022.令嬢、弟を激怒させる
残酷描写が含まれる恐れがあります。
結局、騒動がお父様の耳に入り、ディナーに着くことは許されなかった。
もっとも夕食抜きというわけではなかったのだからお優しいと言える。
けれど、リスティスと2人で会うことは禁じられてしまった。
侍女が同席していてもダメみたい。
今は、一刻も早くリスティスの呪いの状況を知りたいのに。
私には、ヴィーの記憶があるのに、同じことを繰り返すなんてそんなことはあってはならない。
リスティスを失うなんて耐えられない。
私のせいでリスティスが健康でいられなくなるなんて許せるわけがない。
私は今まで何をしていたのかしら。
リスティスの虚弱体質を治すのだと息巻いて、ポーションを作ったりなんかして。
どうして今まで気がつかなったのだろう。
元からリスティスが虚弱体質だったわけではないと知っていたはずなのに。
ポーションなんて、買えるし、魔法が使えれば誰でも作れる。それこそ良質なハイポーションをお父様がリスティスに与えなかったわけがないのに。
傲慢にもほどがある。
私自身に原因があるなんて、思いもしなかった。
このままリスティスが体調を崩していったらどうしよう。
最悪、死・・・いいえ!
そんなことはあり得ない。あり得ないわ!
リスティスは魔法力が高い子だもの。私よりずっとすごいのだもの。
呪い返しで痛手を負うわけがないんだわ。
それに、リスティスはこの侯爵家の跡取りだもの。
お父様が手を打たないわけがない。お母様が治療しないわけがない。
死なせたりしない。
私がリスティスを救ってみせる。
しばらくして、私はお父様の書斎を訪ねた。
ディナーの後くらいに、執事にお父様への取り次ぎを頼んでいて、普段ならベッドに潜っている夜更けに許しが出された。
今日中に許しが出ないかもしれないとも懸念していたから、夜更けでもありがたい。
それに、この時間なら王城からの手紙もすでに届いているはずだわ。
お父様は一度だけ入室した私を見ると、手元の書類に視線を戻された。
「私に話があるそうだな」
「はい、お父様。まずは、お時間をいただきありがとうございます」
手元の書類にペンを走らせていらっしゃるけれど、話を続けても良いらしい。
「3つお願いがあり、参上いたしました」
一呼吸する間に、お父様を窺うけれど何も見いだせない。
負けないわ。
「1つ目は、マーリン様に師事することをお許しいただきたいのです」
「先に全て話せ。それから判断する」
「は、はい!
2つ目は、魔道具を製作することへの許可を。わたくしは、新しい魔道具を作ることができます。それをマーリン様から認められました。
3つ目は、呪いの魔法について教授いただ」
お父様に射竦められ、言葉を失った。
「どこでそれを聞いたのだ? マーリン殿が教えたのか?」
疑問形を取っているもの、ブリザードが吹き荒れるかのような威圧だった。
答えなければと思うのに、思うように言葉が出てこず、意味のない音だけが口から零れる。
「夕刻の騒動は、リスティスが起こしたと聞いていたが、お前の方だったのか?」
歯はガタガタと震え、口も思うように動かせず、思考すらまともに働かない。
「マーリン殿からの手紙は受け取った。なぜそのような話になったのかはわからぬが、お前が新しい魔道具を作れるというのはどうにも信じがたい。なぜお前が魔道具を作れる? フェイから習ったのか。彼奴は特別魔道具に精通していたわけではなかったはずだが。
・・・黙っていないで答えなさい」
声を荒げたわけでもないのに、ビクッと肩が竦み上がった。
「あ・・・」
言葉を続けたいのに、意味のある言葉は浮かばず、上手く口を動かすことすらままならない。
頭が掴まれ、上を向かせられる。するとすぐ側にお父様がいらっしゃっていた。
お父様の冷え冷えするサファイアの瞳が私の瞳を捕える。
お父様とこんな至近距離は初めてだわ。
と、どこか他人事のように思う。
「ヴィヴィアン、私の問いに答えるのだ。嘘偽りは許さぬ。私が許すまで、この命に準じよ」
突如、目の奥が熱くなったように感じられた。
なぜか、清々しいような気持ちになる。
あれ? 私は何を考えていたのだったかしら?
