補佐官は、まだ、ため息をつかない ②
「これは?」
ボヘミア卿は、その光景を見ていた。
「ええ、小石ですかね」
リアは、石で埋め尽くされている庭園の近くへ行く。
白い石が多い。
ほかにも、大きい石や苔みたいなものもある。
なぜか、リアの表情は少し微笑んでいる。
「ここは、レオポルドお兄様の管理している場所です」
レオポルド・ジョージ・ダンカン・アルバート第四王子。
王族の中では、魔法省と魔導学園を大きく支持している人物だ。
彼のおかげで、監視局の捜査もしやすくなっていることは確かである。
ただ、その分、敵も多くなる。
特に、貴族の勢力が強い大議会とは、揉めているらしい。
しかし、なぜレオポルド第四王子は、魔法省に力を注いでいるのだろうか。
貴族と仲良くしたほうがいいと思うのだけれども。
「わざとですか? それとも……」
私は、あまりの光景にリアへ聞く。
「わかりません。ただ、このままだと……まだ……」
庭園の整備すらできない王子殿下。
そういう評価になる。
王族に必要なのは、個人の能力だけではない。
与えられた場所を管理できるか、ということ。
そして、これからこの場所で、ある催しが開催される。
『王立園芸会』
どれだけの庭園を整備でき、育てられるか。
それが、王族としての実力を示すことになる。
貴族にも、市民にも。
その場所が、石まみれ。
ありえない。
たとえ誰かの妨害だとしても、貴族たちは思う。
そんなことも対処できない王族などいらない、と。
リアは庭園の前でしゃがみ、石と土を確認し始める。
そして、ゆっくりと立ち上がり、指についた土を軽く叩いて落とした。
「これは、ひどいな。何があったのだ」
声とともに現れたのは――。
「お兄様。お久しぶりです」
「おお、これは、愛しの妹よ」
リアが、王女殿下らしく、お兄様と呼ばれた男に挨拶をする。
第二王子、アルフレッド・アーネスト・アルバート。
このリッチモンドパークの管理者でもある。
後ろにも何人かいる。
貴族のようだけど、誰だかわからない。
貴族とのつながりが、かなり深いと言われている。
「君もいたのかね、ボヘミア卿」
ボヘミア卿も続いて挨拶をしている。
私は、なるべく気配を消す。
「しかし、これはどういうことだ」
「わかりません。私も今、見たばかりで」
「そうか。庭師をクビだな。いや、それだけでは済まされない」
「そうですね。でも、アルフレッドお兄様」
リアの話し方が変わった。
とても冷たく、そして、その声は体に響く。
まるで、刃物が近づいてくるような感じになる。
「もし、レオポルドお兄様の庭師を処分したら、アルフレッドお兄様のせいになってしまいます。放っておいたほうがよろしいかと」
「そうか」
「はい、そうです」
アルフレッド第二王子は、なぜかボヘミア卿の方を見る。
ボヘミア卿は、軽く頷く。
私は、リアの後ろに立ちながら、彼らの視線を確認する。
この二人は、ただの知り合いなのだろうか。
先代のボヘミア卿は、第四王子派閥だったと聞いたことがある。
今は違うのか。
「私が、この原因をお調べいたしますわ」
「ご面倒なことは、引き継ぎいたします」
突然、リアは、よくわからないことを言い始める。
「わかった。では頼む」
「はい。では私、さっそく調査を開始いたします」
そう言うと、リアは楽しそうに私の手をつかみ、歩き始めた。
柔らかい手。
「では、失礼いたします」
少し離れたところで、リアが言う。
「さて、一応、庭師のところに行きましょうか」
「ヴィ、リア。申し訳ございませんが、私はこの件には関われません」
王宮不可侵。
魔法省には、あるルールがある。
王宮の問題には関わらない。
「はい、知っております。これは、私がお友達との散歩中に、たまたま見つけたのです」
私は、ため息をつきたくなる。
しかたがないけど、駄目なものは駄目なのだ。
「ヴィクトリア王女殿下」
私は、勇気を振り絞る。
「あの、こういうことは、王宮親衛隊の管轄ではないでしょうか」
王宮、王族で起きた問題は、王宮親衛隊が調べる。
魔法省、監査局、大議会でさえも対応できない。
もし調査することになると、それだけで、ものすごい数の許可書類が提出され、信じられない時間がかかる。
いつ許可が下りるかわからないくらい。
レストレード監査官が話していたのを聞いたことがある。
監査局の捜査で王族管轄の場所があり、その捜査の許可が必要になった時ですら、ひと月もかかったと言っていた。
「私は調査できません」
私は、これ以上関わってはいけない。
どんな些細なことでさえも。
「そうですか」
「このままだと、この場所に不法侵入した人を捕まえなければなりません」
え、この人。
私を脅しているの?
