3.終末(中)
――ギイイィイン!
金属と金属がぶつかり、こすれ合う音が響いた。ユルゲンの両刀とカギソが操言の力で作り出した鉄剣が、激しく鍔迫り合いを繰り広げたのだ。
「あの夜のやり直しだ! ユルゲン君!」
ユルゲンの身長はとても高い方だが、カギソの方がわずかに長身だ。しかも、カギソが作り出した鉄剣はユルゲンの両刀よりも太く大きく、そこに乗せられた力とカギソの体重に負けないように、ユルゲンは腰を低くして踏ん張っている。そんなユルゲンを、カギソは小さくなった瞳孔にねっとりとした光を映して見下ろした。
【いいえ、やり直しなどさせない。カギソ、あなたの鉄剣は偽りの力、偽りの姿、そこには何もない。そこにあるのは真に鍛えられたユルゲンさんの刀だけよ】
紀更は、鍔迫り合いをする二人の姿を不思議なほどに冷静な気持ちで見つめた。
ああ、今ならわかる。なぜ言葉を操ることで、操言士は森羅万象に干渉できるのか。どうして「言葉」が必要なのか。それは、見えないものを他者に伝えるのに、「言葉」という道具が最適だからだ。
【ユルゲンさん、あなたは私の言従士。私の思い描くことを受け取って、実践して。お願い、カギソの鉄剣なんて砕いて消して。カギソを打ち倒して。私はカギソを、そしてニアックを止めたいの】
自分が思い描いたことや、感じている気持ち。頭や心の中にある、明確な形にできないもの。見えないもの。それらを表現し、伝え、誰かと共有するのに「言葉」ほど便利なものはない。
(操言の力が奪われても、やることは変わらない!)
紀更は強くイメージした。
ユルゲンは誰よりも強い。誰よりも頼りになる。カギソが手に持つ操言の鉄剣など、ユルゲンの得物の足元にも及ばない。彼の、傭兵としてこれまで培ってきた力と重ねてきた経験があれば、カギソに負けるはずがない。
「ふっ……んっ!」
ユルゲンはグッと両足に力を入れた。ユルゲンの両刀がカギソの鉄剣を押し返し、それは粉々に砕けて消える。
「ならば!」
「なっ!?」
だが、鉄剣が消えると同時にカギソは勢いよく前進した。ユルゲンに向かってではない。そのうしろにいた紀更に向かってだ。
「紀更!」
レイモンドとコリンの応急処置をしていた王黎が、カギソの向かう先に気が付いて声を張り上げた。
「紀更くん、君を闇神様に!」
カギソの浅黒い指が、紀更に伸ばされる。
「カギソ!」
ユルゲンは両刀を放り投げて、憤怒の表情で猛然とカギソを追いかけた。
「俺の女に手を出すんじゃねえぇ!!」
そして獣のような咆哮を上げてカギソの首根っこを掴まえると、その頬に全力で拳を入れた。
「はぐっ」
ごきゃり、という不自然な音がカギソの首の中で鳴り、カギソの身体は芝生の上へと転がっていく。
【カギソ、もう動かないで。あなたの肉の器はとうの昔に滅びたの。あなたの魂も、これ以上この地上にいてはいけない。まがい物の身体とともに消えなさい】
「なっ……んだ、と!」
カギソは急いで身を起こし、紀更を睨みつけた。しかし、襲われかけたというのに妙に冷静な目をしたままの紀更と目が合い、背中にぞわりとした冷たさが走る。
紀更はカギソを指差して、抑揚のない声で言った。
【ユルゲンさん、あなたの手に刀を戻します。お願い、彼を葬って。その首を撥ねて、よく喋る口を永遠に閉ざすのよ】
ユルゲンが芝生の上に放り出した両刀がふわりと宙に浮かび、次の瞬間にはユルゲンの左右の手の中に納まる。
ユルゲンは慣れた感触を握りしめて地面を蹴ると、カギソに向かって得物を振った。
「おらぁっ!」
カギソの最期の言葉を待たず、ユルゲンの刀がカギソの首を真横に両断する。カギソの頭部は派手に飛び上がり、暗闇の中へと消えた。
「紀更、ニアックを!」
王黎が叫び、紀更とユルゲンの視線と意識が再びニアックに向けられる。
「あああ――……あああ――」
ニアックは真っ暗な空に向かって両手を伸ばしたまま、相変わらず白い湯気を頭上から放出している。その指先は、干し草のように干からびていた。
【ユルゲンさんならできる。お願い、ニアックから四分力を取り返して】
紀更は想像した。
ニアックを、ユルゲンの両刀が引き裂く。するとニアックの身体から、三つの闇の四分力とひとつの光の四分力が引きはがされる。それらはきっと、朱色と縹色の光を放つ結晶のような姿をしている。ビー玉か、宝石か。とても美しい魂水晶だ。
そうしてニアックからはがれた魂水晶をユルゲンが回収する。そして紀更のもとへ持ってくるのだ。サーディアで、マークが紀更の命令を忠実に実行してローベルから具月石を奪ってくれたように。
「ハッ!」
棒立ちしているニアックを、ユルゲンは容赦なく斬りつけた。ニアックの手首から先がスパッと斬り落とされ、ニアックは悲鳴を上げる。
「痛いいだい痛いいだいよ何ずるのいだいやだああぁあ!」
