024.令嬢、無知を知る
ドアをノックし、声をかけるとすぐに返事があった。
そっとドアを開くと、リスティスが笑顔で出迎えてくれる。
「ヴィヴィ」
久しぶりの再会を喜んでいるような満面の笑みを浮かべているけれど、たった1時間前まで一緒に座学の講義を受けていたので大げさな気がしないでもない。
とは言え、悪い気はしないので、釣られて笑顔を浮かべた。
そうでなくても嬉しい報せが入ったので、その前から顔は緩んでいたわけだけれど。
「お母様から手紙が届きましたのよ!」
後手に隠していた手紙を見せびらかすようにリスティスへ差し出す。
「うん、俺にも届いた」
苦笑気味にリスティスは頷く。
ちょっとだけがっかりした気がしないでもなかったけれど、さすがお母様だわ。
「中で話そう」
リスティスは手紙を持った手をそっと引いて、部屋の中に導いていく。
誘導されるがままリスティスと並んでソファに腰を下ろす。
「それで何て書いてあったの?」
「同じ内容だと思いますけれど、こちらへのお戻りが早まるそうですわ。年明けに領地にお客様をお呼びするのですって」
「うん、確かに俺の方にも同じ内容が書いてあった」
「わたくしたちも参加するのね。どなたをお呼びするのかしら?」
「うーん、手紙には書かれていなかったけれど、多分リーウェンジ公爵やラインズ伯爵とかじゃないかな」
手紙には、お客様の情報は一切記載されていなかった。
「どうしてわかりますの?」
「時期的に見て近隣の領地じゃないと移動できないから。それに第1王子派の有力貴族だと思う」
確かに年明け早々では、まだこの地域一帯は雪が多く移動は一苦労だ。元々近い領地でなければ今くらいの時期に移動しておかないと不便だろう。
とはいってもまだ3ヶ月も先のことだ。
さすがにそんなに長く他家に逗留し、ましてや新年を他家で迎える貴族はあまりいない。
「でしたら、隣のご領地のメイス伯爵もかしら?」
「いや、おそらくメイス伯爵は招待しないと思う。あそこは今グリーブル侯爵に近づいているみたいだから。あとは、グイント男爵は招待しているかもしれない」
驚きに思わず目を瞠る。
「どうしてそこまで知っていますの?」
半年ほど前、互いに前世の記憶を持っていることを確認し、以来色々と過去のことを含め話し合ってきたつもりだけれど、リスティスは私が知らないことを多く知っているように思われる。
前世の記憶とは異なってきている現在の情勢まで把握しているのだ。
お茶会に出席している回数は私のほうが多いはずなのに。
「情報は多いほうがいいでしょ」
そう言って、リスティスはその情報源を今日も教えてくれない。
以前にも何度か聞き出そうと試みたのだけれど、のらりくらりとかわされてしまっている。
仕方がない。
「そう言えば、ティニーのお母様のことだけれど」
これも何度目になるかわからない問いかけだった。
「やっぱり対処できるならしたほうがいいと思うの」
リスティスは薄っすらと微笑みを浮かべているが、その目はひどく冷たい。
挫けそうになる心を奮い立たせて見ても、やはりリスティスの返答はいつもと同じ。
「必要ないよ。ヴィヴィが気にすることじゃない」
「でも」
「ヴィヴィはもっと他に気になることがたくさんあるでしょ」
どうしてもリスティスは母親のことを話したがらない。
けれど、もうあまり時間が残されていないのだ。
ここで挫けて前回の二の舞いを踏むことになるなんて以ての外だ。
「いいえ。わたくしはティニーが一番大切ですもの。ティニーが傷つくようなことになってほしくないの。だから、」
「一番」の言葉に、ふわりとその雰囲気は穏やかになった。
とろけるような笑みを浮かべたリスティスの色気に、思わず唾を飲み込み続く言葉を失った。
姉弟ですけれど、これは反則ですわ!
