第21話:冷徹な自動化と、温もりの期待値
中央市場の朝は、かつてない静寂に包まれていた。
いつもなら商人たちの怒鳴り声と馬車の車輪の音が響くはずの場所に、阿良多が作り上げた「自動販売機」のような無機質な白いボックスが整然と並んでいる。
「おはよう、高木くん。これが僕の提示する『最適化』の第一段階だ」
市場の中央に立つ阿良多が、手元の端末をスワイプする。
すると、白いボックスから市民たちが求める食料品や日用品が、適正価格で次々と排出されていく。
並ぶ必要もなく、交渉の無駄もなく、ただ正確に、迅速に。
市民たちは戸惑いながらも、その圧倒的な「便利さ」に惹きつけられていった。
「……ひどいニャ。あそこには、美味しそうな魚の匂いも、おっちゃんとの無駄話も何もないニャ」
ミアが鼻をひくつかせながら、阿良多のエリアを忌々しそうに見つめる。
彼女にとって、市場とは「生きるエネルギー」に満ちた場所だったのだ。
「カイト殿、我々のエリアにはまだ誰も来ない。……やはり、力ずくで排除すべきではないのか?」
シルヴィアが腰の剣を握りしめる。
彼女の騎士としての正義感は、人の営みをシステムに置き換える阿良多のやり方を許せなかった。
「待て、シルヴィア。今は耐える時だ。……エリザベート、準備はいいか?」
俺が隣を向くと、エリザベートは魔力を失ったとは思えないほどの凛とした笑みを浮かべていた。
「ええ、カイト。お父様から預かった『市場の古い顧客名簿』と、私の記憶にある『市民たちの悩み事』……すべて頭に入っているわ」
俺たちは、阿良多が切り捨てた「データ化できない不確定要素」に賭けることにした。
それは、人の感情や、その日の気分といった、数値化しにくい曖昧なものだ。
俺は手元のスマートフォンを起動した。
再定義された管理者権限が、俺の視界に市場全体の「幸福期待値」を可視化する。
阿良多のエリアは、確かに「満足度」は高い。
だが、そのグラフは平坦で、驚きも喜びも欠けていた。
「よし、開店だ。……シルヴィア、お前はその声量と規律を活かして、物流の『呼び込み』と整理を頼む。ミア、お前の鼻で、阿良多のシステムが弾いた『形は悪いが最高に美味い食材』を見つけ出してこい!」
「了解だ、カイト殿! 喉が枯れるまで叫んでみせよう!」
「任せるニャ! アタシの鼻は、システムのセンサーより優秀ニャ!」
二人が市場に飛び出していく。
そして俺は、エリザベートと共に、古い露店を改装したカウンターに立った。
「……いらっしゃい。今日は何か、特別なものを探しているのかい?」
最初にやってきたのは、足の悪い老婆だった。
阿良多のシステムでは、彼女は「移動効率の悪い個体」として後回しにされていた。
「阿良多の箱は早くて安い。でも、あそこには『私の体調に合わせた薬草』を選んでくれる人はいないだろ?」
俺は『共同戦線の導き』を発動させた。
老婆の体調、そしてエリザベートが持つ知識が一本の線で繋がる。
「おばあちゃん、それならこの東の森の奥で採れたミントと、この蜂蜜を混ぜてみて。エリザベートが昔、王宮で飲んでいた特注のレシピだ」
「あら、そんな贅沢なものを……。ありがとうね、お兄さん。王女様も、そんなに近くで笑ってくれるなんて」
老婆の頭上に浮かぶ幸福期待値のグラフが、一気に跳ね上がった。
一人、また一人と、阿良多の効率に弾かれた人々が俺たちの元へ集まり始める。
形は悪いが甘い果実、壊れた思い出の品を直せる職人、そして何より、自分を名前で呼んでくれる相手がいる場所。
市場は、次第に活気を取り戻していった。
「……ふん。低効率な感情論ですね。長続きはしませんよ」
いつの間にか近くに立っていた阿良多が、冷たく言い放つ。
彼の背後にある白いボックス群は、依然として圧倒的な売上を叩き出していた。
「阿良多。お前が売っているのは『モノ』だ。でも、俺たちが売っているのは『明日への期待』なんだよ」
「期待? そんな不確実なものを……」
阿良多が反論しようとしたその時、彼のスマートフォンのアラートが激しく鳴り響いた。
『警告。予測不能な需要の偏りが発生。供給バランスが崩壊しています』
「な……何だと? 計算外の事態だ。なぜ市民たちは、より高価で不便な君たちのエリアへ移動している……!?」
阿良多が焦り、画面を操作する。
だが、彼には見えていなかった。
幸福値が跳ね上がった市民たちが、自発的に周囲に「口コミ」を広げ、それが巨大な熱狂となって市場全体を呑み込もうとしていることを。
これが、俺と仲間たちが作り出した、数値を超えた「逆転の期待値」だ。
「……認めません。まだ『プランB』があります」
阿良多の瞳に、さらに深い冷徹さが宿る。
「市場の価値を決定するのは、客だけではない。……『物流の根幹』を支配するのは、僕の方だ」
阿良多が指を弾くと、市場の入り口に、巨大な「黒い馬車」の列が現れた。
それらはこの国の主要な商会すべての旗を掲げていたが、御子たちは全員、感情を失ったような無機質な動きをしていた。
「……カイト殿、あれは……!」
シルヴィアが剣を構え直す。
商会たちが、阿良多のシステムに完全に取り込まれ、俺たちのエリアへの供給を断とうとしているのだ。
勝負はまだ始まったばかりだった。
経済という名の戦場に、阿良多が放った「独占」という名の爆弾が投下される。
だが、俺のスマートフォンが、今まで見たこともない黄金色の光を放ち始めた。
『隠しアーカイブを解凍中。……前管理者が封印した「真の幸運」の断片を検知しました』
俺は、隣で俺の手を握りしめるエリザベートの温もりを感じながら、次なる一手を見据えた。




