第22話:断たれた流通と、1%の「大逆転」
市場の入り口を埋め尽くす、阿良多が操る黒い馬車の列。
それは王都中の主要な商会を網羅し、俺たちのエリアへ向かうはずの食材や物資をすべて「最適化」の名の下に強奪していた。
「高木くん、これが現実だ。感情で客を集めても、売るものがなければ市場はただの広場だ」
阿良多が冷酷に言い放つ。
俺たちの露店からは、次第に活気が消え、棚は空になり始めていた。
「カイト殿、強行突破を。あの馬車の列を私が蹴散らして、荷を取り戻す!」
シルヴィアが剣の柄を握りしめ、今にも飛び出さんばかりの殺気を放つ。
「ダメだ、シルヴィア。それをすれば阿良多の思うツボだ。『暴力による市場の破壊』として、俺たちはこの街から永久追放される」
俺は彼女の肩を掴み、必死に抑えた。
だが、状況は絶望的だ。阿良多のシステムは、商流の川上を完全に塞いでいた。
「……お腹、空いたニャ。カイト、このままじゃみんな明日のお昼ごはんも食べられないニャ……」
ミアが耳を力なく垂らし、空っぽの木箱を見つめる。
市民たちの「幸福期待値」が、目に見えて急降下していく。
その時、俺のポケットの中でスマートフォンが震え、黄金色の光が網膜を焼いた。
『隠しアーカイブ:管理者の悪戯を展開します』
『効果:1%の確率で発生する「奇跡の出会い」を、この瞬間に固定します』
「……奇跡の、固定?」
俺が画面を見つめた瞬間、市場の裏手、ゴミ捨て場に近い古びた路地から、一人の薄汚れた老人が姿を現した。
「……おい、お前さんたち。あんな黒い馬車を待ってても無駄だぞ」
その老人は、かつて俺がパチンコ店で見かけた「負けの込んでいた常連客」によく似ていた。
だが、その瞳には王都のすべてを知り尽くしたような、深い知恵が宿っている。
「おじいさん……あんたは?」
「ただの酒飲みさ。だがな、昔からこの市場の『裏の道』を管理してきた者だ」
老人が指差したのは、地図にも載っていない、王都の古い地下水路へと続く重い鉄の扉だった。
「阿良多のシステムは、完璧な効率を求める。だからこそ、非効率で古い、この『地下運搬路』の存在を計算から除外しているんだ」
「地下路……。エリザベート、知っているか?」
俺が尋ねると、彼女は驚きに目を見開いた後、確信に満ちた表情で頷いた。
「ええ、建国神話に出てくる『白銀の抜け道』だわ。……でも、そこはもう数百年も前に崩落したはずよ?」
「ああ、誰もがそう思っている。だがな、お姫様。……不運にもそこへ迷い込み、何十年も掃除し続けてきた俺みたいな男が一人くらいいてもいいだろ?」
老人は不敵に笑い、錆びついた鍵を俺に投げ渡した。
「カイト、これが『1%』よ。……阿良多が切り捨てた、過去の遺産!」
エリザベートの言葉に、俺の胸が熱くなる。
俺は即座に仲間に指示を飛ばした。
「シルヴィア、ミア! じいさんの案内で地下路へ向かえ。阿良多の馬車に捕まっていない『郊外の小規模農家』の荷を、そこから運び込むんだ!」
「承知した! 騎士の誇りに懸けて、道は私が切り拓こう!」
「ニャハッ! 掃除ならアタシの得意分野ニャ! 暗いところも平気だニャよ!」
二人が風のように路地へと消えていく。
そして俺は、不敵な笑みを浮かべて阿良多の方を振り返った。
「……高木くん、何をしている。無駄なあがきはやめて、降伏を――」
「阿良多。お前はさっき『感情論は長続きしない』と言ったな」
俺はスマートフォンの画面を阿良多に見せつけた。
そこには、地下路を通じて供給され始めた、新鮮な野菜と果実のデータが並び始めていた。
「お前が捨てた『古くて非効率なもの』に、俺たちは賭けたんだ。……システムの想定外、不運の塊みたいなじいさんが、俺たちの救世主だったんだよ」
「……馬鹿な。あの地下路は……崩壊しているはずだ。確率演算では0%だぞ!?」
阿良多が初めて余裕を失い、激しく端末を操作する。
だが、その時、市場全体に香ばしい「焼きたてのパン」と「新鮮なスープ」の匂いが漂い始めた。
ミアたちが持ち帰った食材が、待っていた職人たちの手によって、最高の料理へと姿を変えていく。
「うわぁ、美味しそう……!」「阿良多の箱より、こっちの方が元気が湧いてくるわ!」
市民たちの歓声が、阿良多の白いボックスの作動音をかき消していく。
幸福期待値のグラフが、垂直に近い角度で上昇を始めた。
「……おのれ……高木、海斗……!!」
阿良多の眼鏡の奥で、冷徹な理性が決壊する音が聞こえた気がした。
勝負は決した。かに見えた。
しかし、勝利を確信した俺のスマートフォンに、見覚えのない赤い文字の警告が表示された。
『プレイヤー2、最終フェーズへ移行。……「全資産の強制焼却」を実行します』
「……全資産の、焼却……?」
俺が呟いた瞬間、阿良多のエリアに並んでいた白いボックスたちが、不気味な赤色に発光し、高熱を発し始めた。
「……負けを認めるくらいなら、この市場ごと、すべてを灰にしてあげますよ。……最適化の最後は、いつだって『更地』ですから」
狂気に染まった阿良多の瞳。
市場に集まった何千もの市民たちが、逃げ場のない炎の檻に閉じ込められようとしていた。
伏線はすべて出揃った。
阿良多が最初から用意していた、この勝負の「真の敗北条件」。
俺は――隣に立つエリザベートの手を、これまでになく強く握りしめた。




