第4話 包囲網の中のピクニック。奇跡の雨と、領主の自爆
「……おい、アンタ。外には領主軍が数十人もいるんだニャぞ?」
捕らえられた黒猫の少女、ミアは信じられないものを見る目で俺を睨みつけた。
それもそのはずだ。
窓の外を重装歩兵たちが完全包囲し、今にも突入しようというこの状況で、俺は冷めかけた『魔猪の串焼き』をのんびりと口に運んでいるのだから。
「……うん、冷めても美味いな、これ」
「カイト殿! 悠長に食事をしている場合ではない! 私が時間を稼ぐから、貴方は裏口から逃げてくれ!」
シルヴィアが腰の剣を抜き、鋭い眼光で入り口を睨みつける。
彼女の背中は、かつてカジノで絶望していた時とは違い、大切な人を守ろうとする強さに満ちていた。
その凛とした姿は美しいが、少し肩に力が入りすぎている。
「落ち着けって、シルヴィア。外の連中は、今すぐには入ってこれないから」
「何を根拠に……! 相手は訓練された私兵団だぞ!」
「根拠? ……まあ、強いて言えば俺の『運』かな」
俺がそう言った瞬間だった。
「突入開始! 抵抗する者は皆殺し――ぐわぁっ!?」
指揮官の勇ましい号令が響いた直後、凄まじい衝突音と悲鳴が外から聞こえてきた。
何事かとシルヴィアが窓から外を覗き込み、そして絶句した。
「……そんな、バカな。私兵団が、自分たちの馬車に轢かれている……?」
外では、待機していたはずの輸送馬車の車輪が、なぜかこのタイミングで同時に折れていた。
制御を失った馬車が坂道を滑り落ち、突入しようとした兵士たちの密集地帯に、ストライクを取るボウリングの球のように突っ込んでいったのだ。
「あ、アタシの仲間たちが……一瞬で半分近く戦闘不能になったニャ……」
ミアがガタガタと震え始める。
彼女にしてみれば、これは偶然ではなく、俺が何か恐ろしい呪いでも使ったように見えているのだろう。
「ま、まだだ! 弓兵、構え! 店の中に矢を放てっ!」
生き残った指揮官が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
十数人の弓兵が一斉に矢を番え、俺たちに向けて放とうとした。
しかし。
ピカッ、と夜空が不自然に輝いた。
「……え?」
雲一つなかった夜空から、たった一筋の雷がピンポイントで降り注いだ。
落雷の直撃を受けたのは、弓兵たちが立っていた場所のすぐ隣にある、大きな古木だった。
バキィィィィンッ!
凄まじい衝撃音と共に古木がへし折れ、そのまま弓兵たちの頭上へと倒れ込む。
「ひ、ひぃぃぃっ! 神の怒りだ! 天罰だぁぁぁっ!」
雷と倒木にパニックを起こした兵士たちは、もはや戦うどころではない。
我先にと武器を投げ捨て、闇夜へと逃げ出していった。
結局、一歩も店から出ることなく、包囲網は完全に崩壊してしまった。
「……カイト殿。貴方は、本当に何者なんだ?」
シルヴィアが剣を鞘に収め、呆然とした様子で俺に歩み寄ってくる。
その瞳には、畏怖を通り越して、もはや盲目的な崇拝に近い色が混じり始めていた。
「ただの大学生だって。……お、ミアも食べるか? 串焼き、一本残ってるぞ」
俺が差し出した肉を、ミアは恐る恐る口にする。
「……美味いニャ。……でも、アンタの隣にいると、命がいくつあっても足りない気がするニャ」
「はは、そうかもな」
俺が笑っていると、壊れた入り口から一人の男が転がり込んできた。
それは、豪華なローブを泥だらけにした、この街の領主本人だった。
彼は自分の私兵団が壊滅したのを見て、自らトドメを刺しに来たのだろうが、運悪く(あるいは俺にとって運良く)、逃げ出す兵士に突き飛ばされて泥沼に顔を突っ込んだらしい。
「き、貴様らぁ……! 私を誰だと思っている! この街の主だぞ!」
領主が懐から、禍々しい輝きを放つ魔石を取り出した。
「これを使えば、この店ごと貴様らを消し炭にして――」
「あ、危ない!」
シルヴィアが叫び、俺の前に飛び出そうとする。
だが、その必要はなかった。
領主が魔石を起動させようとした瞬間、彼の足元に、先ほどミアが落とした『毒の短剣』が転がっていた。
「あっ」
領主が短剣の柄を踏みつけ、派手にスリップする。
「ぶべっ!?」
宙を舞った魔石は、領主の開いた口の中にダイレクトに飛び込み、そのままゴクリと飲み込まれた。
「…………あ」
領主の動きが止まる。
魔石は体内で暴走を始め、彼の腹部がパトランプのように赤く明滅しだした。
「……シルヴィア、あれってどうなるんだ?」
「……爆発するな。それも、かなりの規模で」
シルヴィアが俺を抱きかかえ、反射的に店の奥へと退避しようとする。
しかし、爆発の衝撃波が来る直前。
店の地下に眠っていた、数百年放置されていた古い防護魔法の魔導具が、領主の魔力に反応して奇跡的に再起動した。
まばゆい光のバリアが俺たちの周囲を展開し、爆発のエネルギーをすべて領主一人の方へと押し返していく。
ドォォォォォォンッ!
地響きと共に、店の外で盛大な花火(領主)が打ち上がった。
翌朝。
街の人々が見たのは、悪政を働いていた領主が自爆し、その跡地に「なぜか」領主が隠し持っていた大量の金貨がばら撒かれている光景だった。
「カイト殿、街の人々は貴方を『黄金の救世主』と呼んで騒いでいるぞ」
翌日、宿屋のテラスで朝食を摂っていると、シルヴィアが少し困ったような、でもどこか嬉しそうな顔で報告してきた。
「勘弁してくれよ。俺は静かに大学生活……じゃない、異世界生活を送りたいだけなんだけどな」
「無理ニャ。あんな派手な自爆ショーを見せられて、放っておかれるわけないニャ」
すっかり俺たちに懐いてしまったミアが、パンを齧りながら尻尾を揺らしている。
「まあいいさ。金貨もたくさん拾ったし、しばらくは贅沢できそうだしな」
俺が笑ってティーカップを手に取った、その時。
宿屋の階段を駆け上がってくる、急ぎ足の靴音が聞こえた。
「カイト様、いらっしゃいますか! 王都から、至急の親書が届いております!」
現れたのは、街の新しい暫定統治者となった騎士だった。
その手には、金色の獅子の封蝋がなされた、見るからに高貴な手紙が握られている。
シルヴィアの顔が、一瞬で引き締まった。
「……王家の紋章。カイト殿、どうやら話が国レベルにまで大きくなってしまったようだぞ」
「……え、まだ第1話から3日目だぞ?」
俺の預かり知らぬところで、世界(というか国王)が俺の『幸運』に目をつけてしまったらしい。
「嫌な予感しかしないニャ……」
ミアの呟きに、俺も深く同意するしかなかった。
果たして、俺の幸運は王族相手にも通用するのか。
それとも、さらなる面倒事を引き寄せてしまうのか。
「ま、なんとかなるか。運はいい方だしな」
俺はそう言って、最後の一口のトーストを口に放り込んだ。




