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幸運値MAXの俺、異世界のカジノを初日で壊滅。支払いに差し出された姫騎士を景品としてお持ち帰りする  作者: 葉山 乃愛


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第44話:記憶の等価交換、あるいは偽りの救済

空が、剥がれた壁紙のように捲れ上がっていく。



その亀裂から溢れ出したのは、闇ではなく「無色」だった。

音も、光も、意味すらも持たない「無」の侵食。

ルカの鍵が限界を迎えたことで、この街を形作っていた定義が崩れ始めているのだ。



「……来たわね。あの古道具屋が言っていた『本当の絶望』が」



リザが剣の形を成さない、ただの鉄の棒を握り締め、上空を睨みつける。

彼女の横顔には、滅びゆく祖国を最期まで見守った時のような、悲痛な覚悟が宿っていた。



『……さあ、カイトさん。決断の時です』



鏡の中、窓ガラスの中、水溜りの中。

街中のあらゆる反射面に、包帯の店主が姿を現し、一斉に俺へ手を差し伸べる。

その手には、ルカを救うことができるという、あの青い小瓶が握られていた。



「カイト、行っちゃダメニャ! あいつの目は、獲物を狙う蛇と同じニャ!」



ミアが俺の服の裾を強く噛んで引き止める。

彼女の野性的な直感は、この取引の先に待つ破滅を敏感に察知していた。



「……わかってる。わかってるけど、ルカが消えるのを待つだけなんて、俺にはできないんだ」



俺はミアの頭を優しく撫で、リザと視線を交わした。

リザは何も言わなかった。ただ、俺の選択を信じるように、静かに頷いてくれた。



俺が一歩、鏡の中の店主へと歩み寄ったその時。

背後の公園から、空気を切り裂くような凄まじい衝撃音が響いた。



「……おっと、勝手に話を進められては困るな。

僕の計算では、まだあと四十八時間は『詰み』じゃない」



阿良多だ。

彼は、ユキとシルヴィアを伴い、ボロボロになったタブレットを手に駆けつけてきた。

シルヴィアの背中には、眠らされたルカが背負われている。



「阿良多! 補強する方法が見つかったのか!?」



「……補強? そんな微温いことじゃない。

カイトくん、あの店主が狙っているのは君の『記憶』じゃない。

君という『特異点』が持つ、世界を再定義する権限そのものだ」



阿良多は眼鏡を指で跳ね上げ、鏡の中の店主を冷徹に指差した。



「……店主さん。あんたの正体は、システムから切り離された『ゴミ拾い』なんかじゃない。

かつてこの街の運営に失敗し、データの一部として捨てられた『先代の管理者』だろう?」



店主の笑いが、ピタリと止まった。

包帯の奥にある唯一の瞳が、憎悪の色に染まっていく。



「……賢すぎる子供は嫌いだよ。

だが、その通りだ。私はこの手で、かつて愛した街を消去した。

その喪失感を埋めるには、この新しく、美しく、不条理な箱庭を奪い取るしかない!」



店主の咆哮と共に、街中の鏡が砕け散った。

飛び散った破片が空中で静止し、一つの巨大な「門」を形成する。

そこから現れたのは、実体を持った包帯の店主と、彼がコレクションしてきた「過去に消えた街の残骸」だった。



崩れた時計塔、燃え盛る図書館、そして……名もなき住人たちの亡霊。



「……カイト殿、ここは私が食い止める! 貴殿はルカ殿を連れて、あの塔へ!」



シルヴィアが木刀を構え、亡霊の群れへと突っ込んでいく。

彼女の動きに迷いはない。騎士としての使命ではなく、仲間の明日を守るための剣だ。



「アタシも行くニャ! 邪魔する奴は、全員ひっかいてやるニャアッ!」



ミアもそれに続き、影のように戦場を駆け抜ける。



「……カイト。私たちは、過去には戻らない。

どんなに辛い記憶があっても、それを塗りつぶして新しい地図を書くのよ」



エリザベートが、俺の手を強く握った。

その瞬間、俺の胸の中にあった「霧」が晴れていくのがわかった。

店主に売るための過去なんて、最初からどこにもなかったんだ。

俺が持っているのは、この街でみんなと笑い、戦い、生きてきた「今」だけだ。



「……ああ。行くぞ、リザ。

あいつに教えてやろうぜ。捨てられたデータにも、消せない意地があるってことを!」



俺はエリザベートと共に、混沌とする街の中心へと駆け出した。

折れかけたルカの鍵を、再び黄金に輝かせるための、最後の賭けが始まる。



だが、塔の入り口に辿り着いた俺たちの前に、

もう一人の「あり得ない人物」が立ちはだかっていた。



「……先輩。ごめんなさい。……私は、あっち側に行かなきゃいけないんです」



そこにいたのは、日記帳を抱えたまま、瞳から光を失ったユキだった。

彼女の持つ日記帳が、禍々しい黒い文字に侵食され、街の定義を内側から書き換え始めていた。

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