補佐官は、のんびりしたい時もある。①
「はい、ありがとうございました」
私――ステラ・ホプキンスは、今、捜査中だ。
久しぶりの通常業務。
少しだけ新鮮さを味わう。
通報者からの聞き取りも終わり、周辺の状態を確認する。
馬車の車輪跡や人の足跡はある。
それとは別の形がある。
見たことがない大きさだな。
幅が広いが、浅い跡だ。
その跡はかなりの距離まで続いている。
私が調べただけでも、一区画は少なくともある。
きっと、もっと広いかもしれない。
ただ、それだけで他に何も被害がない。
捜査的には、優先順位が高くない。
通報者には申し訳ないが、また時間があったら再調査をすることになりそうだな。
よし、一旦監視局に帰る。
その前に、この近くに新しい屋台ができたという情報を、この前の女子会で得た。
決して、それを目的に調査するわけではないです。
本当です。
信じてください。
これか。
甘くて、少しスパイシーな香りがする。
ジンジャーブレッド。
焼き菓子だ。
砂糖と生姜の匂いがする。
食欲をそそる。
店主に注文し、受け取る。
そこで、さっきの調査のことを聞いてみる。
「あー、俺が来る頃には跡があったな」
「どんな形でしょうかね?」
「わからないなー。大きい馬車かな?」
「そうですか。ありがとうございます」
「また来てな」
「はい」
もちろん来る予定だ。
蜂蜜味とチョコレート味もあったのだ。
来ないわけがない。
一つ摘まみながら帰る。
美味しい。
歯応えがあり、黒糖の甘さと生姜の香り、そして若干の辛みが甘さを引き立てる。
紅茶飲みたい。
何か気配を感じる。
ものすごくうまく隠されているが、知った感じの気配だ。
少しだけ早歩きをして、通りの角を曲がり、待つ。
「こんにちは、ステラ様」
「あ、はい。こ、こんにちは」
現れた人にいきなり挨拶をされ、私の方が驚く。
エディス・グレイヴス。
レジナルド准教授の助手だ。
なかなかの経歴がある人だ。
元軍人で、なぜか今は准教授の助手をしている。
「どうして、私をつけていたのですか?」
こういうタイプは、直接聞いた方がいい。
駆け引きをしない。
私が得意じゃないのもある。
「はい。ステラ様がおいしそうにジンジャーブレッドを食べていましたので、食べ終わった頃に声をかけようと思っていました。それが今です」
は、恥ずかしい。
聞かなきゃよかった。
だって、おいしそうだったから。
「あ、ありがとうございます。おいしかったです」
私は、なぜかお礼と感想を言う。
「何か調べていたのですか?」
エディスさんは細身で、両手には何も持っていない。
服装は珍しい格好をしている。
ドレスのように見えるけど、体のラインがよく見える。
スタイルが良い人しか着られない。
ワトソンさんとか似合いそう。
表情は優しいが、その瞳の奥には危ない光が見える気がする。
「ええ、ちょっとした市民からの調査依頼でして」
「そうですか」
それで、話は終わった。
エディスさんとそこで別れ、監視局に戻った。
「エセリン監査官、お土産です」
私は、エセリン監査官に先ほど屋台で手に入れたお菓子の袋を渡した。
「あ、ステラ。ありがとう」
「いえ、おいしいですよ」
私は、先ほど味わった感想を言う。
「どうだった?」
「うんと、そうですね。あまり問題ないようです」
「そう?」
「どういうことですか?」
「いえね。その調査と似たようなものが、色々な地区で起きているようなの」
「そんなにですか?」
「そう。でも、大きい道路沿いだけなのよ」
私のところもそうだった。
「資料、頂けますか?」
「ええ」
明日、もう一度調べ直そう。
さて、これからは報告書だ。
学園関係の書類が溜まってきた。
そろそろ、周りの視線が強くなってきている。
仕方がない。
明日は先に学園へ行ってから調査しよう。
後は、この前の事件報告書の確認をレストレード監査官としなければならない。
どこまで書いた方が良いだろうか。
あまり突っ込んだことを書くと、様々な部署に多大なる迷惑をかける。
私も大人になった。
全然いい意味ではない。
このイライラが溜まったら、またワトソンさんに愚痴を聞いてもらう。
私の憩いの一つでもある。
もちろん、一番はモフモフだ。
次の日。
よく考えれば、事件以来来ていない。
リアにも会っていない。
普通は、王女殿下に会うことなどあまりないので当然だけど、毎日一緒だったから麻痺していた。
まずはハドソン寮長室へ行く。
温かく迎えてもらい、紅茶を頂く。
学園関係でシャーロットさん以外の書類は、ハドソン寮長がまとめてくれるので助かる。
そんなに多くはないけど。
さて、次はシャーロットさんがいる部屋に行く。
塔の一番上だから、階段を上るのが疲れる。
何人か学生とすれ違う。
私もこの前まで、制服を着ていたな。
懐かしい。
しかし、あのスカートの長さは、普段の服では無理です。
「失礼します」
シャーロットさんの部屋の前。
私は扉をノックして、少し待つ。
あれ?
