王女の覚悟
私は執務を終わらせ、夜空に浮かぶ綺麗な月を窓越しに見上げながら、自室にある椅子にゆったりと座りながら休憩を取っていた。
「アリエル様!!!」
慌てたような声と共に扉が開き、現れたのは私の側近であるエルダだった。
「どうしたのですか? 普段冷静な貴女がそのように慌てて……」
私は普段見せないエルダの行動に嫌な予感を感じた。
「……は!! 失礼致しました。緊急事態です」
エルダは長い髪を結い上げ、肩につかないようにしていた黒くて艶のある髪を乱れさせながら深くお辞儀をする。
「分かりました。申し上げなさい」
「はい。先程、斧を手にした魔人の出現が森で確認されました」
「魔人?!」
私はエルダの言葉を聞いた途端、驚きのあまり立ち上がり、座っていた椅子をひっくり返してしまった。
「ご、ごめんなさい。私としたことが……」
慌てながら私はそう呟いた後、椅子に座り直し、話を続ける。
「魔人……とは、魔物の文献にも載っていた魔力量が高く、見た目が少し人間に似てる魔物のことですね……?」
私がそう尋ねると、エルダは深く頷いた。
「……文献に載っている見た目について、角が生え、牙が目立ち、血管が浮き出ている。という情報を重ね合わせた所……全て一致しました」
エルダはとても真剣な表情をしている。
それは当然なこと。魔人は、一体だけで街を壊滅の危機にまで追い詰めたという事実まである程に厄介な敵だもの……
魔人が出現した時は、34名の魔導師と27名の剣闘士が束になってやっと倒せた。というレベルの敵……しかも、死者は半数以上だった。
……そんなものが、王都に入り込んできてしまったらただでは済まない……
「分かりました。一刻も早く会議を――」
私の話を遮るように扉が開いた。
「し、失礼しましゅ!」
獣族の女の子が噛んだ上に敬礼をしながら現れた。
「す、すみません。アリエル様。この子はまだ新人で……」
エルダは私に頭を下げた後、獣族の女の子を静かに叱っている。
その様子を見ていた私はこんな状況なのにふふふと笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。それで、どうなさったのですか?」
「は、はい! えっと……先程魔人がこちらに向かっている形跡がありました……!!」
その報告に1番最初に反応したのはエルダだった。
「それは本当なの?! クロ!!」
「は、はい!」
エルダの問いに何度もクロという女の子は頷く。
「その情報を知っている者は?」
「この場の者だけです! 私がこの目で見てきました!」
私が冷や汗を流しながら尋ねると、クロは真っ先にそう答える。
「アリエル様。クロは獣族ということもあり、索敵に適していて、その実力はとても高いものです。私がこの事実を保証します」
キッパリとそう告げたエルダを見た私は、長年付き合って来たエルダを信用して、その事実を受け入れた。
「……分かりました。私がその場へ向かい、時間稼ぎをします。貴女達は一刻も早く陛下にお伝えして、戦力をかき集めてください」
私がそう告げると、2人は目を見開いた。
「そ、そんな! 危険ですアリエル様……!!! いくら貴女といえど――」
「この街が危険に晒される可能性もあると言うのに、私は黙って見ていることが出来ません!!!」
私はエルダの言葉を遮るようにそう言うと、エルダは少し怯んだ。
「し、しかし……」
「私は強いですよ。エルダ。私の力を信じて下さい」
そう言う私の目を見たエルダは、目を伏せた後、息を吐いた。
「……分かりました……ですが、危険だと思ったら直ぐにお逃げ下さい。」
「ええ。有難う」
私がそう感謝した後、2人は深くお辞儀をして部屋を出て行ってくれた。
「さて……準備をしなければ……」
私は来ていた部屋着を脱ぎ、いつも訓練の時に身につけていた服を着た。
ふと窓の方を見ると、今日は満月だった。
「そう言えば満月は、ラガーウルフが活発になる日でしたね……ラガーウルフにも気を付けなければ……」
……今夜は何だかあまり良くないことが起きそうな予感がしますね……
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私はアリエル王女の元を去った後、暗い物陰にクロと一緒に身を潜めていた。
「凄いね! 上手く行った!」
クロは嬉しそうにガッツポーズをしている。
「静かに。あまり大声を出すものじゃないわよ」
私が冷たくそう言うと、クロは口を自分で押さえて何度も頷いた。
「そういえば、本物のエルダっていうやつはどうするの?」
「見つからない場所に捨てておきましょ。今さえ凌げればいいわ」
私がそう言うと、クロは大きく頷く。
「それにしても、自分の髪の色から取ってクロとはね……」
「だってそっちの方が覚えやすいんだもん……!」
クロはえへへ。と静かに私に笑いかける。
「瞳の色からは取らないのね?」
「だって、ミドリって名前は合わないんだもん」
クロの返答に「確かに」と頷きながら私も笑っていた。
「アーミ……エルダお姉ちゃんは、何処から取ったの?」
「さあね」
「そっかあ」
クロがそう呟いている時、私は来ていた服を脱いで、普段着ている動きやすい服を気直していた。
「ほら、行くわよ」
「ま、待ってぇ」
クロは服を着替えながら私の後を慌てて追いかける。
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「奥の方から強い魔力を感じますね……」
