真実
病室の窓から眺める景色はいつも同じで十七歳の少年にとっては退屈な日々であった。
五階建ての病院の五階、窓際にあるベッドには足を骨折して入院している、尊という少年がいた。
ある日、尊の元に三人の見舞い客が訪れてきた。
三人とも制服を着ているところを見ると学校帰りに同級生のお見舞いにやってきたということだろう。
「尊、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ。見ろよこれ。」
足を吊られて彼はギプスを指差して言った。
「そうだ、これに落書きしてもいい?よく映画とかで見るじゃん。」
少年の一人が鞄から油性のペンを取りだそうとすると、尊は一言こう言った。
「書いたら殺すからな。」
その少年は鞄を漁るのをやめて、「だよな。」と言った。
それからしばらくは雑談などを交わしていたが、少年の一人がおもむろに切り出した。
「じゃあ俺、バイトあるからそろそろ帰るわ。」
するともう一人の少年も、「塾がある。」と言い出した。
「なに、もう帰んの?俺、暇なんだけど。」
「ああ、そうだな……そうだ、進がいるからいいじゃん。というわけでまた今度な。」
少年二人はそそくさと病室を出ていってしまった。
残された少年はどうして良いか分からず、ただうつむいていた。
「おい、進。」
「な、なに?」
「腹へったからコンビニでお菓子でも買ってこいよ。」
「う、うん。分かった。」
少年は嫌がる素振りも見せずにコンビニへ走った。
帰ってくると尊の母親が来ていて、進は少し驚いた。
「あらまあ、お友達?」
「あっ、ええ、はい。」
ぎこちない返事をする進に尊は苛立ちを隠せない。
「もういいからお前帰れ。それでまた明日、あいつらと一緒に来いよ。」
「ちょっとあんた友達に向かってそんなこと言うもんじゃないよ。」
進は一礼すると逃げるように病室を後にしたのであった。
翌日、尊の病室にやって来たのは進だけだった。
「おい、あいつらは?」
「な、なにか用事があるらしくて今日は行けないって。」
二人の間に無言な時間が流れた。
「あ、あのこれ。昨日渡しそびれちゃって。」
進はコンビニで買ったお菓子の入った袋を尊に手渡した。
「あっ、サンキュー。」
尊はその袋を受け取り中をごそごそと漁りながら進に話しかけた。
「そういえば、お前んちの叔母さんってここで働いてるんだっけ?」
「うん。」
「なんかさ面白い話しとかないの?」
「お、面白い話し?」
「例えばさ、この病院にまつわる恐い話しとか。」
進は少し考えてからゆっくりと答えた。
「あるよ。」
「おっ!いいね聞かせろよ。」
進は少し躊躇いながらも語り始めた。
「前にこの病院に入院していた中学生の男の子がいたんだけど、学校で虐められていたらしくて階段から突き落とされて足を骨折したんだって。」
「へー、俺と同じだな。まあ、俺の場合ふざけてて階段から落ちたんだけどな。」
「それで入院している間に、彼は自殺をすることを選んだんだ。」
「まじで?いじめられていたくらいで?」
進は少し驚いた表情を見せたが、尊の早く続けろというような顔つきに焦り、続きを話した。
「彼はこの病院の屋上から飛び降りたんだ。」
「そ、それで?」
「奇跡的に下が芝生だったから一命はとりとめたんだけどもう一方の足も骨折してしまったんだって。」
「なんだよ、死んでねえのかよ、つまんね。」
尊の無神経な発言に進は少しだけムッとしたがすぐに冷静になりその痕跡を消した。
「まだ終わってないよ。」
進は一つ咳払いを挟んで話を続けた。
「その中学生の子はそのあともう一度屋上から飛び降りた。だけど次は、たまたまあった下の花壇によって命を救われたんだ。」
「いや、二回も飛び降りるとかありえねえ。しかも生きてるなんて、もっとありえねえ。完全に馬鹿じゃん。」
「そして、三回目飛び降りた時、彼はついにあの世へと旅立っていった。でも二回目の飛び降りから病院や親族も警戒して彼を部屋から出さないようにしていたのにも関わらず、彼は誰にも気づかれずに屋上へ上った。しかも病院側が屋上に出る扉にも鍵をかけていたはずなのにそれも空いていた。彼は何かにとり憑かれていたのかもしれないよ。」
ちょうど進の話が終わる頃、尊の母親が見舞いに現れた。
進は深くお辞儀すると足早に病室を後にした。
「あら、どうかしたの?」
「いや別に。」
母親が帰って尊は一人ベッドの上で考えごとをしていた。
それは昼間、進が話していたことだった。
恐いとか、そういう感情はなかったが気になることがあった。
虐められていたという中学生の話しである。
実をいうと自分にも心当たりがある。
虐められている方ではなく、虐めている側に該当する。
その相手は、進だった。
自分では虐めているという自覚はなかったが、たまにやり過ぎたかなと思い当たる節は幾度となくあった。
もしかしたら進も自殺とか考えているのではないか?