顔が赤くなったのがわかる。茹だったように暑い。
「ヴィヴィ。俺もだよ。ヴィヴィが何より大切だ」
これ以上赤くなりようはないはずなのに、もう暑くて暑くて仕方がない。
落ち着くのよ、私!
これは弟。これは弟。これは弟。
「ああっもう、ですから! 場所だけでいいから教えてちょうだい!」
結局今日も教えてもらえなかった。
冬が訪れ寒さが厳しくなる前に、私とリスティスは一足先にカントリーハウスへ戻って来た。
タウンハウスで過ごした半年ほどの間、お父様は宣言通り呪いの魔法を教えてくださった。これまにで8回に渡り講義を受けている。
お忙しい中、時間を作ってくださったのだ。お父様がこれほど私に割いてくださったのはヴィーの時を含め初めてだ。
今は呪いの魔法の発動を妨げる呪いの魔法で、私とリスティスの魔法は制限されているから離れて暮らしていても問題ないらしい。
それもあってか、以前禁止されていたリスティスとの2人の時間は解禁された。
どうやらお母様の取り成しもあったようだ。
まあ、それがなければお互い前世の記憶の話など到底できなかっただろう。
それから、領地への移動に際して、専属の護衛が新たに付けられた。去年は決まった護衛ではなくて、当家に仕えてくれている騎士から2、3人が付いてくれていたのだ。
新たに付いた護衛も当家に仕えてくれている騎士で、なおかつ以前の私の時と同じ2人だった。
25歳の騎士ロビン・アバランチと、30歳間近なティム・フラッドだ。
取り巻く状況は微妙に変化していても大きくは変わらないからなのか、同じ2人に再会することになったのはちょっと感慨深い。
特にロビンと挨拶した時には、思わず涙ぐみそうになってしまった。
リスティスが隣でフォローしてくれなければ、どうしたのかと心配させてしまったかもしれない。
フェイとジェイムスも変わらず、魔法教師兼護衛を務めてくれている。
リスティスはフェイのことは信用していないみたいだけれど。
そして、年が明け、私たちは9歳になった。
狩猟館はカントリーハウスからほど近い森の浅いところに建てられている。
そこには、新年の祝いを称してお客様が招待されている。
冬は雪で閉ざされる地域も少なくない我が領地内の中で、比較的雪が少ないこの一帯ではこの時期雪兎や白狐、貂などを狩猟でき、1年を通して獲物が豊富な狩場だ。
さらに常緑樹の森のため、森の中が雪で積もり過ぎることはない。
そうは言っても雪が全くないわけではなく、リーウェンジ公爵とグイント男爵は馬を進めるのも一苦労している様子だ。ラインズ伯爵とボーガ伯爵は慣れた様子で馬を駆っている。
他に数人の貴族と、リーウェンジ公爵のご長男とラインズ伯爵のご長男とボーガ伯爵のご次男が参加している。
貴婦人たちが狩猟に同行することは少ないのだけれど、ラインズ伯爵夫人とグイント男爵夫人はその少数派らしい。
お父様に先導され、狩猟に参加するお客様たちは森の中へ入っていった。
狩猟館に残ったのは、お母様とリーウェンジ公爵夫人とボーガ伯爵夫人、他の貴族の夫人方。それから、私とリスティスと、リーウェンジ公爵のご令嬢だった。
リーウェンジ公爵家のご令嬢とは、これまでほとんど交流がなかった。
ヴィーの時もそうだった。むしろ避けていたと思う。
ご次女のエステノール様は、魔法が使えない。
それは、この国の貴族にとって欠陥と言っていいほどの出来損ないの烙印だった。
以前の私も貴族として恥ずかしいと蔑んでいたように思う。
王家に連なる公爵家に生まれながら、魔法一つ使えない。
かつての彼女は王立学校に通っていたけれど、随分と肩身の狭い思いをしていたのではないだろうか。
リーウェンジ公爵夫妻に連れられ、私たち家族に紹介された時、彼女は控えめながら公爵令嬢に恥じない振る舞いで挨拶をされた。
リーウェンジ公爵夫妻はまったく娘を恥じていないことがわかった。彼女を見つめるその表情は優しく、愛情に溢れていた。それは彼女の姉や兄にも言えることだった。
