補佐官は、まだ、ため息をつかない ⑩
ドーナッツが、このリッチモンドパークの上で光っている。
シャーロットさんは、砂になったゴーレムを触っている。
危なくないのだろうか。
手袋をはめているとはいえ、いいのだろうか。
何かを見つけたらしく、ポケットにしまっている。
私は見て見ぬふりをする。
命の恩人なので、黙っていよう。
立ち上がり、裾の汚れを叩いた後に、シャーロットさんは言う。
「このリッチモンドパーク全体が実験場なのよ」
「え?」
「誰がそんなことを」
「ここでそんなことができる人間は限られている」
シャーロットさんは、リアを見る。
リアは、近衛親衛隊に指示を出している。
「アルフレッド第二王子ですか?」
私は、この場所を管轄している人間の名を出す。
「アルフレッド第二王子は、軍と近いのよ」
「理由はふたつ。ひとつは、王宮親衛隊を排除することね」
王宮親衛隊の管轄は、第一王子。
第一王子は、清廉潔白の人。
そう評価する人間は多い。
魔法省や大議会でも、彼を表だって中傷する者はいない。
まあ当然だけど。
しかし、裏でも悪い噂が流れてこない。
リアの方が、たまに変な噂が流れるくらいだ。
「もうひとつは、モントローズ卿への警告ね」
モントローズ卿は、貴族のなかでも元東インド研究所の中心人物だ。
ジョージ・バーニウェル卿が亡くなった後、その派閥をうまくまとめている。
より一体感が増えたようだ。
彼に対する警告。
軍と元東インド研究所は関わりが深い。
「軍での自分の存在感をさらに高めるためには、元東インド研究所の貴族が自分の下にいる、という形を取りたいのよ」
「モントローズ卿が、それを拒んでいたみたいね。むしろ彼は、レオポルド第四王子の方を支持しているみたい」
それは、さらに揉めそうな状態だな。
エレノアが狙われていた。
リアの考えは正しかったのか。
そんなことをされて、モントローズ卿が言うことを聞くようになるのだろうか。
むしろ反感を買いそうだ。
「だから最近、アルフレッド第二王子はボヘミア卿に近づいているらしいわ」
そういえば、この前も一緒にいたな。
では、リアが狙われたのは、たまたまだろうか。
「今回の事件だけど」
「たぶん、ヴィクトリア王女殿下は知っていたわよ」
シャーロットさんは、当然のように言う。
リアが知っていた。
私よりも王族方面の情報が多いのは確かだ。
今、彼女は汚れた体を拭いている。
親衛隊が、どこからか水を持ってきたようだ。
「いつからですか?」
「私とヴィクトリア王女殿下が、このリッチモンドパークで実験をした時には知っていたはず」
あの実験は、その場所にある物を観測するのが目的だった。
もしかして、そのためにここでずっと実験をしていたのかもしれない。
シャーロットさんが変装までして入り浸っていた理由にもなる。
「このパークの土には、魔法石が混じっているのよ。庭園でゴーレムが生まれるようにね。ただ、土や石を変えると生成できない。ここの場所は土を入れ替えているから、生成できないわ」
レオポルド第四王子は、知っていた。
だから、全て変えた。
「リアが急いで花を育てたのもそうよ。土から全て変えたから、養育剤をあげたの」
そうか。
ただ間違えたのではなく、花の成長速度を確認していたのか。
「アルフレッド第二王子は、ゴーレム親衛隊が他の王族の場所から発生することで、疑心暗鬼を起こそうとしたのよ」
「そんなすぐにばれる計画だったんですか?」
「このくらいの問題すら対処できない王宮親衛隊と、親衛隊を管轄している長に責任の矛先が向くようにすればいいだけ」
「でも、ゴーレムがリアたちを襲った事実はなくなりません」
「砂のゴーレムは単調な動きしかできないわ。王宮親衛隊なら、すぐ対処できる。それよりも、この砂のゴーレムなら誰にも気づかれず警護ができると、利便性を見せつけたかった」
実際は、私とレオポルド第四王子が怪我をした。
大した怪我ではない。
「ゴーレムは単調な動きだか、最初の計画はね。でも、その中にほぼ完成に近い別のゴーレムを、誰かが混ぜたのよ」
別のゴーレム。
私が先ほど戦った、あれか。
あれならば、もしかしたら暗殺できるかもしれない。
「それだと、第二王子も利用されたみたいじゃないですか?」
「きっと第二王子も、詳しく聞いていないのよ。取り巻きが色々なことを行うけど、把握も制御もまともにできない状態なのよ」
そんな人間が、この国の上にいる。
私は信じられなくなる。
「ゴーレム、ややこしいわね。命令ゴーレムと砂のゴーレムにしましょうか。砂のゴーレムは形こそしっかりできるけど、動きが単調。でも、数をたくさん作れるメリットがあるわ。命令ゴーレムはそれとは別に、動きは滑らかだけど数が作れないわね。その中に命令ゴーレムを何体か入れるだけで、暗殺はよりしやすくなる」
「まさかヴィクトリア王女殿下もレオポルド第四王子も、土を変えていたとは考えてもいないのよ。今回の事件は、第二王子の予想しない方向でも起きた。ペンブローク・ロッジで命令ゴーレムが出た。本当は、砂のゴーレムだったはず」
「脅しだけだったのに、ステラとレオポルド第四王子が怪我をした」
「面倒な事件よ」
誰が本当に裏で糸を引いているのか、わからない。
「それよりも、ゴーレムの動きを知りたいわ」
「骨格や動き、武器の使用状況など興味深いわ」
シャーロットさんの目が輝いている。
それより、じゃないですよ。
リアが襲われたのですよ。
立派な王族襲撃事件です。
「今回も前回も、誤作動ということで終わらせると思うわよ」
私は納得できない。
一つ間違えたら、死者が出ていた。
「ステラ、あまり深く考えない方がいいわ。王族たちは、いつも誰かに狙われているわ。日常茶飯事なのよ」
「権力争いには関わらない方がいいわよ。たとえそれが、ヴィクトリア王女殿下だとしてもね」
リア。
彼女もそうなのだろうか。
シャーロットさんが言うのであれば、本当に危険なことが多いのだろう。
今回はたまたま助かった。
でも次は、助けることも助かることもできないかもしれない。
私はリアの方を見る。
気づくと、警備員が集まってきている。
リアの親衛隊が呼んできたみたいだ。
リアを中心に、指示が飛び交う。
自分の兄に狙われた。
どういう気持ちなのだろう。
リアは、王女らしく気品よく立っている。
その姿は、とても凛々しかった。




