15 英雄魂の力
思い出した。
全て、何もかも。
自分が乙姫だったこと。
目の前に居る彼が、本当に浦島太郎の生まれ変わりだということ。
どうして玉手箱を渡したのかも。
この光景をよく知っていることも。
「ひ、め……?」
茫然としている水姫に涼太は顔の前で手を振って、意識があるか確認する。
水姫はその手を掴み、涼太の目を見つめながら立ち上がった。
そして、嬉しそうに、申し訳なさそうに、こう言うのだ。
「……思い出した。ぜんぶ」
その言葉を聞いた涼太は、そんなことをしている状況ではないというのに、嬉しい悲鳴をあげ、飛び跳ねた。それはきっと、彼がずっと待ち望んでいたもので。その様子に水姫も、鬱陶しいとは言いつつも嬉しくなった。
「姫ありがとう!やった!ついに!」
「恥ずかしいから黙ってください」
「嫌だよ!俺思ったことは口に出さないと気が済まないんだ!だから言う!姫大好き!」
「私は嫌いです」
「嘘っ!?」
ガーン、と音でもつきそうなほどにショックで口を開けて、涼太は項垂れた。
しかし、その変わらない様子に水姫が安心感を覚えているとはつゆ知らず、涼太は持ち前のポジティブを生かして顔をあげた。
「俺を、無視するな……」
そういえばかなり危ない状況だったんだ。
水姫は気を張って自分と涼太を傷つけようとした男に視線を向ける。すると、男と目が合う。
いや、合わざるを得なかったと言うべきか。
初めて真正面から見る男の目は、異常だった。
らんらんと輝いたその黒目は、大きい。
いや、大きすぎるんじゃないか。
恐怖を覚え、どうしてだろうと考えるよりも答えが出る。
つまり眼球全てが真っ黒だったのだ。
白目なんて一体どこへ。瞳孔は本当にあるのだろうか。
そう思ってしまうほどに、男の目は漆黒で、闇よりも深い色をしていた。
「やっぱりそうだったか……」
同じく男の目に気づいたらしい涼太はため息をついて、そんなことを言う。
やっぱり?
ということは、涼太はこの男の事を知っているのだろうか。
だがそう思うや否や涼太は不敵に笑って、男とまた対峙する。
頬に流れる血は止まり、水姫を守りつつも、応戦が出来るように構えて。
「無視なんてしてないよ。そもそも、アンタを狙っているのが俺だけじゃないってこと、忘れてないよね?」
まるでその言葉に示し合わせたかのように、目の前で大きな音が鳴り響いた。
咄嗟に目をつむった水姫は恐る恐る目を開いて、何が起こったのか確認する。
そこには、隣の車をへこませた誰かの拳があった。
男は苦い顔をして車から距離を取り、後ずさりする。
「あーあ。またよけられちゃった。ねえ、そんなに怖がらなくたっていいじゃん」
車をへこませた拳の持ち主――力登は、残念そうに可愛く眉を寄せて、そんなことを言う。
もしかして、先ほど水姫が見たあの不可解な車のへこみも全部彼がやったのだろうか。前に怪力を見せつけられたことはあったけれど、まさかここまでとは……。恐るべき力を見て、頬が引きつった。
それでも男は慣れているといわんばかりに距離を取り終えると、脱兎の如く駆けだした。
ダメだ、これでは逃げられてしまう!
水姫はなりふり構わず追いかけようと走りかけ、涼太に止められる。思わず睨むと、彼は真剣な表情で頷いた。
「大丈夫、安心して。あの先には桃がいる」
桃?つまり桃耶の事だろうか。
隣で力登も脱力したように座り込み、頷いているところから、何か策でもあるのかと考え込んだ時だった。
甲高い悲鳴が男の逃げた先から聞こえてきて、目をみはった。
「この声は、あの人の?」
「たぶんね。上手くいったかな、桃のほうは」
「今日はダメだなあ。僕何にも役に立たなかった」
「最初だから気にするな。それに金の力は脅しになっていい効果が出たと思うぞ?」
涼太は笑って、ずっと不安な様子の水姫を安心させるように男が逃げた先を見る。
すると、男が嫌々ながらもこちらに歩いてくるではないか。
一体どうして?
