補佐官は、のんびりしたい時もある。③
追いかける。
かなり速い。
追いつかない。
なんだあれは。
馬車ではない。
もっと高さが低い。
四角い物体。
それが高速で動いている。
道路を。
曲がり角ですら、軽く速度を抑えて曲がっている。
疲れないのか、速度が変わらない。
もしかすると、生き物ではないのかもしれない。
シャーロットさんは、私の後ろにいる。
たまに横から顔を出している。
「ステラ、大きい道路を走って」
「はい」
私は指示に従う。
箱。
私はそう呼ぶことにした。
箱の正面が明るい。
魔力灯で照らしているようだ。
そのおかげで追跡しやすい。
道路の下に薄い溝が見える。
これをつけているのが箱だ。
原因がわかった。
しかし、これがもし建物にぶつかったら、大変なことになる。
かなり走った。
少しずつ離されている。
馬の体力から見ても、どんどん離されていく。
「もうちょっとよ」
シャーロットさんは後ろで言う。
よし。
がんばって。
私は馬の首を優しくなでる。
私の気持ちが伝わったのか、馬が最後の力を出してくれる。
距離が少し縮まる。
いや、箱の速度が遅くなっているのもある。
捉えられそうだ。
「ステラ、まずいわ」
シャーロットさんが、耳元で突然叫ぶ。
私はそれを聞いて、速度を少し落とす。
箱は、いきなり速度を上げる。
この場所は長い直線の道路。
箱の速度は、今までで一番速い。
箱からの音も大きくなる。
「どうしますか?」
シャーロットさんに聞く。
「そのまま追いかけて」
箱の速度が上がったのは一瞬だけだった。
その後は、今までよりも遅い気がする。
今だ。
私は速度を上げる。
追いつく。
もうそろそろ。
でも、これ、どうやって止めるの。
体当たり?
それとも上に乗る?
誰が?
円。
ちょっと、シャーロットさん。
やる前に言ってくださいと言いましたよね。
青い光に当たった瞬間、箱は速度を緩める。
どんどん遅くなる。
そして止まった。
馬を箱の横につける。
シャーロットさんが飛び降り、箱に近づく。
相変わらず躊躇がない。
箱は動いていない。
振動もない。
正面にあった魔力灯は消えている。
車輪みたいなものがある。
高さがなく、太い。
これが道路の跡か。
シャーロットさんは箱に触り始める。
本当にそれ、大丈夫ですか。
何かを見つけたようで、シャーロットさんはごそごそしている。
箱の扉が開く。
扉の中には彼女がいた。
「シャーロット様、いきなり止められると困ります」
「許可書がないのはまずいですよ」
シャーロットさんって、たまにまともなことを言うよな。
結構勝手なことをしているのに。
まあ、助かっていることもあるからいいけど。
箱から出てきたのは、エディスさんだった。
私は馬から降り、休ませる。
ありがとう。
助かったよ。
「許可書はないですね。ステラ様も一緒でしたか。それは仕方がないですね」
何が仕方がないのだろうか。
「エディスさん、これは何ですか?」
「これは、新しい乗り物です」
乗り物?
馬もなく動いていた。
かなりの速度が出ていた。
大きさは、人が二人乗れるくらい。
長さは馬と同じ。
高さは、私の身長より頭一つ高い。
座って乗るようだ。
どうやって動いているのだろう。
車輪も変わっている。
幅が広い。
レジナルド・クロムウェル准教授。
変わったものを作る天才教授。
そして、その被害も大きい。
学園で許可が下りない実験は、隠れて行っている。
だからといって、街中でやらないでほしい。
「最初は郊外の道で行っていたのですが、道路の舗装状況などが街中と郊外では違うので、街中で走る情報も欲しいとなりました」
エディスさんは淡々と答える。
まるで文章を読んでいるようだ。
シャーロットさんは話を聞いていない。
その乗り物の中に入り、ぶつぶつ何かを言っている。
一緒に話を聞いてください。
「夜遅く走るのは近隣の迷惑にもなりますし、きちんと許可を取っていただければ、たぶん大丈夫だと思いますよ」
「そうなのですか?」
エディスさんは驚いている。
もしかして、この人たち、許可とか確認とか取らない人なの。
「エディス、この動力は魔力石を使っているの?」
シャーロットさんは、もうこちらの味方ではないようだ。
「はい。魔力石に魔力をためて、その力を利用します。速度が増すごとに容量が減っていきます。安定した速度で走るのが、一番容量が減りません」
「さっき、最後に急加速したのは?」
「一時的に加速度を最大限に上げることができます。その後は容量がなくなるので、遅くなりますけど」
「じゃあ、容量がなくなったら、魔力石を取り替えたら」
「おしまいです。シャーロットさん、エディスさん。ワトソンさんと合流します」
私の一声で、二人は静かになる。
周りの確認をしておく。
被害はほぼない。
音と、道路に溝ができているくらいだ。
ワトソンさんがやってきた。
「やっぱりエディスか。いい加減、許可取りなさいよ」
「はい、すみません。ワトソン先生」
エディスさんが、さっきと違う。
なんだろう。
先ほどまで人形だったのに、急に人間になったような。
「ステラに迷惑かけないの」
「はい、ワトソン先生」
ワトソンさんがエディスさんを注意している間、シャーロットさんはいきなり魔法を発動した。
円。
周囲が蒼い光に包まれる。
「なるほど。素晴らしい構造ね」
この人、本当に自由だな。
「シャル! 一言言ってからやりなさい」
一言言っても、やらないでください。
「エディスさん、この道路の溝の修繕費は請求しますよ」
「え? それは困りましたね」
エディスさんの表情は困っていない。
「というわけです」
私は、エセリン監査官に報告した。
「そう。でもこれ、報告書を書いても、たぶんそのままね」
「はい。そう思います」
魔導学園の実験。
しかも貴族の。
これで何回目だろうか。
本当に、この国の貴族は困ってしまう。
まだ被害が大きくないのが救いだ。
ただ、この物体。
なぜかレストレード監査官や一部の男性職員たちは、ものすごい興味を持っていた。
馬を使わないので場所は取らず、速度も安定している。
「わかってないな、ステラ。これはロマンだよ」
レストレード監査官が、珍しく熱く語っていた。
ロマン?
何を言っているかわからない。
それを聞いた私とエセリン監査官は、ドーナッツを食べながら顔を見合わせるしかなかった。
なぜか監視局に、レジナルド准教授の乗り物がある。
レジナルド准教授はもうそれに飽きているらしく、監視局と魔導学園の共同開発になっていた。
そのため、道路の修繕費は監視局持ちになった。
これが研究を売る理由かと、私は思う。
シャーロットさんも入り浸っている。
昨日からずっといるので、学園にほぼ帰っていない。
また怒られますよ。
ハドソン寮長に。
ワトソンさんが呆れていた。
側にいるエディスさんが、なぜか顔を赤くしている。
研究引き継ぎでいるらしい。
レジナルド准教授の研究室の学生が何人かいる。
彼らとシャーロットさんが話しているのが見える。
よく考えると、シャーロットさんは無関係だな。
監視局の中では、整備室が引き継ぐようだ。
魔法具の整備や補修を行うところで、魔導銃もここに預けている。
事件や事故があった場合は、この整備室で調査をしている。
前回の砂のゴーレム事件でも調査をしてもらった。
報告書を書く時に、調査資料として載せている。
実用化される日が近くなったら、早速乗ってみたい。
馬よりも速い乗り物。
非常に興味深い。
どれだけの速度が出るのか楽しみだ。
そうそう、名前は。
通称、ファントムだった。