「私の言葉がわかるな?」
「はい、お父様」
「では、夕刻の騒動は誰が引き起こしたのだ」
問われて考える。
「あれは、リスティスがわたくしに呪いの魔法をかけようとして、その魔力の大きさに気がついたフェイが乱入したのです」
「呪いの魔法だとなぜわかった」
「わたくしの中を書き換えようとする何かを感じたからです」
「呪いの魔法について、誰から聞いた」
最初に聞いたのは誰だったかしら。そうだわ。
「コミナミです」
「コニアミ? 誰だそれは?」
「マスター・マーリンのお知り合いですわ。ですから、マスター・マーリンでしたら、呪いの魔法についてご存知だと思って伺いました」
お父様はしばし考えこんだように押し黙ってしまわれた。
「・・・マーリン殿から何を聞いた」
「呪いの魔法が、我が国の一部王侯貴族が使える固有魔法であること。それから、わたくしにかけられていた束縛の呪いについてです。詳細は親から子へ口伝されるものだからと、教えてはくださりませんでした」
「マーリン殿は呪いの魔法の痕跡がわかるのか・・・」
それはお父様の独り言だったのかもしれない。
「はい。誰がかけたのかまではわからないそうですが、どのような種類のものかお分かりになるそうです」
再度お父様は黙ってしまわれた。
「お前に束縛の呪いをかけた者の心当たりがあるのか?」
「おそらくは、リスティスです。かつてのリスティスが、呪いの魔法に失敗して心身を患ったのだと思います」
「かつての? 心身を患う? そのような話は聞いていないが」
「過去であり、未来の話です。今のリスティスではありません。ですが、夕刻の呪いが失敗していたら、その可能性が。お父様、リスティスは無事ですか?」
「今日の話であれば、多少疲れているだけだと聞いているが・・・。リスティスはすでに呪いの魔法が使えるのか・・・」
「リスティスは無事なのですね!」
「お前は、呪いの魔法をかけられている自覚があるのか?」
「いいえ。今の私にはかかっていないと思われます。マスター・マーリンから破呪の手解きを受け、かつての呪いは破呪しております。夕刻のものも成功していないものと思われます」
「破呪だと? それは王家のみに伝わるもの。マーリン殿はどういうつもりだ」
「破呪の魔道具です。そういうものがあるということが分かれば、私には作ることができるだろうと教えて下さいました」
「どういうことだ? 破呪の魔道具は王族専用のもの。それがあることを知ったところでなんだと言うのだ」
「魔道具に使われる魔法陣の意味を知っています。魔法陣の法則が分かるので新しい魔道具を作ることができるのです」
「なぜそれをお前が分かる?」
「真希の知識です」
「マキの知識?」
「真希は、わたくしが生まれる前のわたくしです」
「? 何を言っているのだ?」
お父様は額を手で覆い、目を苦しげに歪められた。
無理もない。
生まれる前に人生があるなんて想像したことがないだろう。
あれ? なんで私素直に真希の話をしてしまったのかしら。
「意味がわからん。だが、嘘のはずがない。
お前の手元に破呪の魔道具があるのか?」
「いいえ。わたくしが作った破呪の魔道具は、使った後で壊れました」
「もう一度作ることができるのか?」
「はい、可能です。そうでした。破呪の魔道具を作って、お父様たちにもお持ちいただきたいと思っておりました」
「それは・・・」
珍しくお父様が言い淀む。
どうしたのかしら?
「最後に一つ。お前も呪いの魔法を使えるのか?」
「はい。使えます。どの呪いの魔法だったのかはわかりませんが、使えました」
「そうか・・・」
お父様は三度押し黙って考えこんでしまった。
お父様は考えこんでいても、彫刻のように美しく厳しくてどこか神々しい。
しばらくして、お父様は私と目を合わせ、その言葉を口にした。
「ここまでとする」
パチンと目の前で何かが爆ぜたように感じられ、思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開くが、特に変わったところは見受けられない。
なんだったのだろう。
あ・・・。
先程までのお父様とのやり取りが思い起こされ、体温が一気に下るようだった。
私、なに喋っていたのだろう。
洗いざらいもいいところだわ!
「これがお前の知りたかった呪いだ。お前には、自白の呪いをかけた。私の問いに嘘偽りなく答えさせた」
え!?
私、今まで呪いをかけられていたの?