その温かさは、真希の両親のようだった。
エステノール様は家族に愛されているのだ。魔法が使えないことなんて何の障害でもないのだ。
かつて蔑んでいたことが恥ずかしくなった。
応接間では、貴婦人たちが思い思いにソファに座っている。
お母様は、お客様ひとりひとりに挨拶をされ、お茶を配っている。(実際にお茶を用意しているのはメイドだけれど。)
ここには子供は私とリスティスの他には、エステノール様とそのお姉様だけしかいない。
勝手な気恥ずかしさを抱え、話しかけられずにいるとリスティスが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
ここで怖気づいてどうする。
「なんでもない」とリスティスに笑顔を返し、よし、と心の内で気合を入れてリーウェンジ公爵家のご令嬢たちに歩み寄った。
「シンシア様、エステノール様。よろしければ外に雪兎を見に行きませんか?」
お2人は、驚いたようにお互いに顔を見合わせた。
それは半歩控えたリスティスも同じだったようだ。僅かに動揺した気配が感じられる。
シンシア様は、エステノール様を気にしつつ、口を開いた。
「雪兎が近くで見られますの?」
「ええ、この館の裏手辺りで見かけられるらしいのですわ。実はわたくしたちもまだ見たことがないので、ぜひとも滞在中に見てみたいと思いまして」
苦笑をにじませて正直に告白する。
エステノール様の興味を引いたらしく、落ち着かなげにシンシア様と私のやり取りを窺っている。
シンシア様もそんなエステノール様の様子を認め、母親に視線を送る。
「森に入らない館の周りですから危険はないはずですよ」
それまで会話を見守っていたリーウェンジ公爵夫人が口を開く前に、察したリスティスが控えめに助言するのを聞き、優しげな微笑みを浮かべ頷かれた。
「ぜひご一緒させてくださいませ」
2人のご令嬢を伴って、先ほど脱いだばかりのコート類を着込み狩猟館の表に出た。
狩猟館の周りは、遮るものもなく雪が高く積もっているものの雪かきされた道が裏手につながっている。
踏み固められた雪道を慎重に進むシンシア様とエステノール様の足取りはかなりゆっくりしている。
「リーウェンジ公爵領は雪が多くないのですか?」
室内を歩くように悠々としている私たちに気がついたシンシア様は、恥ずかしげに足元を見た。
「そうですわね。こちらよりは少ないと思います。領都も雪が積もらないわけではないのですけれど、領地内でも少ない方だと思います。それもあって、わたくしたちはあまり雪道を歩くことがなかったものですから」
確かに、普通の令嬢であればあまり雪の中外を出歩いたりしないかもしれない。それも自分の足で歩くようなことはまず滅多にないだろう。
毎日のランニングのためにすっかり雪道も慣れてしまっている私たちがおかしかったのかもしれない。
と言っても凍結した道ではなく、柔らかい雪が残った道だから早々滑ることはないと思うのだけれど。
「まあそうなんですのね。この辺りや領都の辺りは、雪は少ない方なのですけれど、それでもこの量でしょう? 慣れてはいますけれど、寒さは辛いものがありますわ。ご領地はいかがですか?」
「わたくしたちの領地も寒いのですよ。もしかしたらこちらより寒いかもしれませんわ」
「風が強いんですの」
寒さに鼻を赤くしたエステノール様がそう付け足した。
会話に加わったエステノール様にシンシア様は少し驚いたような顔をする。
珍しいのだろうか。
確かに最初の挨拶以来、初めて声を聞いた気がする。
「まあ、」
「皆さん、そろそろ声を抑えて。雪兎が近づいてくれませんよ」
言葉を遮って、リスティスが注意を促す。
もう裏手側に辿り着いていた。
私たちは顔を見合わせて声を潜める。
「あちらの茂みのほうらしいですよ」
