第10話 崩壊する平穏と、史上最もラッキーな「おつかい」
聖剣を引き抜き、国教の闇を暴いた翌日。
俺は王宮のフカフカすぎるベッドの上で、深刻な悩みに直面していた。
「……お腹、空いたな」
昨夜は祝宴の毒騒ぎやら王女の求婚やらで、正直まともに食べた気がしない。
王宮の朝食も豪華すぎて、逆に「普通のジャンクなもの」が恋しくなっていた。
「カイト殿! 朝食の前に、まずは聖剣の手入れを――」
「カイト、今日こそ婚姻届にサインを――」
「カイト、お魚焼けたニャ――」
朝から三者三様の圧が部屋に満ちる。
「……ちょっと、散歩に行ってくる」
俺は逃げ出すように、三人(と一人)の制止を振り切って王都の街へと繰り出した。
目的地は、昨日のパレードで見かけた、美味しそうな湯気を立てていた路地裏の串焼き屋だ。
「たまには一人で、静かにおつかいも悪くない」
そう思っていた俺の足元で、カランッ、と乾いた音がした。
見ると、道端に古びた「コイン」が落ちている。
昨日の銀貨と同じパターンだが、俺の『幸運』はそれを拾えと急かしている気がした。
俺が腰を落としてコインを拾い上げた、その瞬間。
ドガァァァンッ!
俺のすぐ横にあった時計塔の壁が、激しい爆発と共に吹き飛んだ。
「うわっ!? なんだ!?」
もし俺がコインを拾うために立ち止まっていなければ、吹き飛んだ破片の直撃を受けていたはずだ。
時計塔の瓦礫の中から現れたのは、昨夜見た「蛇の紋章」の刺青を顔に刻んだ、不気味な二人組の魔術師だった。
「……チッ、外したか。あの距離で避けるとは、やはり『救世主』の噂は伊達ではないようだな」
一人は痩せ細った男、もう一人は筋肉質な大男。
どちらもヴァロア大司教が属していた組織『蛇の舌』の暗殺者だろう。
「ヴァロアを捕らえた礼をさせてもらう。この街ごと、貴様の『運』を使い果たさせてやる」
痩せた男が杖を掲げ、大規模な禁忌呪文を唱え始める。
周囲の空気が一気に冷え込み、通行人たちがパニックを起こして逃げ惑う。
(まずいな……このままじゃ街の人が巻き込まれる)
俺が何か武器を探そうと周囲を見回した時。
「カイト殿ぉぉぉっ!!」
空を割るような絶叫と共に、一筋の銀光が時計塔の屋根から舞い降りた。
シルヴィアだ。
彼女は俺の「散歩」を察知し、密かに護衛として付いてきていたらしい。
「我が主に仇なす不届き者め! このシルヴィア・ローゼンバーグが相手だ!」
神速の抜刀。
だが、暗殺者の一人、大男がそれを巨大な鉄塊のような剣で受け止める。
「騎士風情が……邪魔だ!」
シルヴィアと大男が激しく剣を交える。
その隙に、痩せた男が呪文を完成させようとしていた。
「墜ちろ! 黒炎の――」
その時。俺のポケットから、先ほど拾った「コイン」が滑り落ちた。
コインは不思議な軌道を描いて転がり、逃げ惑う人々の足に当たり、跳ね返り、そして――。
カチンッ。
呪文を唱えていた男の、喉仏のまさにその一点に直撃した。
「……ぐぇっ!?」
喉を突かれた男は、唱えかけていた呪文を暴発させた。
行き場を失った黒い炎が、男自身の杖を爆発させ、二人組を黒煙の中に包み込む。
「なっ……なんだ、今の奇跡は……!?」
唖然とするシルヴィア。
だが、黒煙の中から大男が狂ったように叫びながら飛び出してきた。
「おのれぇ……! ならば、これならどうだ!」
大男が懐から、禍々しい赤い結晶を取り出した。
それは自身の命を削って広範囲を爆破する、自爆用の魔道具だった。
「死ねぇっ!!」
絶体絶命の瞬間。
「させないニャ!」
横から飛び込んできた黒い影が、大男の腕に鋭い爪を立てた。
ミアだ。彼女もまた、俺の後を追ってきていた。
ミアの攻撃で大男の手から結晶がこぼれ落ち、地面を転がる。
「ミア、離れろ! 爆発する!」
俺が叫んだが、結晶は止まらない。
あろうことか、それは街のメインの「下水管」の通気孔へと吸い込まれていった。
一瞬の静寂。
そして――。
ボフッ。
地面の下から、なんとも間抜けな音が響いた。
爆発のエネルギーは、複雑に入り組んだ地下の下水道を駆け巡り、街の反対側にある『蛇の舌』の秘密の潜伏先であった「古びた空き家」のトイレだけを木っ端微塵に吹き飛ばした。
「……え?」
呆然とするミアとシルヴィア。
そして、大爆発の代わりに下水道から逆流してきた「大量の不浄な水」が、暗殺者二人を丸飲みにして、そのまま衛兵所の目の前まで押し流していった。
「……今日も、運が良かったな」
俺がそう呟いた時、後ろから猛烈な勢いで馬車が駆け込んできた。
「カイト! 貴方、また私に黙ってデートの練習なんて!」
馬車から飛び出してきたエリザベート王女が、俺に抱きつくと同時に、地面に落ちていた「何か」を拾い上げた。
それは、暗殺者が持っていた魔道具の「破片」であり、同時に組織の「指令書」が隠された秘密のパーツだった。
「あら……これ、『蛇の舌』の王都本部が記されているじゃない。カイト、貴方わざとここに彼らを誘き出したの?」
「……いや、ただ串焼きを買いに来ただけなんだけど」
エリザベートは感極まった様子で、俺の頬を両手で包み込んだ。
「信じられない……。おつかいのついでにテロを未然に防ぎ、敵の本拠地まで特定してしまうなんて。貴方の運は、もうこの国の守護神と言ってもいいわ」
「救世主殿……。貴方はやはり、我々の想像を遥かに超える高みにいらっしゃる」
シルヴィアが崇拝の眼差しで膝をつき、ミアが誇らしげに喉を鳴らす。
こうして、俺の「おつかい」は、王都を揺るがす闇の組織の壊滅という、とんでもないお釣りを持ち帰ることになった。
しかし、壊滅したはずの本拠地の跡地から、一つだけ「奇妙な報告」が上がってきた。
それは、どの文献にも載っていない、俺のいた世界の言葉で書かれた「あるメモ」だったという。
『次のターゲット:幸運値MAXの大学生』
俺の幸運が、ついにこの世界の理を超えた「何か」を引き寄せようとしていた。
「……お腹、まだ空いてるんだけどな」
俺の切実な呟きは、熱狂に包まれる王都の喧騒にかき消されていった。




