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血脈

 思わず声を荒げてしまった。


「(この人もしかして...嫌なのか?この雰囲気が)」

「(...貴族なのにへんなのー)」


『…も、申し訳ございません!!どうか、どうか命だけは....』

『お、お慈悲を、どうかお慈悲を!!』


「だ、だからそういうのを止めて欲しいと...」


「...ちょ、ちょっと失礼します!!」


 何もできずその場で立ち尽くしていると、先程の青年に腕を掴まれてその場を離れた。

 彼は私の悩みを察してくれたのだろう。


「いきなり走り出すから何なのかと思ったわよ」


「....すみません、これしか思い浮かばなかったので...」


「いや、ありがとう。...救われたよ」


 私はこの夫婦に「おつかい」のこと、貴族として、藤原一門としての生活に辟易していることを正直に話した。

 だが念のため木箱のことだけは伏せた。私を気にかけてくれた彼に危険が及ぶのだけは避けたい。


「あなたのお父さんかなりぶっ飛んだ人ね。正直ドン引きよ、〇〇〇〇ね」


「カヤさん、禁止用語は避けてください。でも貴族なのに、その、野蛮なことするんですね」


「...結構言うじゃないか。...続けてくれ」


 一族のことを悪く言われるのは通常良い気はしないだろうが、一族を嫌う私にとっては心地よい音色の様に聞こえる。


 (体がゾクゾクするこの感覚... 嫌いじゃない...) 


「ヒソヒソ...(カヤさん、...もしかしてこの人)」


「ヒソヒソ...(ええ、唯の変態ね)」


 一生分の罵りを堪能したのち、ふと我に返った。

 当然頼まれたおつかいなど達成することなどできるはずもなく、私は齢24にして職を失ったのだ。

 毛嫌いしていたとはいえ先程まで特権階級だった身分が一瞬で無職に転落するのは辛いものだ。


「地方に行けば仕事なんて沢山あるわよ。それか人間社会から離れて森で暮らすとか」


「森で暮らすって言ったって、私は獣を射た経験など無いのですよ?」


「やる前から無駄口叩かないの。庶民は苦労して生きながらえているのよ」


(とても居候していますだなんて言える雰囲気じゃないな....)


 しかし本当に参った、右大臣が朝廷から姿を消しただなんて外部に漏れれば一大事だ。

 どうにかして戻らなければならないのだが一向に良い策が練れない...


