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気に入らないもの

 藤原一門が緊急の議題で大荒れとなっている。


「おい、その話は本当なんだろうな!?」


「この場で嘘など言う訳がなかろう!!」


「おい、右大臣はどこだ?あの若造さっそく遅刻か?」


 彼らは皆、帝の代わりに実権を握る有力貴族。その中には当然藤原の血を引く者が数多いる。


「...なに様ですか、....こんな朝っぱらから(眠い)」


 この男、右大臣師実も藤原の血をひく人間であり、そこらの藤原家の人間とは一味違う。

 貴族政治で絶大な権力を握った藤原道長の孫で父は現職で摂政関白を務める『藤原北家長者』頼通の息子だ。この時若干24歳にして右大臣のポストに就任したばかりである。


「....右大臣殿、遅刻ですぞ」


「ご、ごめんなさい、まだこの生活に慣れなくて」


「....まあ良いでしょう」


「あれ?左大臣殿はどこですか?」


 左大臣は右大臣よりも一つ上のポストで、右大臣は簡単に言うと左大臣を補佐する役割だ。

 そして左大臣は最高位である太政大臣の次に偉い地位であり、右大臣以上の権力を誇るのだ。


「本日は左大臣殿はお越しになりません。本日は右大臣殿、あなたに用があったのです」


「用って何ですか?どうしていつもの定例議会で挙げないのですか?」


「『藤原』以外の者の耳に入っては困るのです」


「...またか」


 自分で言うのも何だが、私はこの藤原という一族が大嫌いだ。民のために政治をするのではなく、己のため、ひいては家の利益のために政を務める一族の姿を見ると吐き気がする。

 生まれた時点で得られる地位に莫大な財産。ひもじい思いをすることなく、男も女も味わい、連日連夜宴を催し、ブクブクと膨れ上がったその姿は正に豚そのものだ。

 これ以上得てもどうしようもない程の金と権力があるのに貧困や飢餓に苦しむ民に分け与えないのか理解に苦しむ。


「...だから一門しか集まらない東三条に集まったってことか。だとしたらもう少し遅い時間に開けばよかったのでは?」


「...実は右大臣殿に見てもらいたいものがあります。そしてそれは悪臭を放ちまする。加えて他の者に見られれば...」


「もういい、早いとこそれを見せてください」


 まだ夜が明けたばかりだというのに、そこまでして見せたい物とは一体何なのか。

 時間が経てば悪臭を放つと言っていたが、珍しい獣でも仕留めたというのか。

 何でも良いが、この居心地の悪い席から離れたいものだ。


「...入れ」


 使いの者が合図を出すと、奥から兵士が大きな木箱を担いで敷居を跨いだ。

 その光景に正直驚いた。この東三条の館内は貴族以外立ち入りが禁じられている。それが藤原の直下兵であってもだ。


「...よし、もう行ってよいぞ。ご苦労だ、飯でも食べていけ」


「ハッ。有難うございます」


「なんですかこの木箱は?それに何ですかこの匂いは。臭くてかないません」


「...そうでしょうな。...良いですか右大臣殿、箱の中身について決して外部に漏らしてはなりませぬぞ」


「...? わ、わかったよ」


 二人がかりで蓋を持ち上げると、咄嗟に鼻を抑える程の激臭が鼻を刺激した。これは何かが腐敗したものに違いない。


「草過ぎて中身を確認できぬ... こ、こんなもの持ち込むな!!ホラ換気だ、襖を全て開けるぞ!!」


「なりませぬ。先程も申し上げましたが、藤原以外の人間に見られとうございません。それに藤原敵が多い、ネズミが紛れ込んでるやもしれません」


「ったく、一体何が入っているってんだ....」


 この時箱の中身を見なければよかったと常に後悔している。

 なんせ箱の中には死体。恐らく人間、それ一人二人じゃない、その倍はこの中にいた。しかも体液が漏れたせいか、箱の半分くらいまで液体で溢れている。


 彼らには悪いことをした。私は中身をのぞいた瞬間、胃の中のものを全て吐き出してしまった。


「なあッ、な、なんだこれは!!? 誰がこんな惨いことをしたんだ!!!」


「それが今回あなた様を呼んだ理由でございます。そうですな、関白殿?」


「ああ、抜かりはないな?」


「ち、父上... なぜここに...」

 

