補佐官は、まだ、ため息をつかない ①
お休み。
一週間の頑張りが結実した日。
何をやろうか、私は悩んだ。
部屋の掃除。
たまった洗濯。
買ったけど、一文字も読めていない本。
新しい服も欲しい。
女子会で情報を手に入れたスイーツの店にも行きたい。
――と、私、ステラ・ホプキンスは、昨日の夜までは考えていました。
現実は、今、お昼近く。
起きられなかった。
まずい。
このままでは、ベッドの上で一日が終わってしまう。
私は、起きる。
そう言って、気づくと二時間経っていた。
本当にまずい。
そう思っていると、いい匂いが部屋の中に漂ってきた。
これは、おいしい香りだ。
ついに、夢から匂いまで感じられるようになったのかな。
私、相当疲れているかもしれない。
寝よう。
寝るのが一番いい。
「ステラ、お昼できましたよ」
寝室の扉が開き、声が聞こえた。
「ステラ、起きました?」
「え?」
私は、声の主を見る。
「ヴィクトリア王女殿下、な、なにしているのですか?」
「はい。お昼を一緒に食べようと思いまして」
それは、ありがとうございます。
ただ、いつも思うのですが、王女殿下。
勝手に家に入るのは、やめてください。
「ダメですか?」
その言い方はずるい。
王女殿下は、綺麗だ。
腰近くまである長い髪は、金色に光っている。
きっと枝毛などない。
この前、触った時も、サラサラしていた。
絹のように滑らかだった。
あれは、ちょっとした事故だった。
そう、事故だ。
王女殿下は、いつもの白いレースドレスではなく、今日は淡いすみれ色のドレスを着ていた。
ヴィクトリア・アレクサンドラ王女殿下は、魔導学園の生徒だ。
私が勤めている魔法省監査局で、捜査の手伝いをしてくれるシャーロットさんのお知り合いでもある。
最近、王女殿下は、なぜか私の家に“たまに”いる。
そう、家の中にいるのです。
仕事が終わって家に帰ると、ソファに座っています。
少し、怖いです。
魔法省で働くようになって、一人暮らしを始めた。
働き始めは仕事に追われて、家に帰ると倒れるように寝ていた。
仕事に慣れてくると、家に帰ってきた時、現実が襲ってきた。
寂しさとも辛さとも違う、モヤモヤした気持ちが、夜に現れてきた。
そんな時、彼女に会った。
シャーロットさん。
私の何倍も頭の回転が速く、彼女だけの固有魔法により、様々な事件を解決してくれる。
シャーロットさんは、きっと彼女の年齢だと見なくてもいいものを、見てきたような気がする。
事件を解決するということは、綺麗ごとだけではない。
シャーロットさんと一緒にいる時間が増えてきて、私は少しだけ、仕事への向き合い方が見えてきた気がした。
仕事が終わって、家のソファに座り、一息つく。
そうすると、少しほっとできるようになってきた。
今、そのソファに、ヴィクトリア王女殿下が座っている。
足元には、モフモフが寝ている。
モフモフは、私と暮らしている犬だ。
今は、裏切り者だけど。
君さ、誰か来たら吠えなさいよ。
「いえ、あの、お、おはようございます」
「おはようございます」
私はベッドから立ち上がり、顔を洗いに行く。
洗面所で一息ついて、リビングに向かった。
「さあ、食べましょう」
昼食会が始まった。
なんだ、これは。
おいしい。
王女殿下が持ってきた料理。
これは、王宮の料理長が作ってくれたサンドウィッチだ。
きゅうりサンド。
バターときゅうりの甘い水分が、やわらかいパンに合う。
優しい味。
そして、王宮御用達の紅茶。
この香りだけで、心が癒される。
私は、餌付けされている。
ヴィクトリア王女殿下が持ってくる料理に、私は我慢できない。
「それで、今日は何のご用ですか、ヴィクトリア王女殿下」
私は、両手にサンドウィッチを持ちながら聞く。
「用事がなきゃ、来ちゃいけないのですか」
王女殿下は、両手の指を胸の前で組み、うるんだ瞳をこちらに向ける。
なに、この人。
私を口説いているの?
「いえ、今日は休みなので、珍しいなと思いまして」
ヴィクトリア王女殿下が来るのは、学園の授業が終わった後が多い。
私の仕事終わりにいる。
勝手に合鍵を作られている気がする。
この前聞いたら、はぐらかされた。
「そうですね。サンドウィッチを作ってもらったので、ステラに食べさせたくて」
「あ、ありがとうございます」
私は、その言葉に弱い。
そして、少しうれしい。
「じゃあ、食べたら行きましょう」
「え? どこへですか?」
私は、その瞬間、悟った。
休みがなくなったと。
「では、まずこれに着替えてください」
私は、ヴィクトリア王女殿下に渡された服を着る。
それは、深い青緑色のドレスだった。
素敵。
生地と色合い。
さらに胸元のレースの装飾が、スミレ柄になっている。
というか、この服、私のサイズにぴったりと合っている。
なぜ?
