第6話 公爵の陰謀と、やばすぎる第一王女の求婚
迷宮の入り口では、王家からの試験官であるバルト公爵が、優雅に赤ワインのグラスを傾けていた。
豪華な天幕の下、護衛の騎士たちを侍らせた彼は、迷宮の入り口を眺めながら下劣な笑みを浮かべている。
「そろそろ、あの生意気な小僧も魔物の餌食になった頃合いでしょう。……まったく、領主の奴もドジを踏んだものです。カジノの莫大な利益を独占していた私の計画が、あんな素性の知れぬ平民に壊されるとは」
独り言を呟きながら、公爵はグラスのワインを飲み干そうとした。
「あ、その領主なら自爆して粉々になったよ。おじさんが黒幕だったのか」
「ぶふぉっ!?」
背後から唐突にかけられた声に、公爵は口に含んだワインを盛大に噴き出した。
彼が咳き込みながら振り返ると、そこには傷一つない平服姿の俺と、呆れ顔のシルヴィア、そして尻尾を揺らすミアが立っていた。
「き、貴様ら……!? なぜ生きている! 最深部には、致死の罠と強力な結界があったはずだ!」
「罠? ああ、なんか道端の小銭を拾いながら歩いてたら、いつの間にか着いてたよ。はい、これ」
俺はポケットから、無造作に『女神の涙』を取り出し、公爵の顔の前に突きつけた。
透き通るような青い輝きを放つその宝石は、間違いなく国宝級の魔力に満ちている。
「ば、馬鹿な……。それを持ち帰るなど、絶対に不可能だ……っ!」
公爵は顔面を蒼白にし、後ずさった。
だが、すぐにその表情が険しいものへと変わる。
「ええい、構わん! 貴様らは迷宮で命を落としたことにする! 騎士団よ、その小僧から宝石を奪い、三人ともここで斬り捨てろ!」
公爵の号令により、周囲を取り囲んでいた数十人の精鋭騎士が一斉に剣を抜いた。
だが、俺たちが構えるよりも早く、一筋の銀光が閃いた。
「……誰を斬り捨てるだと? 薄汚い豚め」
シルヴィアが、抜刀の構えのまま公爵の首元に冷たい刃を突きつけていた。
その動きは、かつてカジノで見た時よりも遥かに洗練され、神速の域に達している。
「ひっ……!? き、貴様、たかが借金まみれの元用心棒が、私に刃を向ける気か!」
「私の主は、ただ一人。このカイト殿だけだ。貴様のような私利私欲で国を腐らせる害虫など、斬るに値すらしない」
シルヴィアから放たれる圧倒的な『騎士の覇気』に当てられ、護衛の騎士たちは一歩も動くことができない。
「し、証拠だ! 私が裏でカジノを操っていたという証拠がどこにある!」
往生際の悪い公爵が叫ぶと、今度はミアが音もなく彼の背後に降り立った。
「証拠なら、ここにあるニャ」
ミアの手には、公爵の懐からいつの間にか抜き取られていた、分厚い手帳が握られていた。
「さっきアンタがワインを吹いた隙に、スリ取らせてもらったニャ。カジノからの裏金の流れ、バッチリ記されてるニャよ」
「な、あ、ああっ……!」
ミアの鮮やかな手口に、公爵はついに膝から崩れ落ちた。
カジノの裏帳簿、領主の自爆、そして公爵の失脚。
まるでドミノ倒しのように、俺の行く先々で悪党たちが勝手に自滅していく。
幸運値MAXの力は、どうやら因果律すらも捻じ曲げているらしい。
「さて、これで試練はクリアってことでいいよな?」
俺がため息をついた、その時だった。
カッ……!
俺の手に握られていた『女神の涙』が、突如として太陽のように強烈な光を放ち始めた。
「な、なんだニャ!?」
「カイト殿、危ない!」
シルヴィアとミアが俺を庇おうとするが、光は俺たちを傷つけるものではなかった。
宝石から放たれた光は、空中で複雑な魔法陣を描き出し、そこから一つの巨大な「空間の門」が形成されたのだ。
門の中から現れたのは、黄金の装飾が施された、一台の絢爛豪華な馬車だった。
「……『女神の涙』が、真の持ち主に反応して転移門を開いたというの……?」
崩れ落ちていた公爵が、絶望的な声で呟く。
馬車の扉がゆっくりと開き、中から一人の女性が降り立った。
燃えるような真紅のドレス。
腰まで届く金色の髪と、宝石のように輝くルビーの瞳。
その立ち振る舞いは、シルヴィアの凛とした美しさとはベクトルが違う、圧倒的な『支配者』のオーラを纏っていた。
この国の第一王女、エリザベート。
彼女は周囲の騎士や、倒れ伏す公爵には目もくれず、真っ直ぐに俺の元へと歩み寄ってきた。
そして、俺の顔をジッと見つめ、ふわりと妖艶な笑みを浮かべる。
「見つけたわ。私の『運命の旦那様』」
「……はい?」
「『女神の涙』は、この国に最大の繁栄をもたらす『最強の因子』を持つ者を選び出すアーティファクト。それが貴方を選んだのよ」
エリザベート王女は、俺の首に腕を絡ませ、耳元で甘く危険な声で囁いた。
「貴方のその常軌を逸した『幸運』……素晴らしいわ。ねえ、私と結婚して、貴方の優秀な『種』を王家に独占させてくださらない?」
「はあ!?」
シルヴィアとミアが、同時に素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「お、王女殿下!? カイト殿は私の……いや、カイト殿にそのような破廉恥な真似は!」
「抜け駆けは許さないニャ! カイトの隣はアタシたちの特等席ニャ!」
普段は冷静なシルヴィアが顔を真っ赤にして剣をガチャガチャ鳴らし、ミアが王女に向かってシャーッと毛を逆立てる。
だが、エリザベート王女は全く動じることなく、俺の胸にぴったりと身を寄せた。
「ふふっ、優秀な雄が複数の雌を惹きつけるのは当然の理よ。でも、正妻の座は絶対に譲らないわ。さあカイト、今すぐ私と王宮のベッドへ行きましょう?」
「展開が早すぎるっての!」
突然の王女からの熱烈すぎる「種付け」宣言。
失脚した公爵が白目を剥いて気絶する中、俺の幸運な異世界生活は、さらにカオスな修羅場へと突入しようとしていた。




