表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

ノーティス

この大きな総合病院の側には綺麗な海が、すぐ側に見える。

本来は真っ白な建物だったはずの病院も年月が経ち、くすんでしまい新築当時の新しさは微塵も感じない。


その病院の五階に大きな一枚の窓があった。

他の階には存在しない窓はおそらく見晴らしの良い最上階だけに設置されたのだろう。

そこからは夕方になると真っ赤な西日が差し込み、なんとも美しい風景が描かれる。

それはまるで大きな絵画のようだった。


ちょうどそこに一人の男が立っていた。

年の頃は二十代前半くらい。

物思いにふけっているというよりはただ呆然と立ち尽くしているように見えた。


彼は入院患者のようで上下を青い色のパジャマを着ていた。


「俺はここに入院しているのか?それよりもここはどこなんだ?」


どうやら彼の頭は混乱している様子だ。

すると男は突然、思いつきで歩き始めた。


「あ、あの。」


どうやら看護師に話しかけたようだ。

しかし、忙しそうに早歩きでその看護師の女性は行ってしまった。


「――こんにちは。」


次に話しかけたのは、椅子に腰掛けていた女性の老人だった。

腰が曲がり、小さな老女はとても優しそうなお婆ちゃんだった。

その老女は目も開けず、男を目視で確認することもなく、うつむいたままか細い声で、「こんにちは。」と返した。


彼はこの病院にどこかおかしい空気を感じた。

何も魚が泳いでいない、澄んだ水の入った水槽の中を覗くようなそんな違和感をおぼえていた。


自分の病室もどこなのか分からない。

宛もなく五階のフロアを彷徨うように歩いた。

しかし見つからない。

男は大きな窓のある場所へと戻っていた。

先程までは人もまばらに居たが、そこにはもう人の影は無くなっていた。


そこにある、さっきまで老女が座っていた椅子に腰を下ろした。

窓の外は太陽が既に地平線の向こう側に沈み、その余韻の明かりだけが僅かばかり残っていた。

男は少し頭を整理してみようと考えた。

まず何故自分は病院にいるのだろうか?

自分の体を眺めるように見て見たがどこかを怪我している様子はない。

病気にかかってしまったのだろうか?

しかしどんなに考えても分からない。

そもそも何故自分はこんな見知らぬ病院にいるのだろう。

考えれば考えるほど頭の中にはクエスチョンマークが溢れかえっていく。


これではらちがあかない。

男は意を決し立ち上がった。

今度こそ誰かに聞こうとナースステーションを探しに歩き出した。

少し歩いていくと、近くから何か音が聞こえた。

どうやらテレビの音のようだ。

誰かいるのだろうか。

近寄っていくと、そこは談話室という廊下に面した一角だった。

電気はついておらず、テレビだけが暗闇の中で青白く光っていた。


そのテレビの前に長椅子が置いてあったが誰も座ってはいない。

ちょうどテレビではニュースが流れていた。

彼は何気に立ち止まりニュース番組を目を向けた。

その内容は今日起こった交通事故についてだった。

その事故は車が電柱に衝突し運転手が死亡したという。

運転手はパトカーに追われ、スピードを出し過ぎて操作ミスをして自ら電柱へ激突したということだった。


「痛っ!な、なんだこれ?」


突然、男は頭を押さえた。

それはまるで背後から頭部を鈍器で殴られたような激痛だった。

そして頭を押さえた手を見てみると、そこにはドロッとしたものがべっとりと手にくっついていた。

辺りは薄暗かったが、それが血であることはすぐに分かった。


「な、なんで!?」


「――死亡したのは市内に住む二十二歳の男で、丸山 かなで容疑者――。」


爆発したような感覚が心臓から頭へと伝わった。

マグマが込み上げてくるように全身が暑い。

まるでサウナにでも入っているような気分だった。

体中の水分が溢れだし蒸発していくようなそんな感覚に陥った。


そこへ二人組の看護師が歩いてきた。

二人は足を止め、テレビの方を見ながら話し始めた。


「あっ、これ。この事故で死んだ人って、女子高生を拉致して監禁したうえに殺しちゃったらしいですよ。それで警察が逮捕に向かっていた時に逃亡したんですって。」


「まじで!最低だね。じゃあ死んで良かったじゃん。」


「本当ですよね。事故の時も他の人は巻き込まれなかったらしくて良かったですよね。」


「でも、その殺されちゃった子が可哀想だね。」


男はそれを聞いて、いてもたってもいられなくなった。


「あの!俺が見えるか!?」


声を最大に張り上げたつもりだったが看護師の二人は何の反応も示さなかった。


「聞こえないのか!俺はここにいるんだぞ!」


男は我を忘れたように看護師の肩に手を掛けた。

しかし触れない。


「でもこのテレビ、誰がつけたのかしら?さっき来たときは消えていたんですけどね。」


「さあ、患者さんの誰かがつけたんじゃないの。」


看護師たちは男に気づく素振りも見せずに立ち去っていった。

残された男は全てを思い出していた。

自分が犯した罪や逮捕に来た刑事たちの顔や、車に乗りこみアクセルを全開に踏んでいたことさえも。

ただ事故の瞬間だけは全く思い出せない。


「俺……死んだのか?そ、そんなはずはない。今だってこうして意識がしっかりしている。体だってどうってことはないし、足だってあるじゃないか――これは間違いだ!そうだ、きっとそうだ。」


男は近くにあった鏡を見つけ、自分の姿を確認した。


「うわぁぁぁああ!」


それを見た時、全ての終わりを悟った。

それはこれまで見てきた自分の顔とは何もかもが違っていたのだ。

鼻は無くなり口の周りの肉は削げ落ち、歯も前歯が数本残っているだけ。

額の皮からは頭蓋骨の一部が飛び出していた。

もはや人間ではなかった。

しかし驚くことに目だけは綺麗に残っていた。


「――ウフフ。」


急に後ろの方から微かな笑い声が聞こえた。

男は恐る恐る振り返った。

さっきまで誰も居なかったはずの長椅子には老人が座っていた。

さっき挨拶をして返してくれた老女だった。

この人には自分が見えているのかもしれない。

そう思った男はすがるように訊ねた。


「――俺が見えるのか?」


「ええ。見えていますよ。」


この老人はもしかしたら自分と同じ境遇の者かもしれない。

そう思った男は老女の膝にしがみつくようにすり寄った。


「俺は、俺はどうすればいいんだ?」


すると老人はゆっくりと立ち上がり言った。


「お前は私の、可愛い可愛い孫娘を殺した。」


男は全身から力が抜けていくのを感じた。

死んでいるはずなのに全身から血の気が引いていく様をはっきりと感じとった。


「ギャハハハ!ざまあみろ!」


そこから少しの時間が経った頃、再びさっきの二人組の看護師の一人が通りかかった。


「えっ?どうして?」


先程、確かに消したはずのテレビがまたついてるではないか。

さっきのチャンネルとは違うニュース番組が流れていた。


「――今日午後五時頃、市内に住む二十代の男性が運転する乗用車が電柱に衝突し死亡するという事故が発生しました――。」












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