第9話 聖剣の試練と、幸運の「抜き打ち」検査
豪華な客室で目覚めた俺を待っていたのは、窓から差し込む心地よい朝日と、俺の腹の上で丸くなって眠るミアの温もりだった。
「うーん、朝か……。昨日の晩餐会は散々だったな」
毒を盛られたはずが、なぜか究極の隠し味として絶賛され、最後は王女にキスされる。
普通の大学生なら心臓が止まっていてもおかしくない展開の連続だ。
「……カイト、起きたニャ? お腹空いたニャ。朝ごはんは豪華な魚料理がいいニャ」
ミアが目をこすりながら起き上がり、俺の胸元に顔をすり寄せてくる。
自由の身になった彼女は、以前よりもずっと表情が豊かになり、俺への懐き方も尋常ではなくなっていた。
「おはよう、ミア。わかったよ、後で美味しいものを頼もうな」
俺が彼女の頭を撫でていると、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開かれた。
「カイト殿! 朝だぞ! 騎士たるもの、朝の鍛錬を欠かすべからずだ!」
現れたのは、フル装備のシルヴィアだった。
彼女は銀髪をポニーテールにまとめ、やる気に満ち溢れた表情をしている。
「シルヴィア、ここは王宮の客室だぞ。修行はいいけど、少しは休めよ」
「何を言う! 王都にはまだ不穏な空気が流れている。貴方の身を守るためには、私の剣をさらに磨かねばならないのだ」
シルヴィアの忠誠心は、昨夜の事件以来、より一層強固なものになっていた。
彼女の真面目すぎる性格は、見ていて安心する反面、少し放っておけない危うさも感じさせる。
そんな俺たちのやり取りに割って入るように、廊下から華やかな声が響いた。
「あら、朝から賑やかね。でも、カイトの朝の時間は私のものよ?」
現れたのは、第一王女エリザベートだ。
彼女は昨夜のドレスとは違い、少し軽装な、しかし気品に満ちた乗馬服に身を包んでいた。
「カイト、お父様がお呼びよ。例の『聖剣』の鑑定を行いたいんですって」
「聖剣? あの、三百年も誰も引き抜けていないっていう、伝説のやつか?」
「ええ。貴方の幸運なら、もしかすると……という話になってね」
エリザベートは俺の腕を強引に引き、王宮の最深部にある『聖域』へと連れて行った。
聖域の中央には、巨大な岩に突き刺さった、古びた剣が鎮座していた。
それがこの国の守護の象徴であり、最強のアーティファクトとされる聖剣『アステリオス』だ。
そこには国王陛下と、昨夜見かけたあの「蛇の紋章」のマントを着た男が立っていた。
「おお、カイト君! よく来てくれた。紹介しよう、彼は我が国の国教を司る大司教、ヴァロア侯爵だ」
国王に紹介された男、ヴァロアは、薄ら寒い笑みを浮かべて俺を値踏みするように見た。
その瞳の奥には、隠しきれない敵意と狡猾さが渦巻いている。
「……お初にお目にかかります、幸運の救世主殿。この聖剣を引き抜くことができれば、貴方の力は神に認められたことになります。ですが……」
ヴァロアは聖剣の柄を指差した。
「もし偽者が触れれば、聖剣の怒りに触れ、その身を永久に呪われることになるでしょう。……さあ、どうされますかな?」
明らかな挑発だ。
ヴァロアは俺が失敗し、呪われることを期待している。
おそらく昨夜の暗殺未遂も、この男が裏で糸を引いているに違いない。
「カイト殿、無理をすることはない! この男の言葉に乗る必要など……」
シルヴィアが剣の柄に手をかけるが、俺はそれを制した。
「いいよ。ただ引き抜けばいいんだろ?」
俺は無造作に聖剣の元へと歩み寄った。
正直、俺に剣の才能なんてこれっぽっちもない。
だが、俺の画面には相変わらず『幸運値 99,999,999』という文字が踊っている。
俺が聖剣の柄に手をかけようとした、その瞬間。
ミアが足元をチョロチョロと走り回り、俺の靴紐が彼女の尻尾に引っかかった。
「わっ、とと!?」
俺は盛大に体勢を崩し、転びそうになりながら思わず聖剣の柄を力一杯掴んでしまった。
ズボォォォンッ!
何の抵抗もなく、まるで豆腐に刺さった箸を引き抜くかのように、聖剣が岩から抜けた。
しかし、驚きはそれだけではなかった。
俺が勢い余って振り回した聖剣の先から、まばゆいばかりの純白の光が解き放たれたのだ。
「な、何だこの光は!?」
ヴァロアが目を押さえて叫ぶ。
光は聖域全体を包み込み、そして真っ直ぐにヴァロアを直撃した。
彼のマントが光に焼かれ、その下から隠されていた『真の姿』が露わになる。
彼の全身には、黒い霧のようにうごめく「呪いの刻印」が刻まれていた。
それは、他者を呪い、国を蝕む禁忌の魔術を使い続けた者だけに現れる、逃れられぬ証拠だった。
「ば、馬鹿な……! なぜ聖剣が勝手に起動して、私の『認識阻害魔法』を無効化したのだ!」
ヴァロアが錯乱したように叫ぶ。
本来、聖剣は正しい心を持つ者が、明確な意志を持って振るわなければ起動しないはずだ。
だが、俺が「つまずいて、たまたま掴んで、振り回した」という偶然が、聖剣の真の浄化能力を呼び覚ましてしまったのだ。
「大司教ヴァロア……貴様、自ら禁忌の呪術に手を染めていたのか!」
国王が怒りに震え、近衛兵たちに命じる。
「この裏切り者を即刻捕らえよ! 地下の監獄へ叩き込め!」
「おのれ……おのれ、カイトぉぉぉ! 貴様さえ、貴様さえいなければ……!」
ヴァロアは惨めに引きずられながら、最後まで俺を呪い続けて消えていった。
聖域に静寂が戻る。
俺の手には、かつての古びた姿から一変し、美しい黄金の輝きを放つ聖剣が握られていた。
「……カイト殿。貴方は、私の想像を遥かに超えている」
シルヴィアが、跪いて俺の靴に口づけせんばかりの勢いで見つめてくる。
「偶然転んで聖剣を引き抜き、その一振りで国最大の反逆者を暴き出す。……もはや、神の御使いとしか思えないニャ」
ミアも呆れたように、しかしどこか誇らしげに鼻を鳴らした。
「ふふっ、これでお父様の呪いも、国の闇もすべて解決ね。……ねえカイト、もう逃げ道はないわよ?」
エリザベートが俺の背中に回り込み、首筋に熱い吐息を吹きかけてくる。
「聖剣に選ばれた騎士、そして国の英雄。……もう、私の王配(夫)になるしか道はないと思わない?」
「……勘弁してくれよ」
俺は黄金に輝く聖剣を見つめ、またしても平和な日常が遠のいたことを確信した。
だが、ヴァロアが連行される直前に見せた、あの不敵な笑みが気にかかる。
彼が所属していたという謎の組織『蛇の舌』の全貌は、まだ何も見えていないのだ。
俺の幸運は、この先さらに巨大な運命の渦へと、俺たちを導いていくことになる。