まったく気がつかなかった。
「呪いの魔法については、希望通り教えてやろう。お前とリスティスがすでに使えるのであれば、教えないわけにはいかない。この魔法は簡単に使っていい魔法ではない。リスクが高い、危険な魔法だ。失敗すれば、最悪の場合死ぬ。そのことよく覚えておけ」
「はい」
「それから、何か新しい魔道具を作ってみせろ。それをもってお前の言葉を信じるとしよう。だが、破呪の魔道具は作るな。あれは王族専用の魔道具だ。その存在すら口にしてはならない。忘れろ」
「はい・・・」
「マーリン殿の件も、その後だ」
「はい」
王族専用・・・。お父様は、それが気になるのだわ。
王家に対する負い目は、思った以上に深いのかもしれない。
それでも、ここまで前向きに考えていただけるなんて。
大丈夫だと思い込もうとしていただけで、私も不安だったのだわ。
「お父様、ご検討いただきありがとうございます。お父様のご期待に添えるものを作ってみせますわ」
「ああ。だが、フェイかジェイムスの立ち会いのもとで行うことだ。よいな?」
「はい、承知いたしました」
私は、お父様に再度お礼を言い、お休みの挨拶をして退出の旨を伝える。
お父様は、「ああ」とだけ頷き、見送っていた。
けれど、部屋を出る間際、
「お前が使えるとはな」
お父様がそう呟いたように聞こえた。
それは、ピルム伯爵家で開かれたパーティの帰りのことだった。
ピルム伯爵家は、お父様の妹であるリュネット様が嫁がれた家でハーグリーブス侯爵家と最も親交が深い貴族の一つだ。
そのため親族だけのパーティやお茶会には出席が許されていた。
今の私が出席できる数少ないパーティであり、いつも楽しみにしていた。
その日も新年の祝いと称したパーティが開かれ、多くの親類とその子供たちがピルム伯爵家のタウンハウスに集まっていた。
ピルム伯爵家のタウンハウスは、王城から離れた王都の端に位置しており、その敷地はハーグリーブス侯爵家のタウンハウスより広大だ。タウンハウスさえも広い庭園を持ちたい貴族はこぞってこの辺りに居を構えている。
ピルム伯爵には、公式として3人の息子と4人の娘がいる。いずれの方も結婚し、パートナーと子供を連れて出席していた。この他にもピルム伯爵の子供はいるらしいのだけれど、詳しいことは知らないし、この日来ていたかもわからない。
ピルム伯爵の長男の息子であるパーシヴァルは、他の従兄弟と一通りの挨拶を終えると、私とリスティスの元に訪れた。
そこにはすでにパーシヴァルの同母妹ラモーナがいた。
「遅いですわよ、お兄様」
「ラモーナ。遅くはない。ここを最後にしたからな」
「あら、お兄様はヴィヴィ姉様にご執心でしたのね」
ラモーナにからかわれたパーシヴァルは顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「な! なに言ってるんだ! 冗談でもティニーの前で言うな!」
と言うより、慌てていたのかもしれない。
リスティスからの冷えきった眼光を察知して。
「お、おい! 違うからな! 俺はお前たちを一番の友人と思って」
まあ。
「本当ですの。嬉しいですわ。わたくしもパーシーとラモーナは一番の友人ですわ」
「ヴィヴィ姉様! わたくしもですわ!」
ラモーナは私の腕に飛びついた。可愛い。
「ありがとう、ラモーナ」
1つ年下のラモーナは、ヴィーの時から仲が良かった。最期の最後まで、ヴィーの味方でいてくれた唯一の友人だった。
あ、ちょっとしんみりしてしまったわ。
「まあ、そういうことにしといてあげるよ」
リスティスは、パーシヴァルに意地悪な笑みを浮かべ、それを見たパーシヴァルが困ったように眉尻を下げた。
ところで、リスティスとラモーナはこの日が初対面だった。
どういうわけかお互いに通じるものがあるようで、十年来の友人であるかのようにすぐに打ち解け合ってしまった。
敵愾心の強いリスティスには珍しい。
でも、ラモーナと仲良くなってくれて嬉しい。
内輪のパーティというだけあり、子供の言動にも概ね大らかに許されていた。そうなると私たちも多少羽目を外して遊びたくなってしまう。
走り回って遊ぶつもりはなかったのだけれど、いつの間にかパーシヴァルを鬼にして鬼ごっこが始まっていた。
さらに、気がつくとパーシヴァルの他の兄弟や従兄弟までも加わっており、かなりの人数で遊んでいた。
私も鬼に捕まって、何度か鬼になってしまった。