「雪兎が来るといいですわね」
リスティス、私、シンシア様、エステノール様の順番に並んで、手前の雪かきで積み上がった雪の塊の陰に服が濡れるのも構わずしゃがみこむ。
雪の塊の上から顔を覗かせて、茂みを見るもそこには動物の気配はない。
しばらくして、リスティスが若干飽き始めた頃、わずかに茂みの上に積もった雪が落ちる。
「あ」
思わず零れた声を慌てて両手で塞ぐ。
「え?」
しかし続く、エステノール様の声に茂みが大きく揺れて何かが立ち去っていった。
自分の失態に気づいたエステノール様が小さく「あ」と声を挙げて同じように口を塞いでいる。
お互いに気不味けに眉を寄せて、苦笑を浮かべていた。
「大丈夫、きっとまた来ますわ」
気休めを口にして、再度茂みに目を向けた。
しばらくは警戒して近寄って来ないだろうけれど、いつかはまた姿を現してくれるはずだ。多分。
なるべく早めがありがたい。
餌とかで釣れないかしら。
雪兎って何を食べるのだろう?
そんなことを考えていると、隣でシンシア様がブルっと震えていた。
外套の内ポケットにしまってある2つのものを取り出して差し出す。
「良かったら使ってください。暖が取れますのよ。エステノール様も」
2人は困惑げにそれを受け取った。
「湯たんぽのような効果がある魔道具ですの。暖かいでしょう?」
驚いた様子で私の顔と魔道具とを見比べる。
それは私が作った魔道具の一つではあるけれど、オリジナルではない。
あまり一般に流通しているものではないらしいので、2人が知らなくても仕方がなかった。
便利だと思うのだけれど。
「よろしいんですの?」
「もちろんです。むしろ気がつかなくて申し訳ありませんわ」
招待客に風邪を引かせては面目が立たない。
「ヴィヴィ」
横からリスティスが、自身が身につけていた1つを差し出す。それを素直に受け取る。
「ありがとう。外套の内ポケットに入れると暖かいですわよ」
それぞれ1つずつを外套の内ポケットに収める。
1つだって効果は絶大だ。
「暖かい」
エステノール様が思わずと言った感じで呟く。
リスティスと笑みを交わしていた。
結局、その後もうしばらく観察していたものの雪兎が姿を現すことはなかった。
魔道具で寒さを凌いでいたものの完全ではなく、足の冷たさに耐えられずに室内に戻ることにした。
「今日は残念でしたわ」
「ええ、本当に」
「わたくしのせいですわ、ごめんなさい」
エステノール様がシュンとした様子で謝罪する。
「いいえ! エステノール様のせいではありませんわ。わたくしだって、声を出してしまいましたもの」
「エステノール様のせいでもヴィヴィのせいでもありませんよ。野生動物ですから、警戒心が強かったのでしょう」
「でも・・・」
わたしたちの否定の言葉に、それでもエステノール様は申し訳なさそうに視線を下げている。
「ノア。ヴィヴィアン様もリスティス様もこう仰ってくださっているでしょう。あまり卑下しては逆にお2人に失礼ですわよ」
シンシア様の言葉を受けて、エステノール様はようやっと顔を上げてくださった。
「わかりました。申し訳ありません、ヴィヴィアン様。リスティス様。それからありがとうございます」
「いいえ、こちらこそお見せ出来ず申し訳ありませんでした」
そう言って笑顔を返した。
脱いだ外套を使用人に預けたところで、シンシア様がハッとした様子で外套の内ポケットを探って魔道具を取り出した。
エステノール様も慌てて同じように預けていた外套の内ポケットを探る。
「うっかりしていましたわ。お貸しいただきありがとうございました」
魔道具を差し出され、しばし考え込む。
「よろしければ、そのままお持ちください」
当然2人は戸惑いを浮かべる。
「え、でも」
「そして、良ければ、明日の朝にもう一度雪兎を見に行きませんか?」
意図を理解した2人は互いに笑顔を交わして、口早に同意を述べた。
「ええ、もちろん」
