第20話:招かれざる「プレイヤー2」と、冷徹なる最適解
王都を包んでいた停滞の結界が消え、平和な朝が訪れた。
だが、俺の心は晴れなかった。
手元にある神崎から譲り受けたスマートフォン。
その画面には、不気味な通知が居座り続けている。
『プレイヤー2:ログインを承認しました。同期を開始します』
「……カイト、朝からそんなに難しい顔をして、眉間にシワが寄っているわよ?」
エリザベートが、俺の寝室に当然のような顔で入ってくる。
彼女は俺の隣に座ると、ひんやりとした指先で俺の眉間を優しく揉みほぐした。
「エリザベート……。ああ、ちょっと昨日の老人の言葉が気になってな」
「『あの方』、だったかしら。……大丈夫よ。どんな不届き者が来ようと、
今の貴方には私たちがついているわ。それに……」
エリザベートは俺の耳元で、熱のこもった声で囁いた。
「システムを書き換えてまで私を助けてくれた、世界一の旦那様なんですもの」
「……まだ旦那じゃないって」
苦笑いしながら俺が立ち上がると、扉が激しく叩かれた。
「カイト殿! 緊急事態だ、至急謁見の間へ向かってくれ!」
シルヴィアの声だ。
いつになく切迫した響きに、俺とエリザベートは顔を見合わせた。
謁見の間へ向かう廊下で、ミアが合流した。
彼女の尻尾は逆立ち、瞳は警戒心で細められている。
「カイト、城の中に変な匂いが充満してるニャ。
……嫌な匂いじゃない。でも、あまりに『清潔』すぎて吐き気がするニャ」
「清潔……?」
ミアの言葉の意味は、謁見の間に足を踏み入れた瞬間に理解できた。
そこには、国王や重臣たち、そして神崎が呆然と立ち尽くしていた。
中央に立っていたのは、見慣れたこの世界の鎧や法衣を着た者ではない。
アイロンの完璧に効いた白いシャツに、黒いスラックス。
俺たちの世界の「エリート学生」をそのまま具現化したような、一人の青年だった。
「……遅いですよ、高木海斗くん。待ちくたびれました」
青年は、俺の大学の学生会長だった男――阿良多だった。
彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、冷徹な瞳で俺を射抜いた。
「阿良多……! なぜお前がここに……」
「システムが僕を呼んだんですよ。君のような『運任せ』の人間が管理権限を握り、
世界の効率を著しく低下させている。それを『最適化』するためにね」
阿良多が手にしたスマートフォンは、俺のものよりも遥かに洗練されたデザインだった。
彼が画面を一度タップする。
シュンッ、という音と共に、謁見の間にいた衛兵たちの装備が一瞬で変化した。
古びた鉄の鎧は、軽量で強固なセラミック状のプロテクターへと「更新」されている。
「……なっ!? 魔法も使わずに、一瞬で装備を錬成したのか!?」
シルヴィアが驚愕して叫ぶ。
「これは魔法ではありません。資源の最適配置です。
高木くん、君は幸運で問題を解決してきた。だが、それは一時的な凌ぎに過ぎない。
僕は、この国から『無駄』という名の不確定要素をすべて排除します」
阿良多の背後に、巨大なホログラムの地図が浮かび上がった。
そこには、王都の物流、人口、魔力供給のグラフが精密に表示されている。
「……神崎、あいつの権限は何なんだ?」
俺が隣の神崎に小声で尋ねると、彼は顔を青くして首を振った。
「……最悪だ。あいつのステータスは『効率値:極大』。
システムそのものを『演算機』として使い、最短距離で目的を達成する力だ。
僕の『不運』や君の『幸運』とは、次元が違う……」
「まず第一の最適化として、この国の『不要な権力』を整理しました」
阿良多が平然と言い放つ。
国王が声を上げようとしたが、彼の口からは音が出なかった。
「……っ!? お父様になにをしたの!」
エリザベートが叫び、魔法を放とうとするが、彼女の周りの魔力が霧散した。
「王族という血筋による統治は非効率です。
これより、この国は僕の演算による『完全管理社会』へと移行します。
お姫様、君の魔力も、街のインフラ維持のために回収させてもらいました」
阿良多の冷酷な言葉に、謁見の間は静まり返った。
暴力ではない。圧倒的な「正論」と「システム」による、国の乗っ取り。
「……高木くん。君と、その横にいる『非効率な仲間たち』を排除するのは簡単ですが、
一つだけチャンスをあげましょう」
阿良多は俺を指差した。
「三日後、この街の『中央市場』の再開発計画で、どちらがより多くの利益を出せるか。
僕の『最適化』と、君の……ええと、何でしたっけ? 『絆』でしたか。
どちらが正しいか、数字で証明しましょう」
「……市場の再開発? 経済で勝負しろってのか?」
「ええ。僕が勝てば、君たちはこの世界から永久に追放します。
君が勝てれば、管理権限をすべて返して、僕は消えましょう。……受けますか?」
俺の周りで、シルヴィアが悔しげに剣を握り、ミアが不快そうに牙を鳴らす。
エリザベートは俺の腕を強く掴み、その震えを隠そうとしていた。
俺は自分のスマートフォンの画面を見た。
そこには、阿良多の出現によって大幅に低下した『幸福期待値』のグラフが表示されている。
「……いいだろう。受けて立つよ、阿良多」
俺は真っ直ぐに彼を見据えた。
「幸運がなくても、お前のその冷たい『最適解』だけじゃ、
この国の連中の笑顔は作れないってことを教えてやる」
「……期待していませんよ。それでは、三日後に」
阿良多はノイズのようにその場から消えた。
かつてない強敵。
それは魔法や剣ではなく、「効率」という武器で世界を支配しようとする同郷のライバル。
俺たちの日常を守るための、泥臭い「商売」という名の戦争が始まろうとしていた。