そんなことが少し脳裏をよぎった。
そして、その夜のことだった。
尊が眠っているとギシギシと音が鳴っていることに気づき目が覚めた。
「ん、何の音だ?」
尊は目を擦りながら状態を起こした。
その瞬間だった。
突然、息苦しくなり思うように声が出なくなった。
さらに吊ってあった足がベッドの上へと放り出された。
尊はパニックに陥り、何とかナースコールを押そうと手探りで辺りを探し回った。
左手の小指にコツッ!と何かが当たり、それがナースコールだとすぐに察した。
そしてそれを手に取り押そうとした時だった。
尊は何か得体の知れないものに足を掴まれたような感覚を感じた。
声を上げたいがなぜか声が全く出ない。
そして足を掴んだ何かは信じられない力で尊をベッドから引き摺り落とした。
尊はジタバタとあがいたが、どうにも出来ない。
物凄いスピードでそのまま病室を出され廊下を滑る様に引っ張られた。
尊は恐怖から我を忘れたように必死に声を上げまくっていた。
だが、その声は声にはならない。
声が出ないというのを悟った尊は声を出そうとすることを一旦諦めた。
そして廊下の灯りで自分を引き摺っているのは何なのか確かめようと自分の足辺りを恐る恐る見てみた。
最初は全く何も見えなかったが、もう一度目を見開いて今度は集中して、その一点を見た。
するとそこには、はっきりとは見えないまでも少し靄がかかったような何かがいた。
「――ひ、人だ。」
尊が見たのは人の顔だった。
男性というよりは少年の様に思えた。
尊は咄嗟に思い出した。
昼間、進が話していたいじめられて自殺をした少年のことだ。
尊の体は一瞬にして非常階段の前にあった。
そこで突然止まったと思いきや、体の向きを変えられた。
そして非常階段へ続く金属性の扉がスーッと音も立たずに半分ほど開いた。
「おいおい……冗談だろ。」
尊は声を出すことを諦め、頭の中で目一杯叫んでいた。
階段の方へ進んでいくと選ばれたのは上りだった。
尊は青ざめ、全身の毛穴から一気に汗が吹き出した。
階段は引き摺られていくというより持ち上げられたように上っていった。
尊はここで少し冷静さを取り戻した。
なぜこんなタイミングで頭がクリアになったのかは定かではないが、唐突にこう思った。
「あれ?もしかして二人いるのか?」
尊が感じたのは、足を引き摺る者と頭を抱えている者の二人という意味だった。
あまり頭の位置は動かせないが何とか自分の頭を抱えているであろう者の正体を見ようと頭を反らし目を思い切り自分の頭を見るように上げた。
そこにはさっき足を引っ張っていた者よりも、もう少しはっきりとした顔があった。
「す、進!なんで、なんでお前が!?」
尊は呆然とした。
そこにあった顔が自分の同級生であり、さっき会って喋っていた人物だったのだから仕方がない。
やはり進は自分を憎んでいたんだ、殺したいくらいに。
尊は急に罪悪感に苛まれた。
「悪かった、進。」と、頭の中で繰り返した。
しかし、ふと考えた。
自分の口を塞ぎ、頭を抱えているのはどう考えても人間ではない。
顔は進の顔をしているが、これは幽霊だ。
頭は既に爆発寸前だった。
急に風を感じた尊は我に返ったように自分の現状を思い出した。
到着したのは予想通り屋上だった。
ずるずると、ゆっくり屋上の端の方へと引き摺られていく。
抵抗しようと試みるがやはり難しい。
ふと空を見上げると、そこには満天の星空。