「ぜひお願いいたしますわ」
翌朝、私たちは念願叶って雪兎を見ることができた。
再びタウンハウスへ居を移し、早2ヶ月が経とうとしていた。
今晩はお父様から呪いの魔法の講義を受ける予定になっていた。
ところがいつもよりお帰りが早いはずだったのに、ディナーの時間になってもまだ帰宅されていない。
少し遅くなると連絡はあったらしく、お母様はお父様の帰りを待ってディナーにすることに決めた。
いったいどうしたのだろう。
漠然とした不安に掻き立てられる。
突然帰りが遅くなることは今までにも何度もあった。それほど気に留めることでもないのかもしれない。
でも、なんだろうかこの気持ちは。
何か見落としているような。
私は前世の記憶を持っているのだもの。
もしかしたら以前にも同じことがあったのではないかしら。
思い起こしてみても、これといったことは思い出せない。
ただの気のせいではないないだろうか。
それでももやもやした気持ちは晴れることはない。
そうだわ、リスティスに聞いてみよう。
思い立って部屋を出ようとすると、扉がノックされた。
「ヴィヴィアン様。旦那様がお帰りになられました」
なんだ。
何もなかったじゃない。
すぐに扉を開いたので、呼びに来たメイドは目を真ん丸にしていた。
お礼を言って、エントランスホールへ向かう。
けれど、すでにそこには誰もいなかった。
仕方なくそのまま食堂へ向かうことにした。
程なくして、リスティスが食堂に姿を見せ、少し遅れてお父様お母様もいらっしゃる。
マークが給仕係に指示してディナーが始まった。
我が家のディナーは静かなものだ。
ほとんど会話もなく淡々と食べていく。
この国のディナーは大皿料理をシェアして食べるのが基本だ。
最初に給仕係がそれぞれの皿にサーブして回る。
時折マークがお父様のゴブレットにワインを注ぎ足す他は、動く者もいない。
食べ終わろうかという頃合いにお父様が珍しく私たちに話しかけた。
「今晩の講義は中止だ。また日を改める」
予定より遅い帰宅にある程度予測できていたことだった。
「承知いたしました」
私たちは声を揃えて返事した。
「それから、リスティスは食事の後に書斎に来なさい」
「はい、畏まりました」
なんだろう。
リスティスを見ると、心配ないと言うかのように頷きを返された。
翌朝、座学の講義の前にリスティスを捕まえる。
「ねえ、昨夜は何の話でしたの?」
リスティスは微笑を浮かべ、「大したことじゃないよ」と嘯く。
眉根を寄せて不満を表すと、観念したように話しだした。
「本当に大したことじゃないんだけれど、近々正式な跡取りになるらしい」
何でもないことのような口振りだった。
「大したことじゃありませんの! 本当に? いつになりますの?」
やっとリスティスが侯爵家の一員と正式に認められる。
これを喜ばずして何を喜ぶというのか。
「大げさだなあ。分かっていたことじゃないか」
それは確かにそうかも知れないのだけれど。
以前、リスティスは引き取られた時には跡取りとして迎えられていた。けれど、今回はそうではなかった。
息子として認められていても、侯爵家の一員ではなかった。
これは大きな違いだ。
侯爵家の一員として認められていなければ、貴族として扱われないし、一切の相続も認められない。
私がいくら弟と紹介しても、他家からは貴族の子弟として受け入れられない。
「それでもですわ! やっと本当の姉弟になれますのね!」
「それは、」
嬉しくてリスティスに抱きつく。
嬉しい嬉しいと繰り返し、はしたなく飛び跳ねていた。
ちょっとして、ようやく我が身を振り返り、恥ずかしさにそっと身体を離す。
照れくさく思いつつ笑いかけると、リスティスもちょっと困ったように笑ってくれた。
そう言えば、抱きついた時に何か言いかけていたような。
「何か言いかけまして?」
「ううん。何も言ってないよ」
そうだったかしら?
