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幸運値MAXの俺、異世界のカジノを初日で壊滅。支払いに差し出された姫騎士を景品としてお持ち帰りする  作者: 葉山 乃愛


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第66話:床下の歯車、あるいは最初の珈琲

真鍮の鍵が完全に回りきった瞬間、足元から地鳴りのような低い駆動音が響いた。



絨毯を剥がした床板が、まるで精密なパズルを解くように左右へとスライドしていく。

現れたのは、暗闇へと続く鉄製の急な螺旋階段だった。

驚いたことに、その階段の壁面には、現実のLANケーブルに混じって、あちらの世界の迷宮の壁に埋め込まれていた『淡く発光する魔力の結晶体』が、青い光を放ちながらびっしりと根を張っていた。



「現実の物理構造と、あっちの世界のデータ構造が、この床下で完全に融合している……。

ユキちゃん、君は一体どれだけの計算を重ねてこの店を現実に固定したんだ……!」



阿良多がノートPCを抱えたまま、吸い込まれるように螺旋階段を駆け下りていく。

俺たちもそれに続いた。

階段を降りきった先は、十畳ほどの狭いコンクリート壁の地下室だった。

部屋の中央には、巨大なサーバーラックが鎮座し、その前に一台の古びた木製の机が置かれている。

そして、机の上には、あの包帯の店主がいつも大切そうに磨いていた『真鍮の金庫』が、静かに佇んでいた。



「本当に……あった。店主さんの金庫だ……」



ルカが息を呑み、金庫の表面に触れる。

その瞬間、金庫の表面に刻まれた数式のような紋章が淡く光り、ガチャリと音を立てて扉がゆっくりと開いた。



中に収められていたのは、最新の記憶媒体でも、魔法のスクロールでもなかった。

それは、一本の古びたガラス瓶。

中には、黒く艶のある、数粒の『珈琲の生豆』が入っていた。



「珈琲の……豆? これが千影を止める原典のプログラムなのか、カイト殿?」



シルヴィアが不思議そうに首を傾げ、長い髪を揺らす。

剣を持たせれば無敵の彼女も、この一見ただの日常の遺物にしか見えない代物を前にしては、戸惑いを隠せないようだ。



「いや、これを見てくれ。瓶の底に、マイクロSDカードが張り付いている」



阿良多がピンセットでそれを取り出し、即座に自身のノートPCへと差し込んだ。

画面に膨大なコードが超高速で流れ始め、彼の眼鏡のレンズが緑色の文字列で満たされていく。

やがて、阿良多の動きがピタリと止まり、その顔からすっと血の気が引いていった。



「……これは、千影の『初期化コイン』のバックアップデータじゃない。

その逆だ。この世界……いや、僕たちのいた迷宮の街が生まれる前に、店主と千影が最初に作った『世界そのものの設計図』……いや、対話の記録だ」



阿良多が画面を共有する。そこに表示されたのは、十年前の日付が残された、二人の男のチャットログだった。



『千影、お前は世界をシステムで完璧に制御したいと言った。だが、人間の欲望や感情は、予測不可能なバグを生む。

だから私は、この世界に一つだけ、どんなシステムでも書き換えられない日常の象徴を置いておく。

それが、一杯の珈琲を淹れる時間だ。人間がその温かさを感じている間だけは、世界は決して冷酷なデータにはなり得ない。

この豆のデータを、すべての基底現実のアンカーにする』



店主の遺したメッセージ。

千影がどれだけ現実の株価や土地のデータを書き換えようとも、この『最初の豆』のデータがこの店に存在する限り、この街の日常の根幹だけは、あいつのシステムに完全に上書きされることはないのだ。

千影が明日の朝九時までにこの権利を奪おうとしているのは、自分のシステムを完璧にするための最後のピースが、この豆だからだ。



「つまり、この豆を店主さんのサイフォンで淹れて、あの千影のフロント企業のネットワークにデータを流し込めば……

あいつが現実世界で膨らませた仮想の資産や債権は、すべて一瞬で元の適正値にリセットされるわけね」



リザが腕を組み、冷徹なまでの判断力で核心を突いた。

彼女の目は、すでに明日の朝九時の『戦場』を見据えている。



「ええ、その通りです、リザさん。だけど、それには一つだけ問題があります」

阿良多がキーボードを叩きながら、苦渋の表情を浮かべた。

「データを流し込むには、千影がこの商店街に構築した临時の『中継サーバー』に、物理的に直接アクセスする必要がある。

その中継サーバーがある場所は……さっき男たちが言っていた、裏手の雑居ビルの一最上階。千影の拠点の真ん中だ」



「敵の本陣に、この豆を持って突っ込めということか」

シルヴィアが今度は嬉しそうに拳を鳴らした。

「現実の法律とやらは物騒だが、こちらから出向いてデータを届けるだけなら、ただの『配達』だろう。

カイト殿、私の右腕の使い所が、ようやく決まったな」



「アタシも行くニャ。あのスーツの男たちの匂い、もう覚えたから迷わないニャ」

ミアが俺の背中にぴたりと寄り添い、鋭い視線を地上へと向けた。



タイムリミットは明日の朝九時。

親父が買って帰ってくるであろう肉で、まずは全員の腹を満たす。

それが、夜鴉のメンバーが現実世界で迎える、最初の決戦の前の、最高の日常の準備だった。



俺はガラス瓶をポケットにしまい、螺旋階段を見上げた。

「よし、みんな。飯を食ったら、明日の作戦を練るぞ。千影の思い通りにはさせない」



その時、地上の店の方から、親父の「ただいま、肉買ってきたぞー!」という大声が響いた。

日常を守るための、非日常の戦いが、今まさに始まろうとしていた。


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