第3話 刺客の少女と絶対回避のオムライス。そして迫る包囲網
シルヴィアの案内でやってきたのは、大通りから少し外れた路地裏にある、こぢんまりとした食堂だった。
『裏路地の隠れ亭』という看板が掛かったその店は、外観こそ古びているが、中からは最高に食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「カイト殿、ここは私が騎士団の訓練帰りにこっそり通っている店だ。値段は安いが、味は王宮の料理長にも引けを取らないと保証しよう」
自慢げに胸を張るシルヴィア。
先ほどのカジノでの張り詰めた表情から一転して、年相応の無邪気な笑顔を見せている。
銀髪の美しい姫騎士が、裏路地の定食屋の常連。
そのギャップがたまらなく可愛い。
「カイト殿? どうした、私の顔に何かついているか?」
「いや、笑うとすげえ可愛いなと思って」
「なっ……!? か、からかわないでくれ! 私は誇り高き騎士だぞ!」
顔を真っ赤にして慌てふためくシルヴィア。
からかったつもりは一切ないのだが、反応がいちいち新鮮で面白い。
俺たちは店の一番奥のテーブルに座り、彼女のオススメである『特大オムライスと魔猪の串焼きセット』を注文した。
運ばれてきた料理は、想像の倍以上デカかった。
洗面器のような皿に盛られた黄金色のオムライスを、シルヴィアは目を輝かせながら頬張っていく。
「んんっ……! やはりここのオムライスは絶品だ! カイト殿も早く食べてみてくれ!」
口の周りに少しケチャップをつけながら笑う彼女を見て、俺もスプーンを進める。
確かに美味い。
卵はフワフワで、中のチキンライスには肉の旨味がぎっしり詰まっている。
「そういえば、弟さんの薬の件だけど」
俺が切り出すと、シルヴィアはスプーンを止めて真剣な顔になった。
「ああ。先ほど衛兵隊の詰所に寄って確認したが、押収された裏帳簿のおかげで、解毒薬は無事に弟の元へ届けられたそうだ。……本当に、何から何まで貴方のおかげだ」
彼女の瞳が潤み、真っ直ぐな感謝の念が伝わってくる。
「気にするな。俺は美味しいご飯を一緒に食べてくれる可愛い相棒が手に入ったんだから、お釣りが来るくらいさ」
「あ、相棒……。それに、また可愛いと……」
シルヴィアが再び顔を赤くして俯いた、その瞬間だった。
彼女の青い瞳が、鋭い剣呑な光を帯びて背後の窓を睨みつけた。
「カイト殿、伏せて!」
シルヴィアが叫ぶと同時に、窓ガラスが派手な音を立てて砕け散った。
黒い装束に身を包んだ小柄な影が、夜の闇から一直線に飛び込んでくる。
その手には、緑色の液体がべっとりと塗られた凶悪な短剣が握られていた。
狙いは、俺の首筋。
完全な奇襲。シルヴィアが剣を抜くよりも、刺客の刃が届く方が圧倒的に早い。
だが、俺は焦らなかった。
いや、正確には一般人の反射神経では反応すらできなかったのだが、俺にはアレがある。
刺客が空中で短剣を振り下ろそうとした、まさにその時。
店の天井で腐りかけていた梁の一部が、唐突にボロッと崩れ落ちた。
崩れ落ちた重い木材は、見事な計算式を描いたかのように、刺客の頭上へと直撃する。
「ふみゃっ!?」
変な悲鳴を上げた刺客は、空中でバランスを崩し、見事に顔面から床に激突した。
ズザーッ、と床を滑ってきた小柄な体は、俺の足元でピクピクと痙攣して動きを止める。
手放された毒の短剣は、宙を舞って、俺の食べていた特大オムライスのど真ん中に見事に突き刺さった。
「……えっと、大丈夫か?」
俺が足元の刺客に声をかけると、我に返ったシルヴィアが慌てて刺客を拘束し、その顔を覆っていた黒い布を剥ぎ取った。
現れたのは、黒猫のような耳を持った、まだ十代半ばほどの亜人の少女だった。
気絶している彼女の首元には、奴隷の証である焼き印と、あのカジノの支配人が持っていたのと同じ『本物の』魔力契約の紋様が刻まれている。
「猫獣人の暗殺者……。それに、この紋様は……!」
シルヴィアの顔がさっと青ざめた。
「どうした、シルヴィア。知り合いか?」
「いや……だが、この紋章には見覚えがある。カジノの支配人ごときが使える代物ではない。これは、この街を治める『領主』の直属部隊の証だ」
領主直属の暗殺者。
それが意味するものは、一つしかない。
「なるほど。あのカジノの本当の黒幕は、領主自身だったってわけか」
「おそらく……。カイト殿があの隠し金庫を暴いたことで、領主の悪事が露見するのを恐れ、口封じにこの少女を送ってきたのだろう」
シルヴィアが悔しげに唇を噛む。
カジノの不正を暴き、街の平和を守ったと思っていたが、どうやら一番厄介な巣を突っついてしまったらしい。
目を覚ました黒猫の少女が、後ろ手に拘束された状態で俺たちを鋭く睨みつけた。
「……殺すがいいニャ。どうせ任務に失敗したアタシには、帰る場所なんてないニャ……」
強がっているが、その瞳の奥には明らかな恐怖と絶望が揺れている。
シルヴィアと同じだ。彼女もまた、不本意な契約に縛られて汚れ仕事をさせられているだけなのだろう。
「殺さないよ。それより、お腹空いてないか? オムライス、俺の分も食べるか? 短剣が刺さってない方の綺麗なところなら食べられるぞ」
俺が呑気に提案すると、黒猫の少女はポカンと口を開けた。
「……アンタ、頭おかしいニャ? アタシはアンタの命を狙った暗殺者ニャよ?」
「でも、お腹の音が鳴ってるぞ」
ぐきゅるるるる。
少女のお腹が、図ったかのように派手な音を立てた。
顔を真っ赤にしてうつむく少女。
シルヴィアが呆れたようにため息をついた。
「カイト殿の底の知れなさには、私も驚かされるばかりだ……。だが、暢気にしている場合ではないかもしれないぞ」
シルヴィアが窓の外へと視線を向ける。
「この少女が失敗した時のために、領主は確実な手段を用意していたようだ」
彼女の言葉に従って外を見ると、静かだった裏路地が、無数の松明の炎で真っ赤に染まっていた。
「カジノ襲撃の重罪人を捕縛する! 抵抗すればその場で斬り捨てよ!」
重武装の領主私兵団が、数十人の規模で店を完全に包囲していたのだ。
逃げ場はない。
絶体絶命の状況。
だが、俺のステータス画面の端では、相変わらず『幸運:99,999,999』の文字が、退屈そうにチカチカと点滅していた。