リスティスがそう言うなら、それでもいいか。
「そう、ならいいけれど。ところで、どうして今になってそういう話になりましたの?」
私としては、どこか唐突のように感じられるタイミングだ。
何かきっかけがあったのではないかと疑っている。
そう、昨夜お父様の帰りが遅くなった原因とか。
「ああ、それは俺の母親が死んだからだよ」
へえ、リスティスのお母様が・・・。
え?
「今、なんて? 」
「昨日俺を産んだ母親が死んだんだよ」
明日の天気の話みたいに、なんでもないことのように話すリスティス。
そんな。
そんなことになったら、リスティスは。
脳裏に、全てに気力を失くし、自暴自棄になったリスティスの姿が浮かぶ。
落ち込んだリスティスがいなければ、私たちが仲良くなることなんてなかったかもしれないけれど、もう二度と同じ思いはさせたくないと誓ったのだ。
「どうしたの?」
呆然とする私を不思議そうに見つめるリスティス。
そこには悲しみや絶望といった感情は全く窺えない。
「だって、ティニーのお母様が亡くなったのよね? ティニー。その・・・大丈夫ですの?」
きょとんとした顔をするリスティス。
あら? 私聞き間違えたのかしら?
「俺? 大丈夫だけれど? どうしたの、ヴィヴィ?」
「え? ティニーのお母様が亡くなったのよね?」
「まあそうだけれど」
「え、だって、以前は・・・」
ようやく合点がいったと言うように「ああ」と大きく頷いた。
「昔塞いでいたから? それなら誤解だよ。確かにあの女の死がきっかけだったけれど、あれは違うんだ」
意味がわからず首を傾げる。
「あの頃はまだ自分の置かれている状況が理解出来ていなかった。父が邪魔になった母親を殺したんじゃないかって疑っていた。父の期待に添えなかったら、今度は俺が殺されるんじゃないかって怯えていたんだ」
かつてのリスティスが蘇る。
周りは全部敵だと言うかのように、いつもハリネズミのように棘を立てて威嚇していた。
最初は、話しかけても全く応えてくれなかった。
「でも、ヴィヴィに救われた。それで周りを見たら、全部俺の誤解だったって解った」
無視されてもめげずに話しかけ続けた。
振り払われる手を、懲りずに伸ばし続けた。
悪夢にうなされるリスティスの手を握って寄り添ったこともある。
ひどく暗い顔のリスティスの傍で、ただ黙って寄り添ったこともある。
そうやって私たちは距離を縮めていった。
「誰も信じられなかったけれど、初めてヴィヴィは信じていいんだって理解した。父上は、まあああいう人だけれどね。跡取りにしようと思って引き取ってくれたことには違いなかった」
「それにね」と、ちょっと困ったような笑顔を浮かべ続ける。
「あの女のことは母親とは思えなくてね。俺にとって母は、ロディーヌ様だよ」
お母様は、私もリスティスも分け隔てなく接してくださっていると感じていた。
それはリスティスも同じらしい。
「何の心配もいらないよ」
「本当に?」
「もちろん。ヴィヴィに嘘はつかない」
確かに以前のような自暴自棄な様子は全く窺えない。
大丈夫だと信じていいのだろうか。
にっこりとリスティスは微笑む。
うん。信じよう。
笑顔を返すと、リスティスも頷いてくれる。
もう大丈夫。
気を抜いた瞬間、背筋がゾクッと凍える思いがした。
リスティスの瞳が妖しく光る。
冷たいお父様と同じ色。
「大丈夫。あの女は、死ぬべき運命だったんだから」
私はまだリスティスのことをよく解っていなかったのかもしれない。




