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王女殿下の補佐官は、ため息をつきたい。  作者: 桜の浜


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1/19

補佐官は、まだ、ため息をつかない ①

 お休み。


 一週間の頑張りが結実した日。

 何をやろうか、私は悩んだ。


 部屋の掃除。

 たまった洗濯。

 買ったけど、一文字も読めていない本。

 新しい服も欲しい。

 女子会で情報を手に入れたスイーツの店にも行きたい。


 ――と、私、ステラ・ホプキンスは、昨日の夜までは考えていました。


 現実は、今、お昼近く。

 起きられなかった。


 まずい。

 このままでは、ベッドの上で一日が終わってしまう。


 私は、起きる。

 そう言って、気づくと二時間経っていた。


 本当にまずい。


 そう思っていると、いい匂いが部屋の中に漂ってきた。


 これは、おいしい香りだ。


 ついに、夢から匂いまで感じられるようになったのかな。

 私、相当疲れているかもしれない。


 寝よう。

 寝るのが一番いい。


「ステラ、お昼できましたよ」


 寝室の扉が開き、声が聞こえた。


「ステラ、起きました?」


「え?」


 私は、声の主を見る。


「ヴィクトリア王女殿下、な、なにしているのですか?」


「はい。お昼を一緒に食べようと思いまして」


 それは、ありがとうございます。

 ただ、いつも思うのですが、王女殿下。


 勝手に家に入るのは、やめてください。


「ダメですか?」


 その言い方はずるい。


 王女殿下は、綺麗だ。

 腰近くまである長い髪は、金色に光っている。

 きっと枝毛などない。


 この前、触った時も、サラサラしていた。

 絹のように滑らかだった。


 あれは、ちょっとした事故だった。

 そう、事故だ。


 王女殿下は、いつもの白いレースドレスではなく、今日は淡いすみれ色のドレスを着ていた。


 ヴィクトリア・アレクサンドラ王女殿下は、魔導学園の生徒だ。

 私が勤めている魔法省監査局で、捜査の手伝いをしてくれるシャーロットさんのお知り合いでもある。


 最近、王女殿下は、なぜか私の家に“たまに”いる。

 そう、家の中にいるのです。

 仕事が終わって家に帰ると、ソファに座っています。


 少し、怖いです。


 魔法省で働くようになって、一人暮らしを始めた。

 働き始めは仕事に追われて、家に帰ると倒れるように寝ていた。


 仕事に慣れてくると、家に帰ってきた時、現実が襲ってきた。

 寂しさとも辛さとも違う、モヤモヤした気持ちが、夜に現れてきた。


 そんな時、彼女に会った。


 シャーロットさん。


 私の何倍も頭の回転が速く、彼女だけの固有魔法により、様々な事件を解決してくれる。

 シャーロットさんは、きっと彼女の年齢だと見なくてもいいものを、見てきたような気がする。

 事件を解決するということは、綺麗ごとだけではない。


 シャーロットさんと一緒にいる時間が増えてきて、私は少しだけ、仕事への向き合い方が見えてきた気がした。


 仕事が終わって、家のソファに座り、一息つく。

 そうすると、少しほっとできるようになってきた。


 今、そのソファに、ヴィクトリア王女殿下が座っている。


 足元には、モフモフが寝ている。

 モフモフは、私と暮らしている犬だ。

 今は、裏切り者だけど。


 君さ、誰か来たら吠えなさいよ。


「いえ、あの、お、おはようございます」


「おはようございます」


 私はベッドから立ち上がり、顔を洗いに行く。

 洗面所で一息ついて、リビングに向かった。


「さあ、食べましょう」


 昼食会が始まった。


 なんだ、これは。

 おいしい。


 王女殿下が持ってきた料理。

 これは、王宮の料理長が作ってくれたサンドウィッチだ。


 きゅうりサンド。

 バターときゅうりの甘い水分が、やわらかいパンに合う。

 優しい味。


 そして、王宮御用達の紅茶。

 この香りだけで、心が癒される。


 私は、餌付けされている。

 ヴィクトリア王女殿下が持ってくる料理に、私は我慢できない。


「それで、今日は何のご用ですか、ヴィクトリア王女殿下」


 私は、両手にサンドウィッチを持ちながら聞く。


「用事がなきゃ、来ちゃいけないのですか」


 王女殿下は、両手の指を胸の前で組み、うるんだ瞳をこちらに向ける。


 なに、この人。

 私を口説いているの?


「いえ、今日は休みなので、珍しいなと思いまして」


 ヴィクトリア王女殿下が来るのは、学園の授業が終わった後が多い。

 私の仕事終わりにいる。


 勝手に合鍵を作られている気がする。

 この前聞いたら、はぐらかされた。


「そうですね。サンドウィッチを作ってもらったので、ステラに食べさせたくて」


「あ、ありがとうございます」


 私は、その言葉に弱い。

 そして、少しうれしい。


「じゃあ、食べたら行きましょう」


「え? どこへですか?」


 私は、その瞬間、悟った。

 休みがなくなったと。


「では、まずこれに着替えてください」


 私は、ヴィクトリア王女殿下に渡された服を着る。

 それは、深い青緑色のドレスだった。


 素敵。

 生地と色合い。

 さらに胸元のレースの装飾が、スミレ柄になっている。


 というか、この服、私のサイズにぴったりと合っている。

 なぜ?