それからユルゲンは地を蹴って高くジャンプすると、落下エネルギーを利用してニアックの両肩を切断した。ニアックの腕が胴体から切り離され、その傷口からは血しぶきが派手に飛び出す。
「いだぁああいい痛い! いだぁあああいいい――!」
ただでさえしなびれているニアックの皮膚はますます細く、しわくちゃになっていく。その頭部から立ち込めていた白い湯気は、あと少しでなくなりそうだ。
【ニアック、正しき理の下に戻りなさい。あなたの肉の器はすでに滅びたの。あなたの魂は、もうこの地上にいてはいけないのよ】
「やっ……あっ……! いやだぁだやあだ!」
【神様の力、魂水晶を手放して。それは、人が持つべきものではないわ】
「あああはあぁああぁうぅあうああうあうあ」
ニアックは、皮膚がくぼんで飛び出た眼球で紀更を睥睨した。
「わ、わだ、渡さな、いい! わ、渡じ、じでなる、ものかっ!」
【いいえ。あなたはユルゲンさんに斃されるの。四分力の魂水晶はユルゲンさんの手に戻るのよ】
「おらっ!」
ユルゲンは両足で踏ん張ると、右手の刀でニアックの左肩から右の腰へと勢いよく斬りつけた。
(あと少し……)
ニアックに立ち向かうユルゲンの背中を見つめながら、紀更は頭の隅でやけに冷静に、少し卑怯だなと思った。
紅雷、マーク、そしてユルゲン。
人を傷つけることはできないと怖がり、自分にはできないからと言って、たやすくその汚れ役を他者に押し付ける。彼らが返り血を浴びるのを、あるいは彼らが相手から傷つけられるのを、自分は安全な後衛から見ているだけ。
【ニアック、あなたは、私があなたを愛する世界を創ると、その世界の柱になると言ったわ。でも、あなたのそれは愛じゃない】
「ああ……あぅう、うあ……ああ」
そんな自分自身を、卑怯だと紀更は思う。けれど目的を果たすためには、たとえ卑怯な自分も理屈で呑み込み、耐えるしかない。これは一方的な援助ではない。協力だと。
自分にできるが、相手にはできないこと。
相手ができるが、自分にはできないこと。
人には誰しも得手不得手が、そして役割がある。自分にはできないことがあるからこそ補い合い、支え合い、埋め合う。そうやって人は誰かと共に生きている。
【特定の誰かから必ず愛してもらえるなんて、そんな都合のいい世界はないのよ】
「うっ……さ……このっ……この、この!」
ニアックの身体は、暖炉にくべる薪程度の細さにまで圧縮されてしまった。もはや人の形をとどめてはおらず、両腕も失ったせいで本当に薪のようだ。
それでもニアックは、球体の形がありありと浮かんでいる不気味な眼球で紀更を睨みつけた。そして、潰されつつある喉に構わずありったけの声を振りしぼる。
「ボボク、ボクヲ、愛さあ、な、いいああ、す、すきになら……ない、お前がが、おまっ、言う、なっ。おま、おまぃはい、つつも、かならら、かなず、愛ささされ、れて! ず、い、ずる、い! ああ、ああーー! あい、あさ、れっ、アイサ、る……おま、え、がいヴなああああ」
【ニアック、もう終わりよ。もう、苦しいのは終わり】
紀更は右手をニアックに向けた。ニアックの細くなった身体を圧迫して潰すように、何もないはずの空間を力を込めてぎゅっと掴む。
【ユルゲンさん、ニアックに止めを刺してください】
「ふんっ」
ユルゲンが地を蹴り、ニアックに飛びかかる。
「ぃぁだっ……ゃだぁ……あああ――!」
――ザシュ、ザシュ。
ニアックの薪のような身体が、三等分に切断される。
ニアックの周囲で薄くなっていた光の輪は、一瞬にして輝きを失い消えた。すると、まるで斃された怪魔のごとく、ニアックの身体は黒い霧と化し、空中に広がっていく。
「消えない?」
王黎はぽつりと呟いた。
ニアックだった黒い霧は、怪魔と違ってとてつもない量だった。紀更とユルゲンがまとう朱色と縹色の光を覆い尽くし、さらには王城付近や王都の街中にある操言の力で作られた光球の明るさを遮らんばかりに、霧は四方へ広がっていく。それはしばらく経っても消えないどころか、増殖しているようにさえ見えた。
そして黒い霧は次第に上空へと高度を上げて、星のなくなった真っ暗な空と同化した。
「紀更、四分力だ」
まだ不穏な気配が残る中、ユルゲンは両刀を鞘に納めると、黒い霧の行方を見上げていた紀更に近付いた。そして、自分の胸の位置にふよふよと浮かんでいた四つの球体を指差した。
「四分力の魂水晶……これが」
大きさは手の親指の爪ほどで、想像したよりも小さかった。三つは縹色で、ひとつは朱色の光を放っている。その形はビー玉とは比べ物にならないくらい、完璧な球体だった。
ユルゲンは四つの魂水晶を、まとめて手のひらで掴む。すると、それらは自分で浮く力を失って、ユルゲンの手の中で重みを増した。
「これをどうするかは、君が決めることだ」
ユルゲンは紀更の手を取る。そして、彼女の手のひらに四つの魂水晶を握らせた。
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