「似合ってますよ、ステラ」
「あ、ありがとうございます」
なぜか恥ずかしい。
リッチモンド・パーク。
私とヴィクトリア王女殿下が、初めて会った場所だ。
広大でありながら、王宮により徹底的に管理されている。
許可がないと、通常は王族しか入れない。
今日はヴィクトリア王女殿下と一緒なので、入り口から入る。
警備員に軽く身体検査をされる。
特に問題もなく、入り口を通る。
もちろん、ヴィクトリア王女殿下は、私とは別の場所から入る。
そうか。
こうやってシャーロットさんは入っていたのか。
王宮親衛隊も、王女殿下の周りにいるいつもの三人。
王宮親衛隊は、ほぼ貴族だ。
貴族の中でも、後継ぎでない者や、権力があまりない者。
その者たちが、王宮親衛隊になる。
しかし、親衛隊は完全実力主義。
能力がない者は、親衛隊にはなれない。
厳しい訓練と適性により選ばれる。
その中で王族の直属の担当近衛親衛隊は、親衛隊の中でも出世コースだ。
王族と関係が深くなるので、貴族としての権威も強くなる。
また、それにより、意味のない派閥ができる。
お夜食の話の中で、ヴィクトリア王女殿下が話していた。
「色々大変なんですよ、貴族も」と
「オーレリア」
ヴィクトリア王女殿下が、近衛警備主任を呼んだ。
オーレリア・フェアチャイルド。
ヴィクトリア王女殿下の近衛警備主任だ。
いつも一緒にいるけれど、二人を見ているだけで、王女殿下からの信頼があるのがわかる。能力も高い。間違いなく私などすぐ倒される。
呼ばれたオーレリア警備主任は、王女殿下と何か話している。
「さあ、行きましょうか」
ヴィクトリア王女殿下が言った。
リッチモンド・パークの中心には、女王陛下の壮大な庭園がある。
その周りには、エリアごとに、王族たちが管理する庭園がある。
ヴィクトリア王女殿下は、私を連れて、ある場所に着く。
その景色は、遠くから見てもわかるくらいだった。
紫、白、黄色、桃色の花びらが、風でなびいている。
す、すばらしい。
スミレ。
色とりどりのスミレが、色ごとに配置されている。
ただ、通常のスミレより少し大きいような気がする。
私は植物にあまり詳しくないので、そういうものかもしれない。
私が、ヴィクトリア王女殿下の整備した庭園に感動していると、後ろから足音が聞こえた。
私は、少し警戒する。
「これは、珍しいところでお会いしますね、アレクサンドラ王女殿下」
ヴィクトリア王女殿下は、その声に気づいた瞬間、表情を少しだけ変える。
私といる時より、凛々しい顔になる。
「お久しぶりです、ボヘミア卿」
ボヘミア卿。
我が国の五大貴族の一人。
魔法省にも、強い影響力がある。
昨年亡くなった父親が、莫大な権力を持っていた。
息子である彼は、その権力移行がとてつもなくうまくいったようだ。
代が変われば、どうしても批判と邪魔が入る。
しかし、父親の権力をそのまま、いや、それ以上に広げている。
父親が亡くなる前から、権力譲渡をしていたのだろう。
もしかしたら、かなり前から、息子が家を動かしていたのかもしれない。
この前のある捜査の後で、上司のレストレード監査官とシャーロットさんが話していたのを、盗み聞きしていた情報だけど。
私は、なぜか警戒レベルを上げる。
さすがに、ヴィクトリア王女殿下の前には立てない。
すぐに動き出せて、邪魔にならない場所。
左後ろに、そっと近づく。
「これは、素晴らしい。スミレですか」
「はい。私の自信の一品です」
ボヘミア卿は、かなり背が高い。
たぶん、私よりも頭一つくらい大きい。
ヴィクトリア王女殿下と並ぶとお似合いだ。
なかなか整った顔をしている。
「どうですか。お一つ持って帰られますか?」
「は、はは。ご冗談を」
多分、冗談じゃないと思います。
「ふ、ふふ」
ヴィクトリア王女殿下とボヘミア卿は、二人で楽しそうに笑っている。
「そうだ。一緒に回りませんか?」
ボヘミア卿は、私だったら絶対に断ることを、平然と聞いてきた。
「そうですね」
少し困った顔を、ヴィクトリア王女殿下はしたように感じた。
そして、私を一瞬見た。
「では、一緒に行きましょうか」
面倒なことになった。
ヴィクトリア王女殿下とボヘミア卿が、楽しそうに会話をして歩いている。
私は、警戒態勢を解くことができないままでいる。
近衛親衛隊は、普通に警固している。
きっと、貴族が直接手を下すことなどないのだろう。
考えを改める。
私は、少し離れて歩いている。
すると突然、ヴィクトリア王女殿下がこちらに近づいてきた。
「リア」
「は、はい?」
「リアがいいです」
「なにがですか?」
「二人だけの時は、リア。私、昨日からずっと考えていたのです」
「だって、私だけステラだとおかしいでしょう」
いや、おかしくないです。
「さあ、ステラ」
「え?」
私は、ヴィクトリア王女殿下を見る。
王女殿下も、真っすぐにこっちを見ている。
「リ、リア様」
し、しかたなく言う。
「リア」
ヴィクトリア王女殿下の圧が強い。
「リア」
初めて喋った子供のように、私は繰り返した。
「素晴らしいです。色々悩んだの。なにがいいのかなって」
「はい」
あまりのことに、ため息すら出ない。
私の心労が、また一つ増えた気がした。
ステラの短編の続きです。
短めの長編です。




