第15話:確率を暴く『期待値』と、反撃の地下迷宮
王都の地下深くに広がる、白い金属の無機質な空間。
冷たい光を放つ通路を、俺たち四人は慎重に進んでいた。
「……嫌な匂いがするニャ。血とか魔物の匂いじゃない。もっと冷たくて、機械みたいな……」
先頭を歩くミアが、猫耳を伏せながら鼻をヒクつかせる。
彼女の野生の勘は、この近代的な『管理施設』が発する異常性を正確に感じ取っていた。
「恐れることはない。どんな罠が待っていようと、私がカイト殿の盾となる」
シルヴィアが聖剣の柄に手を添え、鋭い視線で周囲を警戒する。
その横顔には、かつて借金に縛られていた時の翳りは微塵もない。
守るべき主を見つけた騎士の、気高く美しい姿だった。
「そうね。私の愛する国と旦那様を、あんな陰気な男の思い通りにはさせないわ」
エリザベートが真紅のドレスの裾を揺らし、優雅に、しかし圧倒的な魔力を身に纏いながら微笑む。
三人の頼もしい背中を見つめながら、俺は自分の視界の端にある『0』という数字を確認した。
幸運値は、完全に失われたままだ。
だが、代わりに灯った新スキル『共同戦線の導き』が、淡い青色の光を放っている。
やがて、通路の終端にある巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。
そこは、王都の地下の大部分を占めるほどの、広大な円形ドームだった。
中央には、あの神崎が座るコンソールと、天井まで届く巨大なクリスタルが鎮座している。
クリスタルは不気味な赤い光を脈打たせ、膨大なエネルギーを蓄積し始めていた。
「ようこそ、カイト君。そしてお姫様たち」
コンソールに足を投げ出し、神崎がスマートフォンを片手に嘲笑う。
「間に合ってよかったよ。そのクリスタルは、王都を更地に変える古代の『防衛兵器』のコアだ。あと三分で起動する」
「神崎、ふざけるな! お前の目的は俺を排除することだろ! 街の人間を巻き込む必要はないはずだ!」
俺の怒声に対し、神崎は肩をすくめた。
「システムが『王都ごと消すのが最も確実だ』と計算したんだ。それに、君の幸運で不当に利益を得た人間たちも、ここで清算されるべきだからね」
神崎が指を鳴らすと、俺たちと彼を隔てる空間に、無数の赤いレーザーのような光線が張り巡らされた。
「これは『絶対確率の防壁』だ。この光線に触れれば、即座に致死レベルの呪いが発動する」
神崎はスマートフォンを操作し、光線の動きを不規則かつ高速に変化させ始めた。
「君の幸運がMAXなら、目をつぶって歩いても抜けられただろうね。でも、今の君のステータスはゼロだ。突破できる確率は、天文学的数字だよ」
「……突破する前に、貴様を切り捨てれば済む話だ!」
シルヴィアが踏み込もうとするが、俺は彼女の肩を掴んで制止した。
「待て、シルヴィア。あの光線の動き……ただのランダムじゃない」
俺は『共同戦線の導き』を通して、空間に張り巡らされた光線の軌道を見つめた。
一見すると無秩序に見えるレーザーの乱舞。
だが、俺にはわかった。これはパチンコやスロットの『乱数調整』と同じだ。
システムが確率を管理している以上、そこには必ず『期待値』が存在し、機械的な『癖』や『リセットの法則』が生まれる。
「神崎。お前は数字と確率を信じすぎている」
「……負け惜しみかい?」
「いいや。システムが完璧に計算しているなら、その計算の『裏』を突けばいいだけだ」
俺は深呼吸をし、三人に的確な指示を飛ばし始めた。
「ミア! 右斜め前へ四歩、そのあと全力で跳躍して天井のパイプを蹴れ!」
「了解ニャ!」
ミアが弾かれたように飛び出す。
彼女の小さな体がレーザーの隙間を縫い、天井のパイプを蹴り飛ばした。
「シルヴィア! ミアが蹴ったパイプの破片が落ちてくる。それを左下、四十五度の角度で全力で弾き飛ばせ!」
「承知した!」
シルヴィアの聖剣が一閃し、落ちてきた鉄の破片が猛スピードで空間を跳ね回る。
「何をしている……! そんな物理攻撃が防壁に通用するはずが――」
神崎が鼻で笑いかけた、その瞬間。
「エリザベート! 弾き飛んだ破片に向かって、最大出力の雷撃魔法を撃ち込め!」
「消し飛びなさい!!」
エリザベートの指先から放たれた極太の雷撃が、空を飛ぶ鉄の破片に直撃した。
破片は避雷針の役割を果たし、雷の魔力を四方八方へと乱反射させた。
それは、俺が計算した『システムの処理能力が最も低下する死角』へのピンポイント攻撃だった。
バチィィィンッ!!
防壁のレーザーが、乱反射した雷撃のエネルギーと衝突し、激しいショートを起こす。
「なっ……!? 防壁の確率演算が、追いつかない……!?」
神崎が慌ててスマートフォンを操作するが、画面には無数のエラーメッセージが表示されているはずだ。
「お前の作った確率は、画面の中だけで完結してるんだよ。現実の『期待値』は、仲間の力でいくらでも捻じ曲げられる!」
ショートして消滅した防壁の跡を駆け抜け、俺は一直線に神崎の元へ肉薄した。
「くそっ! 管理者権限で物理バリアを――」
「遅い!」
俺の右の拳が、神崎の横顔にクリーンヒットした。
鈍い音と共に、神崎の体が宙を舞い、コンソールの奥へと派手に吹き飛んでいく。
彼が手放したスマートフォンが、乾いた音を立てて床に転がった。
「……やった。カイト、見事な采配だったわ!」
エリザベートが歓喜の声を上げ、シルヴィアとミアも安堵の表情を見せる。
俺は転がったスマートフォンを拾い上げ、起動間近だった古代兵器のシステムを強制停止させた。
赤いクリスタルの光がゆっくりと収束し、地下空間に静寂が戻る。
「……これで、王都は救われたな」
俺が大きく息を吐き出した、その時だった。
「……あはは。あーあ、痛いなぁ」
吹き飛ばされた神崎が、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は殴られて腫れ上がっているのに、口元には不気味な笑みが張り付いている。
「すごいよ、カイト君。君のその『絆』とやらの力……システムのエラーとしては、最高得点だ」
神崎の体が、急激にどす黒いオーラに包まれ始めた。
「でもね。管理者がルール違反のプレイヤーを排除できないなら……僕自身が、最大の『バグ』になるしかないじゃないか」
神崎の背中から、黒い泥のような巨大な翼が生え広がる。
王都を救ったと思ったのも束の間、俺たちは真の恐怖と対峙することになった。