冬の澄んだ空気が余計に星たちを美しく見せた。
「――綺麗だな。」
尊は屋上のフェンスを吊り上げられるように持ち上げられていた。
すると突然、自分の口を塞いでいた進らしき者が耳元で話し始めた。
その声はとても少年が発する様な声ではなく、低くひび割れていた。
そしてそれが二重にも三重にも重なったようなとても気持ちの悪い声だった。
「――最初はこっち。」
すると足を引っ張っていた者が骨折していない足をピコンと持ち上げた。
「――次は……ここ。」
そして、ツンツンと指で差すように尊の心臓を叩いた。
「や、やめてくれ――!?」
尊は自分の声に驚いた。
少しだが声が出る。
「進、俺が悪かった。謝るよ、だから許してくれ。」
尊は助かりたい一心というより、本心でそう思っていた。
そんな尊の言葉にそれは何の反応も示さず、尊の体をフェンスの外へと引き上げていた。
下を覗くとうっすらとだが芝生のようなものが視界に入った。
尊の体は今にも下に落ちそうな勢いだった。
「またね――。」
進らしき者は尊の耳元で心地の悪い声で言った。
その時だった。
バタンッ!と扉が開く音が鳴り響いた。
誰かがやって来たのは間違いなかった。
「何やってんの!そこを動かない!」
その大きな声に尊は意識がはっきりと我に返った。
そしてすぐさまフェンスにしがみついた。
声の主はこの病院の看護師だった。
尊は何とかフェンスを越えて屋上へ戻ることに成功し無事に助かることが出来た。
そして、その時にはもう自分を抱えていた者たちは完全に消え去っていた。
「あ、ありがとうございます。でも何で屋上に?」
尊はその看護師が何故自分を探しに来たのか不思議でしょうがなかった。
「あなた鈴木君だよね。私の甥っ子の進がね突然電話してきて君を見てきて欲しいって頼んで来たのよ。まあ、私が宿直だったから見に行ったら、君がいなかったからびっくりしちゃって。」
尊は確信した。
さっきいたのはやはり進ではなかったのだと。
自分が作り上げた幻だったのだろう。
「進がね、もしも君が病室にいなかったらきっと屋上にいるから急いで確認してって、あの大人しい進がすごい剣幕だったから私も驚いちゃった。でも無事で良かったわ。自殺なんて考えちゃ駄目よ。」
――次の日。
「ごめんなさい。」
「ごめん。」
尊と進は会うなりお互いが頭を下げた。
「えっ?なに?」
「いや。俺、お前に色々ときつく当たってただろ。だからお前がいじめられてるって感じてんじゃないかって……。」
「……ま、まあ。多少は。」
「だから謝ったんだよ、悪かった。これからは気をつけるよ。で、お前は何で謝ったんだ?」
「……実を言うと、あの話しって人に話しちゃうと聞いた人がもしも、いじめをしている人だった場合は死んじゃうって……。」
「お、お前俺を殺す気だったのかよ?」
「違うよ。そんなこと有り得ないって思ってたけど、夜になって何だか急に不安になったから叔母さんに見てきてって頼んだんだ。」
そこへちょうど進の叔母さんが病室に入ってきて突然、こう言いました。
「助かって何よりだったわ。またあの人が人を殺すのを見たくないからね。」
「――どういうこと?」
「あら?進、あんた知らなかったの?」
「なに?」
「ここで自殺したのって、貴方のお父さんの弟なのよ。」
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