 この男は私の父である藤原頼通、帝を差し置いてこの国で最大の権力を誇る人物だ。

 我祖父道長が作り上げた玉座に居座り、今の朝廷政治を腐らせている原因の一人だ。


「父上が命じたのですか? だとすると度が過ぎていますぞ!!」

「...師実、私はその様な下品なことはせん。ただ...藤原に歯向かうなら話は別だがな」


 私の顔を凝視する父の顔は腐りきったミカンの様だ。権力におぼれ、何一つ苦労せずに生きてきた脳みそがツルツルな野郎そのものだ。


「まあ落ち着け。この遺体は今朝羅生門の二階で門兵が偶然見つけたものでな、なんと発見時に驚きすぎて死んだそうだ。...哀れなことよ」


「羅生門にですか?でもなぜあそこに....」


「羅生門に居た事実はどうでもよい。問題はこれだ」


 父は箱の中で血で浸かっている一つの首を指した。

 目を細めながらその首を見ると不可解な傷がついているのがわかった。


「これは、まさか食べた痕...」


「左様。それにその首だけではない、腕には必ずと言っていい程喰い散らかした痕がついている」


「まさか人間が人を食べるだなんて...獣や物の怪ではないのですか?最近は鬼が出るとよく聞きますし...」


「いや、人間だろうな。下界の者共は腹を空かすと共食いをすると聞いたことがある。鬼よりも卑しい生き物ぞ」


 この男の民を見下すセリフは聞き飽きた。私がまだ物心つく前からそのように教育を施していたほど、この男の心根は腐りきっている。

 だが幸い私は末っ子、家督は兄上の誰かが就くからその時に一門から離反すればいい。今はただ耐える時だ。


「問題なのはこの様な死体が都中で発見されている点だ。それも食われているだけならまだしも、中にはひしゃげていたり、原形を留めていない者もいるということだ」


「なんですって!?...でも何故藤原以外の人々に見せたくないのですか?」


「.....」


 私の質問に父は直ぐに答えようとはしなかった。その姿を見て何か裏があると理解するのは容易いことだった。


「...師実、知りたいのか?」


「し、知りとうございます....」


 そう伝えると父は懐から巾着を取り出し、私に投げつけた。ずっしりとまでは言わないが、中に固い物が入っているようだ。


「まだ開けるな。その中には手紙とある物を入れておる。まあ少し遅いおつかいだな」


「おつかい、ですか... 」


「よいか、それが済むまで朝廷に入ることは一切許さぬ。わかったら早く下民共が暮らす地へと行ってまいれ」


 父上が何を試しているのかはわからない。だが言いつけを守らなければ、ひょっとしたら私()()()()()()()()()()かもしれない。

 不満ではあったが朝廷での業務が山の様にある。なくなく了承すると部屋から飛び出ておつかいの支度をするため自室に戻った。


「...ご子息はどう動きますかな」


「あいつは賢い、どの様に動くか見ものだ。」


────────────────────────────────────────────



 部屋に戻る前に厠へ行こうと縁側を通ろうとした時、庭で誰かが横たわっているのを発見した。


「な、大丈夫ですか!? 今医者を呼び...」


 助けようと近づいた瞬間、首が胴体から離れた位置にあるの見た。そしてその首は先程木箱を担いでいた兵士だった。彼は働き者で、よく私と会話をするほどの仲だった。


 唇に米粒が付いている、最後の晩餐の最中に殺されたのだろうか。


「....ッッツ!!!」


 彼と対面した瞬間、恐ろしさや悲しさよりも怒りが込み上げた。

 彼は主の指示に従い荷物を運んだだけ、ただそれだけなのに始末されたのだ。


「...あの男は自分の兵士も非人だとでも考えているのかッ!!」


 私は正装のまま館を抜け出した。「おつかい」とやらをとっとと済ませてやろう、それを終えれば死を覚悟してでも一発拳を喰らわせてやると考えた。


 途中兵士にどこへ行くか尋ねられたが、私は無視して駆けだした。

 走り出してしばらくした頃、人々が活気良く暮らす街へとたどり着いた。こんなことを言えば彼らから反感を買うかもしれないが、私は貴族としてふんぞり返って生きるよりも、人間らしく生きたいと日頃から思っている。私にとって彼らは憧れでもあるのだ。


「きゅ、休憩だ... 流石に飛ばし過ぎたな...」


 一本松に腰掛けたところで、父から渡された巾着のことを思い出した。 

 どうせ碌なことなど書かれていないだろうが、これを持って参上せねば私は館はおろか朝廷に箸を踏み入れることすら叶わない。今の父の力であれば容易いことだろう。


「...さて、父は一体何が欲しいのやら」


 巾着の中には手紙と小刀が入っており、手紙にはこう書かれていた。


『幼子の首を男女各一つ。無理ならその刀を使え』


「...あ?」


 父はなんと愚かな人間なのかと改めて思わされる内容だった。真実を知りたければ子どもの首二つ、嫌なら刀で自害しろ。あの男に人の心など持ち合わせていないことは理解していたが、ここまで酷いとは思いもしなかった。


 私はその場で紙を破り捨て、蹲ってしまった。父の顔に一発かましてやりたいが、そのために子どもを殺めるなど父と同類になってしまう。

 顔なじみの兵士の仇をとってあげたいが其れすら叶いそうにない。


「...もうどーすんのこれ。政の中心にいるのがアレとかこの国は亡ぶぞ...」


「亡ぶって何が亡ぶの?」


「わああっ!! び、ビックリした....」


「ちょっとカヤさん!知らない人を驚かしたらだめじゃないですか!」


「あれ?束帯姿ってことはもしかしてあなた超お偉い様?」


 この女の人は恐らく気が強い性格の持ち主だ。彼女の横で私の姿を見てあたふたしている彼とは大違いだ。さぞかし良き夫婦仲なのだろう。


「ま、まあお偉い様では....あるか。右大臣だし」


『う、右大臣だって!!?』


 右大臣という言葉は良くなかったようだ。流石の彼女も驚いてしまい、周囲もその反応に気づいてしまった。


『た、たしかに高そうな着物を着ていると思ったら...』

『でもなんで一人?』

『いいから早く頭下げろ、馬鹿者!!』


 いつの間にか私の周囲には人があつまり、皆次々と頭を下げ始めた。私はこの光景が好きではない、ハッキリ言って苦手だ。


「も、もう良して下さい」


 だが頭を上げる者はいなかった。むしろ更に人が集まり、次々と頭を下げ始める異様な光景だった。


『ほ、ほらカヤさんも!』

『よ、義家君も膝を付けなさいよ!』


 私は彼らのために何もしていない、なのに彼らは私が右大臣というだけで頭を下げ続けている。

 やめろ、止めてくれ。嫌なんだ、偉くも無い人間が崇められるなど。


『右大臣様...』

『...ヒソヒソ』

『こりゃあ拝まねば』

『...ヒソヒソ』

『右大臣サマ』


『ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ』


「や、やめろと言ってるだろうがああッッツ!!!」


 その光景に耐えられず、私は生まれて初めて声を荒げてしまった。

 私は愚かな存在だ。

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