「って、桃耶先輩……」
男の後ろで、桃耶が勝ち誇った様子で歩いてくるのが見えた。
そして二人は水姫たちの目の前までやって来る。男はまるで自分の身体が言うことでもきかないかのように振舞いながら、そして桃耶は何かが入っているであろう麻袋を手に持ちながら。
訳が分からない状況に、水姫は、それでも男が逃げずにここまで来た事に少しだけ安心した。
「くっ……言いなりになってたまるか!」
男はそう言うなり、隠し持っていたナイフを手に、また後ろに退いて距離を取った。先ほどのおかしな動きはもうしていない。
「おや、もう解けてしまいましたか。なかなか意思が強い方のようだ」
「あの、これって」
浦島三兄弟が揃った事で、状況はこちらのほうが優勢に思えた。そんな中、水姫は自分の疑問をぶつける。
「ああ、これは能力ですよ。溝口先生も言っていたでしょう、英雄魂には能力があると。私の場合は人心掌握、つまり操ること。力登は怪力。見てのとおりいつも使っていますね」
なるほど、力登のあの力も、男が不可解な動きをしながらこちらへやってきたことも、すべて英雄魂の力によるものだということか。
初めて見るその能力に、水姫は嘆息する。英雄魂って、本当に選ばれた人なんだ。
「そして、俺は、これ」
涼太は何処から取り出したのか、釣竿を抱えていた。
その姿は昔の彼を見ているようで、水姫は何処か懐かしく感じる。どこまでも釣竿の似合う男なのだ、彼は。
涼太は取り出した釣竿の先を男のいるほうへ投げる。
逃げ行く男の後を釣竿の先が追いつき、地面につくと、不思議な事が起こった。
男を囲むようにアスファルト一面が、水を張っていたのだ。
それはまるで、小さな海のように。
何処を向いても一面水が張っていて、足を踏み入いれようならかなり深いことに気づいた男は、どうしようもなく立ち尽くした。
涼太はそれに満足そうにして、張った水面に釣竿を投げ入れ、やがて縄を取り出した。
「四次元ポケットみたい……」
「俺は元漁師だからね。この釣竿で異空間の水面を作って、自分の欲しいものを釣り上げるんだ」
誇らし気に言う彼は、本当に浦島太郎そのものだった。
そんな彼に少しだけカッコよさを覚えながら、水姫は男を見る。男は八方塞がりな現状にどうしようもなく、涼太が投げ入れた縄にされるがまま、身体を縛られた。
ていうか、縄が勝手に縛っている……。
この学園に来てから驚きの連続で、頭が追いつかないな、と水姫はその様子を見ていると、涼太が四方を囲んだ水面を消し、元の何もない場所に戻した。
そして、それがチャンスとでもいう様に男は持っていたナイフで、縛られているにも関わらず縄を素早く切り、自由の身になった。
「なっ……」
「手慣れてますね。逃げられますよ」
「そんなこと、分ってるよ!追いかけないと!」
涼太が焦った様子で駆け出し、男を追いかける。続いて弟たちも追いかけだした。こうなると、体当たりで行くしかないということだろう。
何度も抵抗する男にうんざりしながら水姫は、ふと地面に転がっているそれに目を向けた。
思わず拾い上げて、それについた土を払う。
「玉手箱……」
男に拘束されたときにでも落としてしまったのだろう。
それは、水姫の家に伝わる大事な箱だった。
そして、乙姫である自分があの時使った、玉手箱でもある。
そのとき、どうしてか水姫は箱を持ったまま駆け出していた。
遅すぎる足を必死に動かして、大事な箱を抱えながら。
男と涼太の姿が見えた時、立ち止まって大声をあげる。
「止まれ!」
何事かと男と涼太が振り返り、それを機に水姫は男と距離を縮めた。
男が何かまずい状況に持っていかれると悟り、踵を返そうとする。
だが、もう遅い。
厳重に占めてある箱は、すでに開いていた。
「くらえ!」
かつて乙姫であった自分が使った、この箱の能力を。
時間を操作するという、その能力を。
水姫は、男にくらわせた。
箱から煙が立ち込め、涼太達は男から即座に離れて、事態を見守る。
そしてようやく霧が晴れたときには、
男は歩くのも辛そうな、老人に変わり果てていた。
「……やった!」
水姫は玉手箱を閉じてそんな声をあげる。それと同時に、何処からか溝口と刑事の太田が駆けつけて、即座に状況を判断し、老いてしまった男を捕らえる。
あっという間の出来事に、水姫はため息をついて。
玉手箱を大事そうに抱えて。
そのまま意識を手放してしまった。




