第8話 王都への凱旋と、絶体絶命の毒殺晩餐会
「……というわけでカイト殿。なし崩し的に決まってしまったが、我々はこれから王都へ向かうことになった」
豪華な王室専用馬車のふかふかのシートに揺られながら、シルヴィアが重々しく口を開いた。
彼女の隣には、すっかり俺の膝の上を定位置にして丸くなっているミアがいる。
そして俺の正面には、獲物を狙う肉食獣のような瞳でこちらを見つめるエリザベート王女。
カジノを壊滅させてからまだ数日。
普通の大学生だった俺の日常は、マッハを越える速度で遠ざかっていった。
「カイト、そんなに緊張しなくていいのよ? お父様も貴方を命の恩人だと認めているわ。王都に着いたら、まずは最高級の礼服を仕立てましょう。貴方に似合う色を選ぶのが楽しみだわ」
エリザベートが身を乗り出し、俺の手を握りしめる。
その指先が、まるで恋人同士のように熱を帯びて絡み合ってきた。
「いや、俺はただの一般人だし、そんな贅沢な服なんて……」
「だめよ。私の『運命の人』がみすぼらしい格好をしていたら、私が恥をかいてしまうもの。……それとも、私に脱がされる方がお好みかしら?」
「王女殿下! 破廉恥すぎますぞ!」
シルヴィアが割って入り、俺とエリザベートの間に物理的な壁を作る。
馬車の中でも、三つ巴の火花は絶え間なく散っていた。
王都『アステリア』に到着した俺たちを待っていたのは、割れんばかりの歓声だった。
国王の呪いを(無意識に)退け、伝説の宝石を持ち帰った英雄の帰還。
広場には、俺の姿を一目見ようと数千人の市民が詰めかけていた。
「……なんか、思ってたより大事になってるニャ」
ミアが窓の外を見て耳をぴくぴくと動かす。
「カイト殿の幸運が、この国の閉塞感を打ち破ったのだ。人々は貴方に、新しい時代の光を見ているのだろうな」
シルヴィアの言葉は重かったが、当の本人は「早く美味しいものが食べたい」としか考えていなかった。
その夜。
王城の広大な晩餐会会場にて、俺の歓迎を兼ねた祝宴が催された。
豪華なシャンデリアが輝き、各界の重鎮たちが顔を揃える中、俺はエリザベートの隣という、誰が見ても「次期国王候補」な席に座らされていた。
「さあカイト、これは王都で一番のシェフが腕を振るった『黄金鳥のソテー』よ。食べてみて」
エリザベートが微笑みながら、一口サイズの肉を俺の口元に運んでくる。
いわゆる「あーん」というやつだ。
周囲の貴族たちがどよめく中、俺が口を開こうとした、その時。
俺の視界の端で、給仕係の一人が不自然に指先を震わせたのが見えた。
(……ん?)
その瞬間、俺の『幸運』が、脳内に警報を鳴らした気がした。
俺が肉を食べようと前のめりになった拍子に、テーブルの脚が「ミシミシッ」と嫌な音を立てた。
ガタンッ!
わずかに傾いたテーブルの上で、俺が手に取ろうとしていたワイングラスが滑り、エリザベートが差し出していた肉の上に中身がドバッとかかった。
「あらっ……! ごめんなさい、カイト」
エリザベートが慌ててナプキンを手に取る。
だが、ワインがかかった肉からは、不自然なほど紫色の煙がうっすらと立ち昇っていた。
「……待て。その肉、色が変だニャ」
ミアが鋭い嗅覚で異変を察知し、シュタッとテーブルの上に飛び乗った。
彼女は肉の匂いを嗅ぐと、その表情を険しく歪める。
「……これ、『千夜の眠り』という毒ニャ。一滴で象すら即死する、暗殺専用の劇物だニャ!」
「何だとっ!?」
シルヴィアが即座に立ち上がり、給仕係の逃げ道を塞いだ。
会場は一転して、悲鳴と混乱の渦に包まれる。
「警備兵! この給仕を捕らえろ! 陛下とカイト殿を狙った逆賊だ!」
シルヴィアの指揮により、暗殺者は一瞬で取り押さえられた。
だが、暗殺者は不敵な笑みを浮かべて叫んだ。
「……ヒヒッ、遅い。その肉にかけた毒は、空気中に触れるだけで周囲の料理にも伝染する……! ここにいる全員、道連れだ!」
その言葉通り、毒の煙が霧のように広がり、メインディッシュの巨大な肉料理を包み込んでいく。
このままでは、祝宴が地獄の葬列に変わってしまう。
しかし。
俺がパニックになった拍子に、袖が近くの巨大な『塩のツボ』に引っかかった。
ガッシャーン!
ツボが割れ、中に入っていた大量の白い粉末が、毒の煙に包まれた料理の上に豪快に降りかかった。
「ああっ! 料理が台無しに……って、あれ?」
俺が絶望したのも束の間。
白い粉末が毒の煙に触れた瞬間、パチパチと弾けるような音がして、紫色の霧がみるみると消えていったのだ。
「……カイト殿。それは塩ではない。……隣の席に置いてあった、迷宮由来の『万能浄化石の粉末』だ」
シルヴィアが呆然と呟いた。
「どうやら、毒と浄化の粉が化学反応を起こして、毒性を完全に中和しただけでなく……」
シルヴィアが恐る恐る、粉がかかった肉を一口食べて、目を見開いた。
「……信じられない。毒の苦味が、究極の隠し味に変わっている……! こんなに美味しい肉料理、食べたことがない!」
「……嘘でしょ?」
エリザベートや国王までもが一口食べ始め、会場は「美味しい、美味しい」という大合唱に包まれた。
毒殺の危機は、幸運による偶然の産物で、歴史に残る『最高のディナー』へと変貌してしまったのだ。
「……カイト。貴方、わざとあの粉をかけたの?」
エリザベートが、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「いや、ただ袖が引っかかっただけで……」
「……もう、どこまで謙虚なの。私の命だけでなく、王都の貴族全員を救って、さらに料理まで美味しくしてしまうなんて」
彼女は確信したような顔で、俺の頬にそっとキスをした。
「貴方はやはり、この国の救世主。……そして、私の最高の旦那様よ」
「お、おのれぇ……! またカイト殿の好感度を稼ぎおって!」
シルヴィアが悔しそうに地団駄を踏み、ミアは「アタシも肉食べるニャ!」とマイペースに食事を再開している。
こうして暗殺計画は、一人の死者も出さずに「伝説の晩餐会」として語り継がれることになった。
だが、俺は気づいていた。
暗殺者が捕まる直前、会場の隅で静かに立ち去った、一人の男の後ろ姿を。
その男が羽織っていたマントには、あのみすぼらしいカジノで見た『紋章』とは違う、もっと不気味な、蛇が絡み合ったような紋章が刻まれていた。
「……まだ、終わってないのかもな」
俺の予感は、あいにく悪い方にも的中するらしい。
幸運値MAXの俺を巡る、王都の闇の勢力との戦いは、まだ始まったばかりだった。




