第5話 王家からの招待状。迷宮の最深部で「あみだくじ」を攻略せよ
「……王立迷宮の最深部にある『女神の涙』を持ち帰れ、か」
俺は届けられた金縁の親書を眺め、深くため息をついた。
差出人はこの国の現国王。
昨夜の領主自爆事件を受け、王家は俺の「幸運」が本物かどうかを見極めるための『試練』を課してきたのだ。
もし成功すれば、俺を「特等貴族」として迎え入れ、失敗すれば……「稀代の詐欺師」として処刑する。
なんとも極端な話だが、王族というのはそういう生き物なのだろう。
「カイト殿、あまりにも理不尽だ! 迷宮の最深部など、熟練の騎士団ですら数ヶ月かかる難攻不落の要塞だぞ!」
シルヴィアが机を叩いて憤慨する。
彼女の騎士としての正義感が、この身勝手な命令を許せないらしい。
「しかも、期限は今日一日……。王家は最初からカイト殿を始末するつもりなんじゃニャいのか?」
ミアが猫耳を不安げに伏せながら呟く。
彼女の首に刻まれた奴隷の紋様が、心細そうに小さく光っていた。
「まあ、なんとかなるさ。せっかくの招待だし、観光気分で行ってみようぜ」
俺は二人の肩を軽く叩き、街の地下に広がる迷宮の入り口へと向かった。
王立迷宮『アビス・ホール』。
そこは、かつて高度な魔法文明が築いたとされる巨大な地下遺構だ。
入り口には、王家から派遣された試験官、バルト公爵が冷ややかな笑みを浮かべて待っていた。
「ほう、逃げずに来ましたか。運だけで成り上がった小僧が、女神の慈悲に触れることなく、闇に消える姿を楽しみにしていますよ」
「期待に応えられるか分かりませんが、頑張りますよ。……じゃあ、行ってくる」
俺はバルト公爵の嫌味をさらりと流し、シルヴィアとミアを連れて迷宮へと足を踏み入れた。
中に入ると、そこは複雑怪奇な迷路だった。
いたるところに致死性の罠が仕掛けられ、不気味な魔物の気配が漂っている。
「カイト殿、左だ! 殺気を感じる!」
シルヴィアが剣を構えた、その瞬間。
俺は右側に落ちていた一枚の「銀貨」に目を奪われ、無意識に右側へと一歩踏み出した。
「お、銀貨落ちてる」
ヒュンッ!
俺がさっきまでいた左側の空間を、巨大なギロチン刃が音速で通り過ぎる。
もし左に行っていたら、今頃俺の首は綺麗に飛んでいただろう。
「な、な……!? 落ちている小銭を拾おうとして、伝説の『断頭の罠』を回避したのか!?」
シルヴィアが驚愕で目を見開く。
「カイト殿……。アンタ、本当に無自覚なのが一番恐ろしいニャ」
ミアも呆れたように、しっぽをゆらゆらと揺らした。
その後も、俺たちの進軍は「攻略」というより「散歩」に近かった。
崩落しそうな床を歩けば、その瞬間に床が平らになり、
猛毒の矢が飛んでくれば、俺がくしゃみをした拍子にしゃがんで全て回避し、
凶暴な魔物が襲いかかってくれば、魔物が石に躓いて自滅する。
迷宮の守護者たちが、まるでおもてなしをするかのように次々と脱落していく。
「……着いたな。ここが最深部か」
入り口からわずか三十分。
俺たちは、本来なら数ヶ月かかるはずの最深部、通称『女神の祭壇』に到着した。
そこには、何千もの入り組んだ道が描かれた、巨大な壁面があった。
いわゆる「あみだくじ」の超巨大版のような仕掛けだ。
「これが最後にして最大の仕掛け、地獄の選択だニャ」
ミアが震える声で解説する。
「何千もあるルートのうち、正解はたった一つ。間違ったルートを選べば、迷宮全体が崩壊し、侵入者は一人残らず圧死する……」
「そんな……。ここまで来ても、最後は運任せだというのか!」
シルヴィアが絶望に顔を歪める。
だが、俺は迷うことなく、一番端にある「汚れたレバー」を適当に引いた。
「あ、ちょっと待てカイト殿! まだ分析を――」
ゴゴゴゴゴ……。
迷宮全体が激しく揺れ動く。
ミアは俺の足にしがみつき、シルヴィアは俺を庇うように抱きしめた。
死を覚悟した二人の前で、壁面がゆっくりと左右に割れていく。
現れたのは、台座の上に鎮座する、まばゆい光を放つ青い宝石。
王家が求めていた『女神の涙』だった。
それだけではない。
宝石の隣には、ミアの首に刻まれたものと同じ「奴隷契約」を強制解除するための『解放の鍵』が、なぜか添えられていた。
「……うそ。これ、アタシを縛る術式を解くための、伝説の秘宝ニャ……」
ミアが震える手でその鍵に触れる。
カチリ、と心地よい音が響き、彼女の首から忌まわしい紋様が嘘のように消えていった。
「自由……。アタシ、本当に自由になったんだニャ……!」
涙を流して喜ぶミア。
シルヴィアも、その光景を見て自分のことのように微笑んでいる。
「カイト殿……。貴方はやはり、ただの幸運な男ではない。運命そのものを味方につけ、人を救うために生まれてきた方だ」
シルヴィアの熱い視線が俺に注がれる。
その眼差しは、もはや忠誠心を超え、一人の男に対する深い情愛へと変わっていた。
「さて、お宝も手に入ったし、ミアの呪いも解けた。そろそろ帰って、公爵の驚く顔でも拝みに行こうか」
俺は『女神の涙』をポケットに放り込み、軽やかな足取りで出口へと向かった。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
この『女神の涙』を手に入れることが、王都を二分する大きな陰謀の引き金になることを。
そして、王家の中に、俺の命ではなく「俺の血筋」を欲しがる、さらに厄介な人物が潜んでいることを――。




