第11話:異世界の日本語と、あまりに不運な潜入者
王都の喧騒が窓の外から聞こえる中、俺は自室で一枚の紙切れを凝視していた。
そこには、この世界の共通語ではない、見慣れた「漢字とひらがな」が並んでいる。
『次のターゲット:幸運値MAXの大学生』
指がわずかに震える。
この世界に来てから、俺は自分のステータスが異常である自覚はあった。
だが、それを「大学生」という単語と共に知る者が、俺以外にいるというのか。
「カイト、その紙をさっきからずっと見ているけれど、何が書いてあるの?」
背後からエリザベートが覗き込んできた。
彼女の長い金髪が俺の肩に触れ、甘い香りが意識を乱す。
「……いや、なんでもない。ただの落書きだと思って」
「嘘ね。貴方のその顔、何か重大な秘密を見つけた時の顔だわ。隠し事はなしよ、旦那様?」
彼女の鋭い瞳に見つめられ、俺は生唾を飲み込んだ。
王女としての直感か、それとも女の勘か、エリザベートを欺き通すのは至難の業だ。
「カイト殿、準備が整った! 今日こそは街の警備状況を確認しつつ、食事へ出かけよう!」
部屋に飛び込んできたのは、気合の入ったシルヴィアだった。
彼女は俺を守るという名目で、常に最新の装備を整えている。
「シルヴィア、今日は少し落ち着いて歩きたいんだ。ミアはどうした?」
「ミアなら、キッチンの魚の匂いに釣られて、今ごろ料理長と格闘しているはずだニャ!」
いつの間にか俺の足元にいたミアが、誇らしげに胸を張った。
彼女の野生の勘は、時として俺の幸運さえも凌駕する鋭さを見せることがある。
俺たちは四人で、王都のメインストリートへと繰り出した。
昨日の騒動が嘘のように平和な景色だが、俺の胸騒ぎは収まらない。
「ねえカイト、あそこの宝飾店を見て。貴方に似合いそうなブローチがあるわ」
エリザベートが楽しげに俺の腕を引く。
その時、俺の視界の端で、一人の男が不自然に足を止めたのが見えた。
男は衛兵の格好をしていたが、その歩き方には軍人特有の硬さがない。
どこか、獲物を狙う獣のような、しなやかで冷酷な動き。
(……来るか?)
俺が身構えた瞬間、男が懐から小さな銀色の筒を取り出した。
それは音もなく、俺の喉元を狙って極小の針を射出した。
だが、そこで俺の幸運が牙を剥く。
ちょうどその時、隣を歩いていたミアが「あ、蝶々ニャ!」と叫んでジャンプした。
彼女の尻尾が俺の背中をパシッと叩き、俺はわずかに前方へよろめいた。
「おっと……!」
俺が体勢を崩した空域を、猛毒の針が虚しく通り過ぎていく。
そして、その針は運悪く、後ろを歩いていた「石像」のわずかな隙間に突き刺さった。
ガタッ、ゴロゴロ……!
老朽化していた石像の首が、針の衝撃で崩れ落ちた。
落ちた首は、石畳を跳ねて、逃げようとした暗殺者の足元へ。
「ぎゃああっ!?」
足首を直撃された暗殺者が、派手に転倒して地面に這いつくばった。
その拍子に、彼が持っていた「もう一つの証拠品」が俺の目の前に転がってきた。
それは、不思議な光を放つ、手のひらサイズの水晶体だった。
俺がそれを拾い上げると、水晶の中にぼんやりと日本語が浮かび上がる。
『個体名:カイト。生存を確認。次のフェーズへ移行せよ』
俺が絶句していると、シルヴィアが瞬時に暗殺者を押さえ込んだ。
彼女の剣が、男の喉元で冷たく光る。
「貴様、誰の差し金だ! カイト殿を狙うとは万死に値する!」
「ひっ、ひぃい……! 俺はただ、あの方から『運を試せ』と言われただけで……!」
暗殺者は恐怖に顔を歪め、そのまま泡を吹いて気絶してしまった。
まるで、これ以上喋ることを禁じる強力な暗示がかかっているかのようだ。
「カイト、この水晶……ただの魔法道具じゃないわね」
エリザベートが険しい表情で水晶を見つめる。
彼女の指が水晶に触れた瞬間、中から聞き覚えのある「機械的な声」が響いた。
『認証失敗。管理者権限が必要です』
「管理者……?」
俺が思わず呟くと、水晶は俺の声に反応し、激しい光を放ち始めた。
そして、俺の脳内に直接、一つのイメージが流れ込んでくる。
それは、この王都の地下深くに眠る、巨大な「遺跡」の地図だった。
そこには、俺が元の世界へ帰るためのヒント、あるいはこの「幸運」の正体が隠されている気がした。
「……シルヴィア、ミア、エリザベート。行かなきゃならない場所ができた」
俺が真剣な表情で言うと、三人は互いに顔を合わせ、そして力強く頷いた。
「カイト殿が行く場所なら、地獄の果てまでお供しよう」
「アタシ、美味しいものがあるならどこでも行くニャ!」
「ふふっ、やっと私を頼る気になったかしら? 楽しみね」
俺の幸運は、単なるラッキーの連続では終わらない。
それは、仕組まれた運命か、それとも誰かからの挑戦状か。
王都の地下に眠る、異世界の謎。
俺たちは、平和な街の裏側に隠された、巨大な迷宮へと足を踏み入れる決意を固めた。
その頃、王都の北に位置する古い塔の頂上で。
一人の男が、手元にある「スマホ」に似た端末を操作しながら、冷たく笑っていた。
「さあ、見せてくれよ。君の幸運が、どこまで僕を楽しませてくれるのかを」
男の瞳は、カイトと同じ、この世界の住人にはない異質な輝きを放っていた。




