第26話:書き換えられる記憶、そして約束の栞
ユキの放つ「停止」の波動と、エリザベートが放つ「記憶」の輝きが真っ向から衝突した。
王都の中央広場は、現実の物質とデジタルのノイズが混ざり合い、視界が白く爆ぜる。
「先輩……どうして。その隣にいる女は、先輩の何を知っているんですか?」
ユキの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それは地面に触れる前に、青い光の粒子となって消えた。
彼女が操作するタブレットの画面には、俺がかつて大学の図書室で彼女に教えた『効率的な本の探し方』のメモが、歪んだプログラムとして表示されていた。
「ユキ、お前が守りたかったのは俺じゃない。俺と一緒にいた時の、自分自身の記憶なんだろ」
俺は一歩、また一歩と、崩れゆく石畳を踏みしめて前へ出る。
「……うるさい。先輩に、私の何がわかるんですか!」
ユキがタブレットを乱暴にスワイプした瞬間、俺の目の前に「論理の壁」がそびえ立った。
触れれば存在を抹消される、高密度の削除コード。
「カイト殿、退くな! 貴殿の背中は、この私が、この命に代えても守り抜く!」
シルヴィアが咆哮し、黒い雷を纏った長剣を「壁」へと叩きつけた。
ガガガガガッ! と、物理法則を無視した火花が散る。
彼女の剣はもはやただの武器ではない。システムから疎外された「不運」と「執念」を力に変えた、対システム用決戦兵器だ。
「アタシもいるニャ! ユキとかいう女の子、あんたの悲しい匂い、アタシが全部引き裂いてやるニャ!」
ミアが音速を超えた踏み込みで、シルヴィアが作った「壁」の亀裂に爪を立てる。
二人の執念が、ユキの完璧な論理に「歪み」を生じさせていた。
「……信じられない。計算が、合わない。なぜ、これほどまでに不合理な力が……」
ユキが愕然とする中、エリザベートが俺の手を強く、折れそうなほど強く握りしめた。
「カイト、今よ。あの子の心の『鍵』は、貴方の手の中にあるはずだわ」
俺は、画面が割れ、光を放ち続ける自分のスマートフォンを高く掲げた。
そこに表示されているのは、かつてユキに貸したままだった、古い小説の『栞』。
「ユキ! あの時、読み終えたら感想を聞かせてくれって約束しただろ。……物語は、途中で止めるもんじゃない」
俺が放ったのは、攻撃魔法でも権限の削除でもない。
『共有タスク:読後感の共有』の強制実行。
それは、管理者の力ではなく、一人の先輩として後輩に送った「日常」への招待状だった。
ピキィィィィンッ!
ユキのタブレットが、真っ白な光に包まれて沈黙する。
「……ああ。そう、でした。私は……先輩と、あの続きを話したくて……」
ユキの周りに展開されていた停止の結界が、静かに霧散していった。
王都の時間が、ゆっくりと動き始める。噴水の水が落ち、人々の喧騒が戻る。
だが、勝利の余韻に浸る間もなく、地面の底から地獄のような笑い声が突き上げてきた。
「素晴らしい! 実に素晴らしい『バグ』の共演だ! これで、器は完全に整いましたよ」
崩れた広場の中心から、ヴェノムが融合デバイスを掲げて浮上した。
彼の背後には、ユキが白紙に戻そうとした世界の情報を全て食らい尽くした、巨大な「黒い心臓」が脈打っている。
「プレイヤー2の『白紙』と、救世主の『絆』。その全てを、私の『管理』という名の贄に捧げましょう」
ヴェノムがデバイスを握りつぶすと、王都の空が真っ黒に塗りつぶされた。
「……お前、最初からこれが狙いだったのか」
神崎が、震える足で俺の横に並ぶ。彼の目には、かつての絶望ではなく、最前線に立つギャンブラーの光が宿っていた。
「カイト君、これはもう、確率なんて言葉じゃ片付かない。……全財産を賭けた、最後の勝負だ」
俺たちの世界と、この世界の運命を懸けた、最後の30分。
俺は仲間たちの顔を見回し、そして隣で泣きじゃくるユキの手を引いた。
「……よし。全員で、最高のハッピーエンドを勝ち取りに行くぞ!」
俺たちの期待値は、今、無限大へと跳ね上がった。