「似合ってますよ、ステラ」


「あ、ありがとうございます」


 なぜか恥ずかしい。


 リッチモンド・パーク。


 私とヴィクトリア王女殿下が、初めて会った場所だ。

 広大でありながら、王宮により徹底的に管理されている。

 許可がないと、通常は王族しか入れない。


 今日はヴィクトリア王女殿下と一緒なので、入り口から入る。

 警備員に軽く身体検査をされる。

 特に問題もなく、入り口を通る。


 もちろん、ヴィクトリア王女殿下は、私とは別の場所から入る。


 そうか。

 こうやってシャーロットさんは入っていたのか。


 王宮親衛隊も、王女殿下の周りにいるいつもの三人。


 王宮親衛隊は、ほぼ貴族だ。

 貴族の中でも、後継ぎでない者や、権力があまりない者。

 その者たちが、王宮親衛隊になる。


 しかし、親衛隊は完全実力主義。

 能力がない者は、親衛隊にはなれない。

 厳しい訓練と適性により選ばれる。


 その中で王族の直属の担当近衛親衛隊は、親衛隊の中でも出世コースだ。

 王族と関係が深くなるので、貴族としての権威も強くなる。


 また、それにより、意味のない派閥ができる。


 お夜食の話の中で、ヴィクトリア王女殿下が話していた。


「色々大変なんですよ、貴族も」と



「オーレリア」


 ヴィクトリア王女殿下が、近衛警備主任を呼んだ。


 オーレリア・フェアチャイルド。

 ヴィクトリア王女殿下の近衛警備主任だ。


 いつも一緒にいるけれど、二人を見ているだけで、王女殿下からの信頼があるのがわかる。能力も高い。間違いなく私などすぐ倒される。

 呼ばれたオーレリア警備主任は、王女殿下と何か話している。


「さあ、行きましょうか」


 ヴィクトリア王女殿下が言った。


 リッチモンド・パークの中心には、女王陛下の壮大な庭園がある。

 その周りには、エリアごとに、王族たちが管理する庭園がある。


 ヴィクトリア王女殿下は、私を連れて、ある場所に着く。


 その景色は、遠くから見てもわかるくらいだった。

 紫、白、黄色、桃色の花びらが、風でなびいている。


 す、すばらしい。


 スミレ。

 色とりどりのスミレが、色ごとに配置されている。


 ただ、通常のスミレより少し大きいような気がする。

 私は植物にあまり詳しくないので、そういうものかもしれない。


 私が、ヴィクトリア王女殿下の整備した庭園に感動していると、後ろから足音が聞こえた。


 私は、少し警戒する。


「これは、珍しいところでお会いしますね、アレクサンドラ王女殿下」


 ヴィクトリア王女殿下は、その声に気づいた瞬間、表情を少しだけ変える。

 私といる時より、凛々しい顔になる。


「お久しぶりです、ボヘミア卿」


 ボヘミア卿。

 我が国の五大貴族の一人。

 魔法省にも、強い影響力がある。


 昨年亡くなった父親が、莫大な権力を持っていた。

 息子である彼は、その権力移行がとてつもなくうまくいったようだ。


 代が変われば、どうしても批判と邪魔が入る。

 しかし、父親の権力をそのまま、いや、それ以上に広げている。


 父親が亡くなる前から、権力譲渡をしていたのだろう。

 もしかしたら、かなり前から、息子が家を動かしていたのかもしれない。


 この前のある捜査の後で、上司のレストレード監査官とシャーロットさんが話していたのを、盗み聞きしていた情報だけど。


 私は、なぜか警戒レベルを上げる。

 さすがに、ヴィクトリア王女殿下の前には立てない。


 すぐに動き出せて、邪魔にならない場所。

 左後ろに、そっと近づく。


「これは、素晴らしい。スミレですか」


「はい。私の自信の一品です」


 ボヘミア卿は、かなり背が高い。

 たぶん、私よりも頭一つくらい大きい。


 ヴィクトリア王女殿下と並ぶとお似合いだ。

 なかなか整った顔をしている。


「どうですか。お一つ持って帰られますか?」


「は、はは。ご冗談を」


 多分、冗談じゃないと思います。


「ふ、ふふ」


 ヴィクトリア王女殿下とボヘミア卿は、二人で楽しそうに笑っている。


「そうだ。一緒に回りませんか?」


 ボヘミア卿は、私だったら絶対に断ることを、平然と聞いてきた。


「そうですね」


 少し困った顔を、ヴィクトリア王女殿下はしたように感じた。

 そして、私を一瞬見た。


「では、一緒に行きましょうか」


 面倒なことになった。


 ヴィクトリア王女殿下とボヘミア卿が、楽しそうに会話をして歩いている。

 私は、警戒態勢を解くことができないままでいる。


 近衛親衛隊は、普通に警固している。

 きっと、貴族が直接手を下すことなどないのだろう。


 考えを改める。


 私は、少し離れて歩いている。

 すると突然、ヴィクトリア王女殿下がこちらに近づいてきた。


「リア」


「は、はい?」


「リアがいいです」


「なにがですか?」


「二人だけの時は、リア。私、昨日からずっと考えていたのです」


「だって、私だけステラだとおかしいでしょう」


 いや、おかしくないです。


「さあ、ステラ」


「え?」


 私は、ヴィクトリア王女殿下を見る。

 王女殿下も、真っすぐにこっちを見ている。


「リ、リア様」


 し、しかたなく言う。


「リア」


 ヴィクトリア王女殿下の圧が強い。


「リア」


 初めて喋った子供のように、私は繰り返した。


「素晴らしいです。色々悩んだの。なにがいいのかなって」


「はい」


 あまりのことに、ため息すら出ない。

 私の心労が、また一つ増えた気がした。

ステラの短編の続きです。

短めの長編です。

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