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月光の下

「....あっ!また墨がかかったよ...」

「あーあ、早く洗わないと痕が残るわよ」


 都に来た日から2週間ほど経過した。折角都に来たのだから都会生活を満喫しているのだろうと思うかもしれないが、実際は違う。満喫どころかやることが無さ過ぎて退屈な日々を過ごしている。


 精々やることと言えば読み書きの練習くらいだ。今日もこうして白い衣服に墨を付けながら文字を書く練習をしている。


「あー稽古したいなあ―技とかドンパチ出してはちゃめちゃしたいなー」

「まーた言ってる。稽古も大事だけど読み書きもできないとダメよ。帥升を探すには膨大な資料を読み漁る必要があるんだから」


 稽古は一切していない。なんせここは都だ。ドンパチかましていたら検非違使、つまり現代で言う警察官が血相変えて僕らを捕らえに来るだろう。未来のことなどを話したら最後、怪しまれて首チョンパで終いだ。


 それに藤原氏の存在も無視できない。彼らが帥升と関連しているかは不明だが、この国の実権を握る一族と対立するのは馬鹿がやることだ。穏便に駒を進めたいものだ。


「...にしてもわからないなあ」

「何が?」

「僕の存在だよ。ホラ僕って実質不老不死みたいなもんなんでしょ?じゃあこのまま長生きした場合、いずれ『僕が生まれた日』にたどり着くはずさ。そうなると一つの世界に僕が二人生きてることになるから変だなあっと思ってさ」


 もし赤子の時の僕が消えてしまった場合、大人の僕はどうなるのだろう。人は選択によって未来を変えることができるが、過去を変えることなどできるのだろうか。それが可能なら、僕の最大の弱点は自分自身なのかもしれない。


「未来から来たあなたにとっては重大問題よね。でもそんな話はまだまだ先のお話、今はしっかりとお勉強なさい」

「...はい」


 筆を執っても時間が一向に進まない気がする。不老不死という言葉が脳内から離れない、僕は既に人間ではなくなってしまった。


 現代に帰れたとしても皆が年老いて死ぬ頃、僕は見た目も変わらず、そして徐々に独りぼっちになってゆく。そうして僕は人間というコミュニティの輪から疎遠となる。


 独りぼっちは二度とごめんだ。


「でも不老不死も悪いことばかりじゃないわ。老けないから一生お肌は艶々よ」

「...楽観的ですね。不安じゃないんですか?」

「そりゃあ不安よ。でもどうしようもないでしょ、いつまでも落ち込んでいたってさ」


 彼女のこういうところは僕も見習わなければならないといつも思う。でも僕にはそのハードルがあまりにも高すぎる。今だってそうだ、過去のことがあったからこんな考え方になったことを心の中で肯定している自分がいる。


 カヤさんも両親はいない、むしろ僕よりも早く独りぼっちになっている。苦労しているレベルで言えば彼女の方が圧倒的に高いだろう。何かと理由をつけて保身に走る僕とは正反対だ。


 だから僕は努力をしなければならない、彼女と比べたら僕なんて未だ何もしていないのだから。


「....なに、ジロジロと見てるけど何かついてる?」

「..いえ、...失礼しました」

「?」


 時間が経ち、晩になると野良犬の遠吠えが聞こえてくる。枕を耳に押さえつけて無理矢理寝ようとしたが効果は無し、今夜は熟睡できないだろう。


「羊が334匹...駄目だ全然寝れんぞ。それに比べて...」


 横を見ると大口を開けて熟睡している彼女がいる。時々お腹をかく仕草を見ると思わず引き笑いになってしまう。


「まるでおじさんみたいだな... べっぴんさんなのに」

「...んふが、んん....」

「....どんな夢を見てるのかな。...ん?なんだこの臭い、何か焼いてるのか?」


 部屋を出るために襖を少し開けた。

 すると思わず鼻をつまむ程、今まで嗅いだことのない独特な臭いが鼻の奥を刺激した。

 

「は、吐きそうだ。一体何を燃やしたらこんな臭いがするんだ?」


 ここまで脳が覚醒してしまっては眠りにつくなど無理な話だ。

 門兵に見つからぬよう壁を乗り越えて通りに出ると、煙が立つ方向へ足を運んだ。


「牛や鹿じゃないよな。薬品、...なんて無いか。でも微かにいい匂いもするんだけどな...」

「...!!、誰かいるぞ」


 人影を見つけると慌てて身を隠した。遠くからではっきりと見えないが、3人くらいだろうか。

 馬で荷台をけん引しながらどこかへ向かう姿が見えた。


「(あっちは確か西京極... 沼地が多くて真夜中に行くのは危険だぞ...)」


 柄を握り、後をつけていることがバレない様に忍び足で近づいた。


『ったく、臭くてやってらんねーよ。この鼻をツンとする臭いがこびりついて嫌になんよ』

『全くだ。腐るだけならまだしも体がバラっバラやから内蔵の匂いも直でくるから余計にキツイな』

『無駄口叩かず早く行くぞ。見られたら流石にマズいからな』


 彼らの会話から推測すると、恐らく荷台の中身は死体が積まれている。それもどうやらバラバラの様だ。

 だが問題はその死体が一体何の死体なのかだ。この時間帯に動物の死体を運んでいる時点で十分怪しいが、運んでいるのが人間の遺体となると話は別だ。


「僕が嗅いでいたのは腐敗臭。ってことは火葬でもしてるのか?いや、それなら昼間にやればいいじゃないか...」


 男たちの行動を考えれば考える程、事件の匂いが強まってくる。

 だが僕が首を突っ込んでいい事案なのだろうか。事件なら後日検非違使が捜査するだろう。

 それに館から結構離れた距離まで来てしまった。そろそろ戻らなければ怪しまれる頃だ。


「...気になるけどそろそろ帰るか」


 結局死体の正体が何だったのかはわからないまま、館へ戻ることにした。

 館に戻って自分の布団に潜り込んで目を閉じた。


「(...臭いが離れない、でも何とか寝れそう....)」


 沁みついた臭いのことなど忘れてやっと寝れそうになった頃、隣から聞こえていた寝言がプツンと途絶えたのがわかった。

 恐る恐る布団から頭を出すと、爆睡していたはずの彼女が目をガン開きにし、此方を凝視している。月光により表情がよく見えるが、いきなりこんな顔を見るのはホラー映画並みに怖い。


