第29話:パッチワークの街と、名もなき勇者たち
空を見上げると、そこにはファンタジーの青空と、大学の講義室で見慣れた蛍光灯のノイズが混ざり合っていた。
再定義された世界は、王都の石畳と現代のアスファルトが交互に並ぶ、歪な「パッチワーク」の街へと変貌していた。
「……カイト、生きてる? どこか、痛むところはない?」
隣に倒れていたエリザベートが、俺の顔を覗き込む。
彼女の豪華なドレスの上には、なぜか俺の大学のカーディガンが羽織られていた。
「ああ……なんとか。どうやら『全ツッパ』の後の支払いは、命じゃなかったみたいだな」
俺が立ち上がると、手の中にあったはずのスマートフォンは、ただの「ガラスの破片」に変わっていた。
ステータス画面も、スキルの通知も、期待値のグラフも、もう現れない。
俺たちは、この理不尽なシステムから、ついに「ただの人間」として放り出されたんだ。
「カイト殿! エリザベート様! 無事か!」
瓦礫の向こうから、シルヴィアが駆け寄ってくる。
彼女の鎧は半分が消え、下にはジャージのような服が見えていた。
「アタシも元気ニャ! でも、なんだか体が軽いニャ。……魔法の匂いが、しなくなったニャ」
ミアが鼻をひくつかせ、困惑したように周囲を見渡す。
魔力が消えたわけじゃない。魔法という「機能」が、この街に溶け込んでしまったんだ。
「当然だよ。ここはもう、管理されたゲーム盤じゃない。……僕たちの意思が、直接現実に干渉する『生きた世界』だ」
阿良多が、眼鏡を拭きながら現れる。彼の手には、もうデバイスはない。
だが、その瞳にはかつてない知性が宿っていた。
「先輩。……私、もう一人じゃありません。この街の『隙間』に、私たちの居場所があるのを感じます」
ユキがそっと俺の袖を掴む。
彼女が止めた時間は、この街の「裏路地」として保存され、俺たちの隠れ家になっていた。
平和な再会。……だが、それを切り裂くように、街のスピーカーから耳障りな電子音が鳴り響いた。
『警告。未登録のオブジェクトを検知。……「ガベージ・コレクタ」を派遣します』
街の境界線から、真っ黒な「清掃員」のような影が、音もなく迫ってくる。
それはシステムがこの世界を「正常」に戻すために送り出した、俺たちという『バグ』を消去するための掃除屋だ。
「……皮肉だな。神様を辞めた途端、不法投棄物扱いかよ」
俺は腰に下げた、ただの鉄の棒を握りしめた。
ステータスによる補正はない。だが、俺の体には数えきれないほどの死線を越えた「感覚」が刻み込まれている。
「カイト殿、指示を! 守護騎士の称号はなくとも、私の剣は貴殿の盾だ!」
「アタシも! スキルがなくても、追いかけっこなら負けないニャ!」
「……よし。これが、俺たちの『本当の第1話』だ」
俺は、隣で祈るように手を握るエリザベートに笑いかけた。
「不確定要素だらけの人生を、楽しもうぜ」
俺たちは、ステータス表記のない、本当の戦場へと駆け出した。
その時、俺のポケットの中にある「スマートフォンの破片」が、一瞬だけ、誰にも見えないほど小さな光を放った。
『隠しクエスト:自分自身の名前を取り戻せ。……報酬、なし』
それでいい。報酬なんてなくても、俺たちはもう、最高に幸せなんだから。




