第25話:凍てついた図書室と、白紙のプログラム
王都の時間は、残酷なほど完璧に停止した。
噴水の水飛沫は宝石のように宙に留まり、逃げ惑う人々の叫びも、大気を震わせることなく固まっている。
「先輩……ようやく、静かになりましたね。あの騒がしい人たちも、もう私たちの邪魔はしません」
ユキがゆっくりと歩み寄る。雪のように白い肌と、感情を失った漆黒の瞳。
彼女が掲げたタブレットには、王都の全生命を「待機状態」に置くための、膨大な停止コードが走っていた。
俺の隣で、シルヴィアが剣を構えたまま動けずにいる。ミアも、牙を剥いた格好で石像のように静止していた。
「……ユキ、お前がこんなことを望むはずがない。図書室で、静かに本を読んでいたあの頃のお前は――」
「あの頃からずっと、私は先輩の背中だけを見ていました。でも、先輩はいつも『期待値』とか『勝負』とか、遠い世界のことばかり」
ユキの言葉に、胸が締め付けられるような痛みが走る。
彼女が求めていたのは世界の支配ではない。ただ、誰にも邪魔されない、俺と二人だけの「停止した時間」だった。
「ヴェノムさんたちは、このシステムで世界を効率化したいみたいですけど、私は興味ありません。
私はただ、このプログラムを『白紙』に戻して、先輩と最初から書き直したいだけ」
ユキがタブレットをスワイプすると、俺たちの足元から世界が「消失」し始めた。
石畳が砂のように崩れ、情報の海へと還っていく。これが彼女の放つ最終初期化。
「させないわ……! カイトを、貴女の勝手な思い出に閉じ込めさせたりしない!」
不意に、俺の腕を掴む力が強まった。エリザベートだ。
魔力を奪われたはずの彼女の体が、淡い黄金色の光を放っている。
それは王族の血筋でも、システムの権能でもない。俺を信じ、共に歩んできた「記憶」が紡ぎ出す、未知のエネルギー。
「エリザベート、お前……動けるのか!?」
「当然よ。私はこの国の王女。そして……貴方の隣を歩むと決めた女だもの。世界の理なんて、私の愛で上書きしてあげるわ!」
エリザベートの叫びに呼応するように、俺のポケットにある「壊れたスマートフォン」が、過去最高の出力を記録した。
画面に表示されたのは、かつて大学の図書室で、俺がユキに貸した「栞」の画像。
『未解決のタスク:あの日の約束を果たす』
『システム定義を上書き中……「二人きりの箱庭」を、「全員での未来」へ変更します』
「シルヴィア! ミア! 目を覚ませ!
ユキが作った『論理の壁』を、お前たちの『バグ』でぶち破るんだ!」
俺の言葉が、停止した世界にヒビを入れる。
シルヴィアの剣が黒い雷を纏って震え、ミアの瞳に野生の光が戻った。
「……バカな。私の計算では、この停滞を破れる確率は『零』だったはず……」
ユキの顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。
「ユキ、お前に教えたはずだ。確率は、自分で引き寄せるもんだってな!」
俺は仲間たちと共に、崩れゆく世界の中で、ユキが守り続けてきた「孤独な城壁」へと駆け出した。
だがその時、王都の地下から、ヴェノムの不気味な笑い声が地鳴りのように響いてきた。
「くくく……いいですよ、プレイヤー2。貴女が世界を白紙に戻すなら、私はその白紙に『真の神』を描き込みましょう」
ヴェノムの手にある融合デバイスが、ユキの停滞をも利用して、さらなる異形へと進化を始めていた。
戦いは、システムと感情が複雑に絡み合う、予測不能な最終局面へと突入する。