私は脚力を使って森の中心地まで来ていた。
エルダ達を安心させるためにあんな見栄を切ってしまったけれど、魔人とやり合ったことは1度もない……少し……いえ、かなり不安ですね。
「それにしても、今日のラガーウルフはやはり強いですね……」
私は死角から何体も現れるラガーウルフを、魔力を温存する為に剣で捌きながら呟く。
満月の効果は絶大のようで、ラガーウルフはとても好戦的で、満月ではない日に比べ格段に強くなっている。
やはり、ラガーウルフと魔人を相手にするのはキツいと悟った私は、応援が来るまで必死に耐えなければならない。と改めて決意する。
「……この反応……っ!! もうすぐですね」
私は奥へ進む事に強くなる魔力を全身で感じ取っていた。
「並の魔物の魔力量の比でない……これほどまでとは……っ」
そう呟きながら、私は本当に時間稼ぎが出来るのか不安になっている。
「直ぐに殺られてしまうのでは……」
そんなマイナスな考えがよぎった私は首を振った。
「こんなマイナスじゃいけませんね……勝つつもりで行かなくては……!!」
私は自分自身にそう言い聞かせたあと、木の影に隠れながら移動した。
すると、エルダ達が言っていた通りこちらに向かいながら斧を手にした魔人が居る。
「……っ!!! 男の人……」
私は魔人の性別を知り、動揺した。
男の人は苦手で、正直見るだけであの頃の記憶が蘇ってしまう……。
剣を握る手はいつの間にか小刻みに震えている。
「ア゛ァ……」
「ひっ……!!!」
魔人の呻き声を聞いた途端、私は驚いて目を瞑ってしまった。
「……っ……民を……国民を守らなければ……あの街を私が守らなければ……!!!」
こんな所で怯んでいられない。
そう覚悟を決めた私は、詠唱省略をし、魔人に使って魔術を放った。
「アガッ……グ……ガ……ッ!!!」
魔人は辛そうな呻き声を上げている。
「効いてる……!!!」
私は何度も魔術を魔人に向けて撃ちまくった。
「グ……ガ……」
魔人が段々と弱ってきたのを確認した私は剣を引き抜き、心臓を刺そうと駆け出した。
「アアァァァァア!!!!!!」
すると、突然魔人が咆哮をした。
「うっ?!」
その咆哮は耳の奥に響き、全身が痺れ、思うように身体が動かなくなった。
「な、何ですかこれ……っ?!」
足が小刻みに震え、私は地面にドサッという音を立てて膝をついてしまった。
音を立ててしまったせいで魔人が私に気付き、私の方を振り返った。
「……っ!!!」
倒せると思って気を抜いてしまった……!!! 失態だ……
私は何とか立ち上がり、魔人と少し距離を取った。
この状況はとても不味かった。
私の足は震え、俊敏性が大幅に低下してしまった。素早い攻撃を複数避けるのは無理……
だが、幸いなことに魔人の攻撃は斧の大振りで、とても遅かった。だけれど、一撃でも食らえば死んでしまう可能性だってある。
魔人の攻撃を回避しながら、魔術を一撃一撃を確実に入れて弱らせて、そして最後に剣で心臓を刺す。それが私の作戦……
「聖なる光の鉄槌よ!!! 光双槍!!!」
適合属性である光の中級魔術の光の槍を2本飛ばす魔術がこの魔人には効果的だ。
「ガッ……!!! グッ……!!!」
私は効率よく魔人に攻撃を当てられていた。
そして、後ろから2体飛び出してきたラガーウルフを剣で捌く。更に、魔人の斧の大振りを横に避ける。その後に、魔術を一撃入れる。
この作業を繰り返していくと、魔人が段々と弱まってきている。
「もう少し……きゃっ!!!」
後ろにステップして下がっていると、木の幹に足を引っ掛けてしまった。
盛大に尻もちをついた私は、魔人の斧の大振りを大慌てで避ける。
そして、今度は三体出てきたラガーウルフをギリギリで捌こうとしていた。
だけれど、魔人に気を配るために後ろを一瞬見ると、魔人は両手を構えていた。
「……一体何を……」
そして、私の中に最悪の考えがよぎる。それは、上級以上の火魔術を使われること。
私の予感は的中してしまった。
魔人は、木々が生い茂る森の中で、とても威力のある火の上級魔術である緋炎焔波を使ってきた。
私はそれを間一髪で避けたが、火が木々につき、その炎がどんどんと燃え広がっていく。
「ああ……! なんて事を……」
私は水魔術を使って消化活動をする暇がないことを嘆いた。
「早く応援が来ないと森が焼けてしまう……!!!」
そう呟いた後、あることに気付く。
このままここで魔人と戦っていたら火の煙を吸ってしまい肺がやられてしまうのでは……?と。
私は恐怖した。肺がやられてしまい、息が出来なくなってしまったら死も同然だと気付いたからだ。
「早く決着を付けなければ……」
そう呟いた後、私は剣を握り直す。
次の瞬間、魔人の身体の傷はどんどん癒えていく。
「……えっ?!」
私は驚きのあまり動けなくなってしまった。
傷を自分で治せる。いわば無敵……。
「やはり私が敵う相手では無かった……っ!!!」
私は自分の無力さを思い知った。もっと早く決着をつけられていれば、倒せたのではないか……?と。
だけれど、もう遅い。
私はどんどん息が浅くなって呼吸をするのが辛くなっていくのを感じた。
今、逃げれば私は生き永らえることが出来るだろう。……だけれど……
「……国民の命や街を捨ててまで生き残りたいとは思いません……!!! さあ、かかって来なさい!!! 魔人!!!」
私は死を覚悟した。
「いや、アホか。一旦逃げろよその状況なら」
ふと、森の奥の方から声がした。




