昔ばなし
雀の鳴き声で目が覚めると、普段とは違う景色が広がっていた。高そうな花瓶や貴重な髪がふんだんに使われている障子、文机までもが完備されている。
「...そうだ、もうあの家じゃないのか。」
朝から少し寂しい気持ちもしたが、全て自分の選択した結果だ。そう自分に言い聞かせると布団をたたみ、ストレッチをした。僕は体が硬いから日頃から柔軟体操をするようにと、何度もカヤさんに促されていた。
「ん、...なんだかいい匂いがする。味噌の匂いかな?」
忘れていたが昨日から何も口にしていない。この美味しい匂いをトリガーに今までシーンと静かだったお腹がゴロゴロと鳴り始めた。
匂いのする部屋に立ち入るとそこには朝飯を食らいつくすカヤさんの姿があった。
「.....おはよ」
「お、おはようございます。いないと思ったら先に...」
「美味いわよ、このお魚」
彼女のお膳を見ると山盛りのご飯に空となった器、尾と骨しか残っていない魚が乗せられていた。ご飯の量がそれほど減っていないように見えるから多分二杯目だろう。
「ホラ、あなたの分のちゃんとあるわよ。食べないなら貰っちゃうけどいい?」
「だ、駄目です!僕だってお腹すいているんですから...」
「ケちぃ~」
彼女の言う通りとても美味しい朝食だった。彼女が僕の漬物を取らなければもっと満足できただろう。
朝食を済ませると手紙の男から大広場に来るよう伝えられた。
「どうだった?都の飯はうまかろうて。カッカッカ」
長いひげをいじりながら男は懐から一冊の本を取り出した。裏面に血の痕が残るその本に見覚えがあった。この男がもっている『それ』はカヤさんが道端で拾ってきたものと同じ本だったからだ。
「あ、それ私が拾ってきた本! 何で持ってるのよ、ちゃんと隠しておいたのに」
「...落し物を勝手に自分のものにしたらあかんだろうが。まぁ二人が気絶してる間に盗り返させてもらったよ」
「その本あなたの物なのですか?」
問いただすと男は首を横に振った。
「これは間者が『とある男』の館から奪ってきたものだ。本当は直接ワシに渡す予定だったが、討ち取られてしまった。二人も見ただろ?あの悲惨な亡骸を」
「その時、間者の人が落としたものが僕らが拾ってきたその本だと...」
窃盗だから追われることは非難できないが殺す必要がはたしてあったのだろうか。国家の安全保障に関わるレベルのことでも書いてあったのか?そんなこと無かった気がするけど...
「まったく、力を持つと人間はこうも凶暴になるのか。いや、それが人の本質でもあろうか」
「力? それって権力のこと?それとも単純に強いって意味?」
その答えに男は直ぐに答えようとはしなかった。辺りを見渡し、周囲に人が隠れていないか注意深く確認した。
そもそも何故大広間で話をする必要があるのか。3人しかいないのだから狭い部屋で話せば良いとしか思えない。何かに備えているのか?