私は、ある事件でこの場所に入ったことがある。
捜査とはいえ、不法侵入をした。
あの時、不問にするって言ったじゃないですか。
「ここに入れるのって、王族以外は誰ですか?」
私は、諦める。
「そうですね。庭師と警備員、あとシャーロットくらいかしら」
シャーロットさん、まだ出入りしているのですか。
今度は何をしようとしているのだろう。
まさか。
犯人。
私の心の声が聞こえたのか。
「ああ、シャーロットは違いますよ」
「そうですか」
「ええ。彼女の趣味ではないと思います」
よくわからない答えだ。
私はただ、シャーロットさんが犯人なら、すぐ解決したのになと、少し思っただけなのに。
私たちは庭師に会うために、リッチモンドパークの管理棟へ向かい始めた。
「リアは、仲がよろしいのですね。第二王子殿下と」
「え」
めちゃくちゃ嫌な顔をされた。
「仲良く見えますか? 全然。私、あまり好きではないです」
「そ、そうなのですか」
「ええ。あのままだと、なんか面倒なことになりそうですし。それに、レオポルドお兄様の庭師はよく知っているので、こんなことで罰を下されるのは腹が立ちますしね」
私が知らないリアの一面が見えた。
「ステラこそ、ボヘミア卿に対しての警戒感、すごかったですよ」
気づかれていた。
「まるで、悪の親玉を見ているようです」
「それは……」
「まあ、私を守りたいという気持ちの表れですので良いのですけど。ただ、向こうにも気取られていましたけどね」
「そうですか」
「ええ。まあ、色々ある人ですけど、今はまだ敵ではありません」
今はまだか。
同じことを、シャーロットさんも言っていた。
「どっちに付くかわからない人は、敵にしないほうがいいわ。味方にする必要はない。敵に回らなければ、それでいいのよ」
とか話していたのを聞いた。
私には、そういうのは無理だ。
敵か味方かでしか判別できない。
「それよりも、ボヘミア卿は誰と一緒に来たのでしょうか? アルバートお兄様ではないようですし」
それは、どういうことだろう。
そうしていると、管理棟が見えてきた。
エドワード・ミラー。
レオポルド第四王子の花壇を整備する庭師。
リアが言うには、とてもまじめで、植物の知識も豊富である。
リアもここに来ると、挨拶をしたり、植物のことを話したりすることがあるという。
「レオポルドお兄様の指示ですか」
指示?
あの石が?
「はい。今回は、こうしたいと」
石まみれなのは、メインとなる場所。
王立園芸会では、その年のテーマを作り、そして披露する。
それが、王族のその年の評価にもなる。
このままだと、庭園ではなく、皆が石を見ることになる。
リアは、おいしそうに紅茶を飲んでいる。
私もいただいている。
ハーブティなのか、フルーティーな味わいだ。
緊張していた気持ちが、少し和らぐ。
「まあ、アルフレッドお兄様だと、わからないわよね」
「はい、たぶん」
「そうよね」
「あの、どういうことですか?」
私は、二人の会話がわからない。
リアは、楽しそうに私の方を見る。
「うーん、出来上がってから見たほうがいいと思います。多分、言葉で言ってもうまく伝わらないので」
「そうですね。これは説明が難しいです」
リアと庭師のミラーは、同時にうなずく。
私は、そう言われて紅茶を飲むしかなかった。
「放っておいていいのですか?」
「ええ。アルフレッドお兄様には、適当に言っておくから」
適当って、いいのだろうか。
まあ、リアならうまく言うのだろう。
「それよりも……」
管理棟を後にして、リアは、私をある場所に連れて行った。
「これは、なんですか」
私は、花壇のその惨状を見て、つい、つぶやいてしまう。
「犯人は誰ですか?」
私は、王女殿下に聞く。
なぜか、王女殿下は地面を見ている。
「え。まさか、ご自分でやられたのですか?」
「はい」
何をしたら、こうなるのだろう。
スミレの花が巨大化している。
私の身長より大きくなっています。
はっきり言って、怖い。
「どうしたら、こうなったのですか?」
「シャーロットに、『花が成長できる薬はありますか』って聞いたら」
「与える量を間違えまして」
どうやら、王立園芸会に間に合わせるように、シャーロットさんに養育剤を作ってもらったらしい。
しかし、一日一滴のところを、一日一瓶使用していたらしい。
その結果、育ちに育ち、この大きさになった。
花を見上げる。
初めての光景だ。
「どうするのですか?」
私は、一応聞いてみる。
「えっと、とりあえず、ステラの家に置くのはどうかなって」
「嫌です」
私は即答する。
「私がプレゼントするのですよ」
リアは、天使のような笑顔でこっちを見ている。
しかし、これはプレゼントとは言わない。
証拠隠滅というのだ。
「いりません」
最近、リアの扱いがわかってきた。
ワトソンさんがたまに適当にあしらっているのは、こういうことがあるからかもしれない。
ただ、ワトソンさんの性格が大きいかもしれないけど。
「そうですか。困りましたね」
彼女は、あまり困っていないような表情をしている。
もしかして。
「ここに来た理由って」
「はい。この花をプレゼントするためです」
リア、私の休みを返してください。




