第23話:白銀の激流と、崩れゆく絶対効率
市場の中央に鎮座する無数の白いボックスが、不気味な赤光を放ちながら致死的な熱を帯びていく。
周囲の空気が一瞬にして歪み、木箱や日除けの布が発火し始めた。
「熱いっ……! 逃げろ、市場が爆発するぞ!!」
パニックに陥った市民たちが、出口へ向かって殺到する。
だが、阿良多が配置した黒い馬車が完全にバリケードとなり、彼らの退路を塞いでいた。
「あはは……。無駄ですよ。このエリアの酸素ごと、完全に燃やし尽くします。
これが、僕の計画を邪魔した非効率な世界への『最適解』だ」
阿良多の眼鏡に、赤蓮の炎が反射する。
彼の顔には、もはや冷徹な生徒会長の面影はなく、システムに心を食い破られた狂気の笑みが浮かんでいた。
「カイト……! このままじゃ、市場の人たちが丸焦げになっちゃうわ!」
エリザベートが俺の腕を強く掴む。
彼女は俺を守るように前に出ようとするが、魔力を制限された今の彼女の体では、あの熱量に耐えきれない。
俺の視界には、『共同戦線の導き』が弾き出した「市場全焼まで残り40秒」の赤いカウントダウンが表示されていた。
(何か……何か方法はないのか。阿良多のシステムを物理的にシャットダウンするような……!)
俺は脳をフル回転させ、足元の石畳を睨みつけた。
その時、先ほどの老人の言葉が脳裏をよぎる。
『建国神話に出てくる、白銀の抜け道だ』
「……エリザベート! その『白銀の抜け道』って、ただの地下通路じゃないな!?」
俺の突然の問いに、エリザベートは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに王族としての知識を引っ張り出した。
「え、ええ! 初代国王が王都の防衛と『大規模火災』に備えて作った、巨大な地下水路よ!
でも、水源の門は何百年も前に封じられていて……」
「十分だ!!」
俺はスマートフォンの画面を叩き、地下にいるシルヴィアとミアに、スキルを通じた「念話」を飛ばした。
『シルヴィア! ミア! 聞こえるか!』
『カイト殿か! 農家からの荷はあらかた運び終わったが、上が騒がしいようだな!』
『カイト、ここ、変な鉄の壁があって行き止まりニャ!』
『ミア、その壁が水門だ! シルヴィア、ありったけの力でその水門をぶち破れ!!』
俺の無茶苦茶な指示に、地下の二人は一瞬沈黙した。
だが、次の瞬間には力強い笑い声が返ってきた。
『承知した! 我が主の命とあらば、千年の封印だろうと斬り伏せてみせよう!』
『水遊びの時間は嫌いニャけど、カイトのためなら我慢するニャ!』
地下の奥深くで、凄まじい破壊音が響き渡る。
「……何を企んでいるか知りませんが、遅いですよ。
もう限界温度です。さよなら、高木くん」
阿良多が指を鳴らした瞬間。
白いボックス群が一斉に限界突破の排熱を行い、巨大な火柱を上げようとした。
だが、それよりも早く。
ドゴォォォォォォンッ!!!
市場の中央、広場の石畳が内側から弾け飛び、天を衝くほどの巨大な「水柱」が噴き上がった。
「なっ……!? 水だと……!?」
阿良多が驚愕に目を見開く。
地下水路から解放された、冷たく澄み切った「白銀の激流」。
それは天高く舞い上がった後、市場全体を覆うような恵みの雨となって降り注いだ。
ジュゥゥゥゥゥッ!!
限界まで加熱されていた白いボックス群に、大量の冷水が直撃する。
極端な温度差による「熱衝撃」。
阿良多が絶対の自信を持っていた強固なセラミック装甲は、無惨にもひび割れ、次々と砕け散っていった。
「ば、馬鹿な……。僕の計算した装甲強度が……
ただの、水なんかに……っ!」
「お前が『過去の遺産』として切り捨てたものが、この街を救ったんだよ」
俺は水浸しになりながら、崩れ落ちた阿良多を見下ろした。
「効率だけで世界は回らない。千年前の王様が、今の市民を助けるために遺した水路だ。
……お前の計算機には、人の『想いの連鎖』は測れないんだよ、阿良多」
機能停止したボックスからは黒煙が上がり、市場には静寂が戻った。
死を覚悟していた市民たちが、冷たい雨の中で抱き合い、歓声を上げている。
「……僕の、負け……ですか。
結局、僕は……君みたいな主人公には、なれなかった」
阿良多は膝をつき、手からスマートフォンを取り落とした。
その瞳からは、狂気が消え、ただの疲弊した青年の涙が溢れていた。
勝負はついた。
俺が阿良多に手を差し伸べようとした、まさにその時。
スルリ、と。
音もなく俺と阿良多の間をすり抜けた「黒い影」が、水たまりに落ちた阿良多のスマートフォンを拾い上げた。
「……チッ!」
俺が咄嗟に手を伸ばすが、影は奇妙な軌道で後退し、崩れた露店の屋根の上に降り立った。
「素晴らしいデータを取らせていただきましたよ、プレイヤー2」
そこに立っていたのは、給仕係の姿でも老人でもない。
全身を黒いローブで包み、顔の右半分に「巨大な蛇の刺青」を刻んだ男だった。
「『蛇の舌』……!」
エリザベートが鋭く睨みつける。
「ええ。我々は待っていたのです。
幸運の男と、効率の男。二つの『異世界の特異点』が衝突し、システムが最も不安定になるこの瞬間を」
男は拾い上げた阿良多のスマートフォンと、自らが持つ禍々しい魔力を放つ短剣を、空中で重ね合わせた。
『警告。デバイスの強制融合を検知。
未知の管理者権限が……上書きされます』
俺のスマートフォンから、絶望的な電子音が響き渡る。
「魔法という感情と、システムという効率。……我ら『蛇の舌』が、その両方を束ねて差し上げましょう」
男の姿が、ノイズと黒い霧に包まれて空へと溶けていく。
「カイト君……ごめんなさい。僕のせいで、最悪の兵器を、彼らに……」
阿良多が崩れ落ち、意識を失った。
市場を救った歓喜の裏で、かつてない絶望の種が芽吹いてしまった。
俺たちの世界を揺るがす最終章が、ついにその幕を開けようとしていた。