というより、途中からもう誰が鬼で誰が参加しているのかわからなくなっていたけれど。
子供用とはいえ、女の子のドレスは重たい。走るような服装ではない。
けれどそれが気にならないくらい私たちは無邪気に遊んでいた。
それと、女の子の中では私がぶっちぎりで脚が速いことがわかった。体力増強のために日頃から走っていた成果だわ。
そんなこんなですっかり疲れてしまい、帰りの馬車で私とリスティスは眠ってしまっていた。
往路はお父様とお母様もご一緒だったけれど、いつの間にやら先に帰られていたらしい。
お父様はお忙しい方だから、そういうことはよくある。
馬車は4人乗りで、私とリスティスの他に、クレアとフェイが同乗していた。御者台には、御者と護衛役のジェイムスが座っていた。
私の専属護衛がフェイであるように、リスティスの専属護衛は、騎士のジェイムス・ロックフォールだ。彼もまたリスティスの魔法教師でもある
ジェイムスはハーグリーブス侯爵家に代々仕える騎士の家系で、かつてはヴィーの魔法教師でもあり、また今も私の剣術の教師でもあるのでよく知っている。
私は、ガタガタという大きな音と激しい振動を感じて目を覚ました。
音も振動も収まることなく続いている。
「ヴィヴィアン様、リスティス様。お目覚めください」
「・・・クレア?」
何か良くないことが起こっている。
はっきりしない頭を軽く振って、覚醒を促す。
隣ではリスティスがすぐに覚醒し、周囲の様子を確認している。
「何事だ?」
答えたのはフェイだった。
「何者かに追われています。このまま振り切れればいいのですが、おそらくは」
「王都で仕掛けてくるとは大胆な奴だな。お前の言うとおり追いつかれるのも時間の問題だ。こちらから仕掛けるぞ。ジェイムス!」
リスティスは御者台に繋がる小窓を開き、ジェイムスに指示を飛ばす。
「何人だ?」
「6人かと」
「打って出るぞ。御者は転倒しない範囲で飛ばせ」
速度の出ている馬車の扉を開こうとするリスティスをフェイが慌てて止める。
「お待ち下さい! あちらにも魔法使いがいるようです。このまま走行するのは危険です」
会話の最中でもジェイムスは後方に向かって魔法を放っているようだった。
とはいえ、牽制に近いものだったようで、悲鳴は聞こえない。
それに、大きく揺れる馬車の上では口を開けば舌を噛みそうだ。呪文が思うように唱えられないらしく、何度かやり直している。
それは相手も同じだろう。だから今のところ魔法による攻撃はない。けれどいつ攻撃されるかわからない。
リスティスの判断は早かった。
本来であれば、ジェイムスもフェイもリスティスの指示を待つ必要はない。
けれど、2人はリスティスの言葉に従うことを選んだ。
「馬車は徐々にスピードを落とせ。止めることなく走らせるんだ! スピードが落ちた時点で迎え撃つ!」
御者は即座に従い、手綱を緩めたようだった。
ジェイムスは継続して魔法を放っている。
フェイは、自らまだ速度が落ちていない馬車の扉を開き、口早に唱えた魔法を放ってジェイムスを援護する。
クレアもまた私を守るようにフェイとは反対の扉の前に陣取っている。
クレアもジェイムスと同じようにハーグリーブス侯爵家に代々使える騎士の家系の娘であり、魔法こそ使えないものの護身術を心得ている勇敢な侍女なのだ。
リスティスは、私の手を握った。
「大丈夫。絶対に守ってみせる」
力強い声だった。
私は決意を込めて頷いた。
もうただ守られるだけじゃない。
今度は私がみんなを守る。
「来ます!」
フェイの言葉が終わる前に、ジェイムスが御者台から飛び出していた。
激しく金属が打ち合う音が響いた。
「フェイ、お前はここでヴィヴィを守れ!」
リスティスはそう言ってフェイの後ろから馬車を飛び出していた。
「ティニー!」
速度がやや落ちていたこともあり、危なげなく着地してみせたリスティスは淀みない動きで魔法を放った。
それは、大出力の氷の礫だった。
見えたのはそこまでだった。
複数の馬の嘶きが聞こえ、知らない男たちの怒声が聞こえる。
「止めてちょうだい!」
「安全な速度で馬を止めてください!」
フェイは火の玉を下方向に向かって投げつける。何度も何度も。
後方から馬の悲鳴のような嘶きが聞こえ、重たいものが倒れた音が響く。
音しか聞こえず、状況が見えない。
リスティスとジェイムスが降りたのはもう随分と後方に違いない。
リスティスは無事だろうか?