「...全く、面倒だ。いっその事人喰いに弟子入りでもしようか...」


「人喰いなんて気味が悪いわね。...お偉い様の癖にはかないませんわ」


「私は人など食べたこと無いですからねッツ! でもこの人たちになら言っても良いか....」


 私は「人喰い」について話した。そして藤原家と何らかの関係にあるということも。

 とはいってもあくまで可能性の域に過ぎない話であることには変わりはない。無関係の彼らに話したところでだ。


 だが情報を伝えるや否や、彼らの表情がみるみる固まっていくではないか。


「...まさか、何か知っているのですか!? 二人とも!!」


「逆です!! その話もっと詳細に教えてください!!」


 なぜ一般人である彼らがこうまで喰いつくのだろうか。二人の反応から彼らが人喰いの仲間なのではないかと思った。何かを探ろうとしている、きっと裏があるやもしれない。


「....私は未だこの国の右大臣、流石に私の口からはこれ以上のことは言えない。すまない...」


「そんな、せめてもう少し」


「...すまない、これ以上言うと自分の身も危うく感じる。....すまない」


 これで引き下がるだろうとホッとしたのもつかの間、背後から恐ろしい程の邪気を感じ取った。

 これは獣や(つわもの)の類ではない。単純な武の強さに得体のしれない力が混ぜられた奇妙な邪気だ。


「あれ篁さん、こんなところでどうしたんですか?」

「ちょいと野暮用でな。....して、見るからに高貴なこのお方は誰だ?」

「右大臣"藤原"師実....らしいです」


 藤原の名を口にした瞬間、男の眉がピクリと動いたことを私は見逃さなかった。


「...家出と見た」


「ご、ご名答...」


「訳は知らぬがその身なりで外をうろつくのはカモネギ当然。豪華な飯は在りませぬが我館へお越しください」


 信じて良いのかこの男を。自ら進んで私の身を案じてくれているようだが、言葉の節々から怪しい気配がしてならない。

 とはいえ彼の言う通りこのまま外をうろつけば身ぐるみ剥がされるに違いない。今は彼の館へ身を移すのが吉だろう。


 歩き始めて30分位経っただろうか。いっこうに彼の住む館が見えてこないではないか。いや、館どうこう言う前に家屋すら周囲に見られないところまで進んできている。


「本当にこの近くにあるのですか?」


「......」


 私の問いに男は答えようとはしなかった。この時点で十分怪しかったが、更に私を困惑させたのはこの夫婦の行動だった。


(どうしてこの二人までついて来るんだ?まさか使用人なのか?)


 住み込みで働いていると言えば説明がつくことだが、先程からこの夫婦は周囲をキョロキョロと見渡している。自分たちの住み家に帰るだけなのにここまで周囲を確認する必要などあるだろうか。


(まさかこの二人... 知らないのか?この場所を)


「それにしても右大臣殿は体力がありますな。失礼ながら貴族であるが故、運動不足なのかと思っていましたわい 」


「ブクブクと醜く膨れ上がるのは嫌ですからね。業務の間を練って体づくりをしているのですよ」


「...そうでしたか。あなたの実力を見てみたいものですな」


「...?一体何をっ..」


 一瞬の出来事だった。私の体は縄でがんじがらめに巻かれたように身動きが取れず、失神しない程度に首を圧迫される感覚が脳に伝わった。


「ガハッ....な、何を...」


「ちょっと篁さん!何してんですか!!」


「安心しろ、幾ら神通とて死なん程度に加減しておる。それにこの者を仕留める訳にはいかんからな」


 記憶が途切れそうだ。何か打開策は無いかと必死に体を動かそうと試みるも指先一本も動かせそうにない。辛うじて目線だけ下げることができたが、そこには目を疑うような光景が見えた。


(手で圧迫されているかと思ったら違うぞ! 見えない何かによって絞められているのかッ...)


「お主の館に間者を潜り込ませていた。今日は状況を覗いに面会予定であったが奴は集合場所に来なかった」


「さ、さっぱりだ... 離せ...」


「いいや離さない、尋問はまだ始まったばかりだ」


 この男は本気だ。冗談ではない、マジな目をしている。

 曇りなき翡翠色の瞳の奥に無様に固まる私の姿がよく見える。


「では最初の質問だ。お主ら藤原の人間は何を恐れている?」


「何を訳の分からんことを... 政治闘争の話でもしたいのかアンタは...」


「日ノ本の民でお人形遊びをする様な連中の戯言などどうでもよい。ワシが知りたいのはもっと、お主らが本心から恐れているもの...」


 男が永遠と語りかけてくるが次第にその内容も聴き取れなくなる。早く空気を取り込まねば窒息してお陀仏だ。

 とはいえこの男、一体目的は何なんだ?そもそも人間なのか? 仮説と考察を瞬時に繰り返し答えを導きそうにも時間が足りない。


「ちょっと篁さん!いい加減話してくださいッ!本当に死んでしまいますよ!?」


「...もう少し聞いておきたいこともあったが、坊やの言う通りか」


 男が力を緩めると空気を貪り食うように取り込んだ。

 味はしないが今まで口にした何よりも絶品だ。


「...ゲホッ、ゲホッ、何なんだまったく....」


「この様子だと本当に何も知らん様だ。さしずめ親の七光りといったところか」


 親の七光り、か。ぐうの音も出ない正論だ。

 実際この歳で右大臣の職に就けたのは、私が藤原の人間であるからだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます... 貴方たちは一体何なのですか?」


「ぼ、僕らは、その.... ええっと...」


「お主ら藤原の人間が恐れる『化け物』じゃな」


「化け物ですって?そんな話一言も聞いたことが無い...」


「ではお主が理解するまで語りつくしてやろう。今宵は我館に身を隠すのだな」


 その日の夜、私はこの世の真実に近づいた。

 我一族が作り上げた空っぽな歴史。そしてこの世の理とかけ離れた生命体が潜んでいることを。

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