いないのかな?
もう一度扉を叩き、そっとドアを開ける。
「失礼します。シャーロットさん? ワトソンさん? いますか?」
シャーロットさんがいた。
机の椅子に座っている。
何かをしているのか、集中しているようだ。
どうしようかな。
声もかけづらいし、入った手前、出づらい。
そう思っていると。
「ステラ、どうしたの?」
シャーロットさんが、いつの間にかこっちを見ていた。
「え、こんにちは、シャーロットさん」
「報告書でしょう」
「はい」
机の上から、持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
私は、頂いた報告書を確認する。
よし、大丈夫。
あ、これ、この前の事件のか。
内容を見る。
「これって、他にもあったのですか?」
報告書の中には、貴族の館ゴーレムと同じような建物が何個かあった。
「ええ。さすがに街中にはなかったけど、郊外にはあったわ。探すのにかなり時間がかかったけど」
だから、最近いなかったのか。
結構行動力があるな、シャーロットさん。
閉じこもって研究ばかりしているわけじゃないんだな。
ここにいる間、講義で一回も会わなかったのは、これのためなのか。
「全て同じ貴族が行ったのですか?」
「ええ。でも、それぞれ目的が違う感じね」
目的が違う。
どういうことだろう。
同じ研究の方が、やりやすいのでは。
「同じ形のゴーレムなのですか?」
「そうね。基本設計は。でも、出来上がった形は違ったけど」
「どんな形なのですか?」
「えっと、人型でももう少し小型だったり、動物のような形もあったわ」
「そうですか」
私は、淹れていただいたコーヒーを飲む。
美味しいな。
腕がどんどん上がっている。
カフェでも開けそう。
そこで、この前の件を思い出す。
しまった。
忘れていた。
この前、蜂蜜をいただいてしまったことを。
「あの、この前、レジナルド准教授のところでシャーロットさんの蜂蜜を頂きました。とってもおいしかったです」
「レジナルド准教授に会ったの?」
「はい。ゴーレムのことをシャーロットさんに調べてもらったから、もう一つのゴーレムのことを調べていると」
「あの人の言うことは、あまり信じない方がいいわよ」
どういうことだろう。
「今回のゴーレム騒動も、たぶんあの人が何かしているはず」
「それは、どういうことですか?」
「証拠もないから何も言えないけど、軍で通らなかった研究を貴族に売りつけて、やらせるのよ。そして結果を見て、情報だけもらうのよ」
「え、でも、調査の依頼をされたのですよね?」
「売った研究が又売りされたようだから、私のところに来たのよ」
「それは、その、監視局には」
と言いかけて、思い出す。
レストレード監査官の秘密の捜査がこれか。
危ないことをしている。
「あんまり公にすると、軍も困るから内密にしているのよ」
「じゃあ、あのもう一つの砂のゴーレムもそうなのですか?」
「ええ、そうよ。新しい警備システムとして作ろうとして、却下されたはず。でもそれを、第二王子の派閥に売ったみたい」
「でも、研究していた教授は亡くなったって言ってましたよ」
「そうね。元東インド研究所の、ある教授の研究を使ったのよ」
「あの人、途中までやるのだけど、飽きるらしくて投げ出すのよ。そしてまた新しいことを始めるのよ。そうなると今度は研究資金が足りなくなって、中途半端な研究を売って新しい研究費用にするの」
め、面倒な人。
「ただ、砂のゴーレムは、元東インド研究所で一体だけ成功したらしいの」
「そこで、二つのゴーレムが開発されていた。張りぼてのようなゴーレムと、きちんとした命令ができるゴーレムね」
「そのゴーレムは、消えてなくなるのですか?」
「消えても、何度でも生み出せるはず。すぐには無理でしょうけど、魔法石とコアを組み込まなければいけないから」
「命令ゴーレムは、たぶん遠隔操作しているはず。きっとアグラの秘宝が関与していると思うけど、まだわからないわ」
シャーロットさんは、少し遠くを見た。
アグラの秘宝も、元東インド研究所が関与していた。
タワーブリッジに、それはある。
そういえば、その近くで昨日、エディスさんを街中で見た。
少し不思議だった。
なんとなく聞いてしまった。
「昨日、調査中にエディス助手に会ったんですよね」
「どこで」
珍しく、シャーロットさんが聞いてきた。
私は昨日のことを言う。
「それは、まずいわね」




