ここに来てよかった。
私の頑張り、誰か見ていてくれたのですね。
ペンブローク・ロッジ。
王族たちが休憩や茶会などを行うその場所は、柵で囲まれている。
王宮親衛隊が周辺を警護している。
こんなにたくさんいるのか。
あまり近づきたくない。
中に入る時に、めちゃくちゃ調べられた。
リアはそれを楽しそうに見ている。
慣れないドレスだから、恥ずかしさが出る。
「大丈夫ですか、ステラ」
「はい」
ロッジの庭にある丸テーブルで、アフタヌーンティーをすることになった。
憧れていました。
白い、真っ白な布がかけられた丸卓。
その上には、銀色のカップと三段の菓子皿がある。
下段はサンドイッチ。
中段はスコーン。
上段には、パウンドケーキ、ビスケットが並んでいる。
お、おいしそう。
「どうぞ、食べてください」
「はい」
ああ、なんて素晴らしい日だろう。
まずは紅茶を一口。
結構、茶葉の香りが強い。
でも、飲みやすい。
よし、ではサンドイッチからいただきます。
ローストビーフ。
柔らかい。
このソースはなに?
パン。
これ、パンですか。
ふわふわ。
私は、あまりのおいしさに意識がなくなりそうだった。
「おいしいですか?」
リアが聞いてくる。
「ひゃい」
口と頭が、おいしさでとろけている。
「そう」
リアは首を軽く傾けてほほ笑んでいる。
食べないのかな?
私、全部食べてしまうけど、いいのかな。
一段目が終わり、二段目へ。
私は次の段階に進もうとする。
次は甘いものです。
紅茶が新しく入れられる。
香りが、さっきと違う。
そんな私のおいしい時間に終わりが来た。
悲鳴だった。
ロッジの裏口近く。
ちょうど、私たちのテーブルの反対側から。
私は立ち上がり、リアの方に動く。
同じように、親衛隊が彼女の周りを囲む。
四人。
数が多い。
いつもは三人体制で警備している。
私は無意識にリアを自分の方に引き寄せる。
リアは軽く悲鳴を上げ、私に抱き着く。
「きゃ。もう、ステラって大胆」
リアの発言は無視。
私はリアを胸に抱え、体を反転する。
その瞬間、私の背中に熱いものが当たる。
切り付けられた。
せっかくのドレスが。
これ、借り物ですよ。
弁償するなら、多分、一、二か月分の給料がなくなるかもしれない。
どうしよう。
分割払いできますか?
私の横にいた親衛隊が、私の腕を引っ張る。
私は体勢を整え、リアを支える。
「何を、血迷ったか」
他の親衛隊の声が聞こえる。
リアは、切り付けた親衛隊を見ている。
「殺してはいけません」
切り付けた親衛隊は、こちらを見ている。
視線がおかしい。
誰を見ている?
殺気がない。
気配すらない。
なんだ、こいつは。
騒ぎを聞いた周りの親衛隊も、集まり始める。
突然、そいつは何かを投げつけた。
地面で弾ける。
煙が出る。
「リア、吸ってはいけません」
私はリアの手を引っ張り、煙から離す。
「大丈夫ですか?」
「はい」
「追うな。警備にやらせろ」
リアのそばに、オーレリア警備主任がいる。
彼女は他の親衛隊二人に指示する。
いつの間にか、リアは自分のハンカチを私の背中の傷に当てている。
その表情は、私からは見えない。
「ヴィクトリア王女殿下、避難を」
オーレリアが進言する。
「女王陛下は?」
背中越しに、リアの声が聞こえる。
「女王陛下は、かなり前に出られていました」
「そう。お兄様たちは?」
「わかりませんが、親衛隊がいます」
「ステラ、大丈夫ですか?」
「私のことより、早く避難してください」
「今は動けません。誰が敵かわかりません」
その言い方は、いつもいる親衛隊すらも警戒しているということだ。
「しかし」
親衛隊は動けない。
三人はリアを囲むように立っている。
「女性の肌に傷をつけるなんて。しかも、私のステラの肌を。許せない」
途中、変なセリフが聞こえたような気がするが、仕事柄、怪我には慣れています。
私は立ち上がる。
思ったより、傷は浅い。
私はリアが押さえてくれたハンカチの出血量から、傷の程度を確認する。
このハンカチ、高そう。
それが、私の血で赤くなっている。
私、今日で破産する。
近づいてくる親衛隊がいる。
私たち全員の警戒が上がる。
「アレクサンドラ王女殿下、ご無事でしょうか?」
「ええ。副隊長、賊は捕まえたの?」
リアは視線で周囲を確認している。
「一人は。しかし、その者が消えました」
「消えた? 逃げられたということですか?」
「捕まえた瞬間、煙のように消えました」
消える?
さっきの奴といい、何か変だ。
「もう一人は、まだ捜索中です」
「死傷者は?」
「レオポルド王子殿下が……」
リアの表情が、少し強張ったような気がした。