ジェイムスは無事だろうか?
やがて、馬車が止まり、フェイが馬車から降りる。
周囲に喧騒はない。
開きっぱなしになった扉から、周囲を警戒するフェイの姿だけが見える。
それからどれほどの時間が経過したのかはわからない。
長かったのかもしれないし、短かったのかもしれない。
馬の蹄の音が聞こえた。
フェイは警戒を解いていないものの、強張ることはなかった。
もしかしたら。
私は馬車から身を乗り出して、外を覗き込んだ。
「ジェイムス!」
ジェイムスが奪った馬で戻って来たようだった。
よく見るとその前に誰かが乗っているのがわかる。馬の頭で顔は見えなかったけれど、その小さな背格好からリスティスに違いない。
「リスティス!」
馬車から降りようとして、なんとか思い留まる。
まだ安全かどうかわからないのに、飛び出してはフェイやジェイムスの負担になる。
リスティスが馬から器用に飛び降りる。先ほどもそうだったけれど、リスティスの運動神経は並大抵ではないわね。
リスティスがこちらに駆け寄ってくる。
続いて馬から降りたジェイムスが、何かに気がついたように左の木々を見た。
ハッとした表情を浮かべるとともに、魔法を発動した。
けれどそれはフェイのほうが早かった。
飛来する炎の矢を、水の膜のようなもので防いでいく。
防御に回ったジェイムスとフェイに合わせるように、リスティスは木々に隠れた襲撃者に反撃を仕掛けていく。
私はただただ、見つめることしかできなかった。
リスティス、ジェイムス、フェイ、それにクレアや御者を含めて左の木々の襲撃者に集中していた。
だから、それに気がついたのは私だけだった。
それに気がついたその瞬間、脳裏にあの日の出来事が蘇った。
ジェイムスの姿が20歳ほど若返る。
ジェイムスの背後から飛来する矢。気づいて振り返ろうとしたジェイムスは脇腹にその矢を受け、地面に膝をついた。
違う。
あれはキースだわ。
かつて私のために亡くなった護衛の一人。
ジェイムスの3番目の息子。
私は駆け出していた。
無我夢中で走り、ジェイムスに体当たりしていた。
その瞬間、背中に衝撃を感じる。
「うっ」
何かが割れる音を聞いた気がした。
「ヴィヴィアン様!!」
「ヴィヴィ!!」
ジェイムスとリスティスの声を聞きながら、私は勢いのままに地面に倒れた。
「いっ」
その一瞬は息が詰まって、死んだかと思ったけれど、どうやら生きている。
とはいえ、転んだ時に不幸か幸いか手から着いてしまったため、手の平がジンジンと痛みと熱を発している。
「ヴィヴィアン様!」
ジェイムスは私の背中を検めると、サッとお腹の下に腕を差し入れて抱え起こしてくれた。
「ジェイムス」
無事?
と聞こうとした時、絶叫が空間を支配した。
「貴様らーーーーーぁあ!」
声に振り返ると、リスティスが憤怒の形相を浮かべ右手を天に掲げていた。
私には人の魔力の流れを感じることはできない。
それなのに、リスティスを中心に風が巻き起こったように感じられた。
強大な強い力がそこに働いているのだと直感した。
それは短い時間のことだった。
リスティスを中心に、苦痛の呻き声を上げた5人の男たちが引きづられるように引っ張り出される。抗うことは許されず、強大な力の元に体を引っ張られる。
リスティスの前に集められたその男たちは、その時後悔していたのかもしれない。
「許さない」
5人の男たちの背に氷の槍が生える。
赤い何かが槍の先端を穢している。
氷の槍が消え、男たちは支えを失って倒れた。
これは始まりだ。
お父様が画策した罠の序章に過ぎない。