「両方だ。一つは権力、都に蔓延る卑しい貴族共だ。そしてもう一つの力は君たちにも宿る力だ」
「僕立ちに宿るって... も、もしかして!?」
「もうわかっただろう。君たちが宿すその力を人は皆『神通力』と呼ぶ」
「神通力」、その単語は本の最後のページに書かれてあったが、まさかあの超能力じみた不思議な力のことだったと思いもしなかった。
男は何かを探し出そうと一枚一枚ページをめくると、とあるページで手を止めた。
「ここに幾つか集落の名前がでてくるが何故だと思う?」
「たしか前に見た時は郷土史っぽい内容が...」
考えていると一つ不可解な点に気がついた。朝廷の権力者が郷土史一冊盗まれただけで犯人を殺す必要があったのか。
頬杖をついて考え続けたが一向にその理由がわからなかった。
「ここに書かれているのは数百年前に消滅した集落ばかりだ」
「消滅って、みんな町から出て行っちゃったの?」
「...いいや。消滅『された』んだよ、ある奴にな」
消滅されたと聞くと、一瞬背筋がぞくっとした。ホラーやドッキリで感じるあの奇妙な感触とはまるで別、生命に危険が及んでいると生物的に感じた。
自分も人間という一種の動物、狩られる側の存在であることを思い出さられた。
「奴とは一体...?」
「まだ調査中だ。だが恐らく都の中枢と奴は繋がっていると考えられる。いやそうに違いない。」
「んんん?さっきから何だか怪しい匂いがプンプンするわね。そもそも貴方は何者なのよ、味方っているけどさ!」
カヤさんの言う通り、僕らはこの人の名前すら聞いていない。それに朝廷の中枢の事情にも詳しそう、かなり権力を有している人物なのではないのか。
「そうだな、名を名乗っていないとは失敬。ワシは『小野篁』、参議篁とも仲間からは呼ばれとるよ」
(小野篁?全然聞いたことが無い... )
参議というのだから朝廷から役職を貰っているのだから、ある程度実績があるというのは間違いない。でもその名を聞いてもパッと思い出せないのだから織田信長のような人物と比べてかなりマイナーよりの人物なのかもしれない。
「...小野篁って嘘よ。そんな筈ないわ、絶対にありえない」
「か、カヤさん?」
(ただの自己紹介なのにどうしてカヤさんはここまで驚いているんだ)
彼女の反応を覗っていると突然後ずさりしようと立ち上がった。
座るよう促してみるも僕の声が全く届いていない。
「どうしたんですか、落ち着いてくださいよカヤさん!!」
「...どうやら父親から何か聞かされてでもいるかい?嬢ちゃん」
「えっ... 」
記憶が正しければカヤさんの父親は戦に招集されて以降、一度も家に帰ってきてはいない。
父親から何か話を聞いていたとするなら10年近く前となる。
「...父が戦に行く数か月前に言われたの、いつか『小野家』の者が迎えにくると。でもあの日から9年も経って、何も変化が無かったからいつもの冗談かと...」
「父親が言っていたことは正しかった、というわけだな。ハハッ」
カヤさんのお父さんについては僕もあまり知らない、触れにくい話題でもあるし赤の他人、それも身内の話を聞くのは失礼だと思いこれ迄聞いてこなかった。でも一つだけ質問が許されるなら聞くことは一つ、お父さんが「どの戦に招集されたか」だ。
僕の記憶が正確なら平安時代中頃は都付近で大きな戦はなかった筈だ。平将門、藤原純友の乱はどれも都から遠く離れている地で起きた戦、その後は....
(...あれ? 何か変だ、引っかかるぞ)
「坊や、先程から耳を傾けるだけだがどうかしたのか?」
「よ、義家?」
2人が僕に話しかけているようだが何も頭に入ってこない、それに妙な汗、目の渇き、心臓の中身がブチまけられそうな奇妙な感覚。
もし『仮説』が正しいなら、僕はあまりにも無知過ぎる。それとも本当は知っていた、いや『忘れていた』だろうか。これが世の常識ならわざわざ世間が情報を隠す必要など全くない。
「思っていることを吐き出してみよ、義家とやら」
『いつでも放てる』ように左手を後ろに回すと指先に力を流した
「...単刀直入に聞きます。この時代、『人間』は何歳まで生きれば上出来でしょうか」
カヤさんはポカンとした顔をしているが僕は決して見逃さなかった。僕が質問をしたとき小野家の男が一瞬目を細めた。可能性が少し上がっただろうか、僕は畳みかけるように話を続けた。
「記憶が正確なら町民を招集する程の大戦は平将門や藤原純友、あとは蝦夷討伐位でしょう。
でも蝦夷攻めは平安京造園後は中断状態、前者の戦についても反乱が生じたのはどれも都から遠く離れた地方、わざわざ都付近にすむ彼女の父親を招集する理由がわかりません」
篁はそっと視線を逸らすと、目頭を押さえてボソッと呟いた
「...この様子だとなんも知らんという訳だな、どこから話せばよいのやら」
虫の羽音がよく聞こえる――
番を求めるために己の生命力を力いっぱい誇示している
「...昔話をしよう。そうだな、昔々あるところに――」
GWなのでようやく書けました。何を考えても既に世に展開済み。
自分だけのアイデアを一から生み出すことは物語を作る際に一番苦労する箇所だと思います。