「――臭い。どこへ行っていたの?」

「ちょっと野暮用で...」

「土地勘のないあなたに用事なんてあるわけないでしょ。早う言いなさい」


 ここで嘘をついたところで徳なんてないだろう。バレたら速攻雷が頭上に落ちてくる。

 

「実はかくかくしかじか...」

「...何かの死体を運んでいた3人組ねえ。確かに夜中だと怪しいけど、人目のない時間帯に処理をしてくださる方達かもよ。ほら、覚えてる?都に来た時に道路脇に放置されている遺体があったでしょ。日中に回収するのも一目につくから夜中にしているのよ」

「でもバラバラって言ってましたよ?、人間じゃない気もしますけど....」

「どうせ野良犬やカラスが突いた食べたんでしょ。それよりもこんな真夜中に一人で出歩いている方が問題よ」

「...ごめんなさい」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同時刻、平安京の入り口にあたる羅生門にて


「...な、なんてこった。都の入り口の門にさえ、これほど捨てられてんのかい」

「羅生門だろうが関係ぇねえさ。二重門ならどこも同じ状況さ」

「それより髪と服を剥いじまえよ。高値で売って生活の足しにすんぞ」


 この男たちは生活に困窮する盗賊団だった。彼らは凶作の影響で食べるものも無ければ、高い年貢を払えず領地を追い出され、浮浪者として都へ流れ着いてきた。

 この時代、少しでも生活の足しにしようと遺体の服を剥いだり、更には髪を抜いてカツラとして売りさばく者も珍しくは無かった。


「...おい、どうやら先客がいるみたいよ」


『....』


「なあアンタ、少しでもかまわねえ。悪いが取り分を分けてくれないか?」

 

『....ガリッ、....ボキンッ』


 後ろ姿で座り込んでいるので何をしているのかはわからない。

 盗賊団の一人が慎重になりながら松明に火を灯し、男の方へ向けた。


「おいおい、無視すんのかい?だがアタイ達にも生活が...」


 女が先客の方に近寄ると、何かに気づいたのかその場で固まってしまった。

 仲間の盗賊が何があったのか尋ねるが驚きのあまり声が出ない。かろうじて動かせた指で先客の方を指すと、仲間の者達もその光景をみて驚愕とした。


「...こ、コイツ」

「食ってんのか?人間を...」

「おいアンタ、人間を食うのだけは止めとけ!ほら俺の残りの握り飯を半分ばかしやるかr...」


 善意のために懐から食料を出そうとした瞬間、腹部に強烈な激痛が走った。

 恐る恐る自分の腹に目を向けると、自分の腹に何かが突き刺さっているのが見えた。


「な、何だこれ... ゲえフォッ...」

「おいアンタいきなり何を....」


 仲間の腹に突き刺さったものを辿ると、それは先客の背中に繋がっていた。

 男は人間にこんな部位などあったかと疑問に感じたが、一瞬で現実に戻った。目の前にいるヤツは人間ではない、物の怪の類の存在であると。


『...やはり新鮮な肉は良い。特に(しん)は噛み応えがあって余は好きだ』


「...バケモンかよ。テメェ...」

「さっさと離すんだよ!!イカレ野郎!!」


 先客はその声に不服だったのか不満な表情を見せた


『腹が空いたのだから仕方ないだろうが。貴様らも生活のためだと自分に言い聞かせて遺棄された者たちの尊厳とやらを奪っておるではないのか?』

「アタイらはお前みたいな妖怪とは違うんだよ。腹が空いたって死体なんぞ食わないんでね。」


 盗賊の一人が刀を取り出すと、男の触手が彼の腕ごと刀を振り払った。


「!!!ッいでえええええ!!!」

『...カニバリズムだったかな』

「あ!?」

『150年ほど前か、遠い異国の地へと旅をした。その地の言葉で人間が人間を食す行為のことをカニバリズムと呼ぶらしい』


 身の毛がよだつ程の恐怖を感じたのは初めてだ、このままだと確実に喰い殺される。


『癖が強い故人肉は好まなかったが、久しく食すとうまいではないか。やはり好き嫌いは良くないな。』

「....ヒィっ!!」


 久しぶりのグルメに舌鼓を打つ様子が一層畏怖の念を抱かざるを得ない。

 恐怖のあまり手も足も出ないということを思い知らされるのだ。


『何を怖気ついておるのだ。余は月光の下にいるのだ、普通の人間であるお前らにとって千載一遇の好機だぞ?』

「もうよせ、早うここからずらかるぞ!」

「だが兄者が...」

「ちょ、ちょっと!女を置き去りにすんのかい!?」


『こんな時に良い争いか、哀れな脳みその持ち主よ。面倒だ、全員三枚おろしにしてやろう』


 二日後、門番の業務をサボるために二階へ訪れた兵士がその惨状を目にし、極度なストレスからから心不全を起こし死亡した。

 あの夜彼らの前に現れた異形の行方は誰も知らない。

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