021.令嬢、弟に問いつめられる
001~020を書き直した様でいて、結局誤字修正くらいしかしませんでした。それで1日終わってしまった・・・。
やっと続きを更新できます。
意気揚々と帰宅した私は、マスター・マーリンから譲り受けた魔石をチェストの引き出しにしまいつつ、ついニマニマとしていた。
マスター・マーリンは、先行投資だと言って上等な魔石を10個も与えてくれた。
《遮音膜》の魔道具は、ウーゼル様にマスター・マーリンを紹介していただく対価に受け渡してしまったので、同時に4つの魔石を無くしたことになるのだけれど、それよりも上等な魔石が手に入っているし、何より、かねてからの懸案だった呪いの心配が無くなったのだから安いものじゃないか。
しかもこれからはマスター・マーリンが師匠として相談にのってくださるのだから、上出来すぎるってものね。
フフ。
さあて、どうしようかしら。何を作ろうかしら。
とりあえず、《破魔》の魔道具は必須よね。せっかく呪いを退けたのに、また気づかないうちにかけられたりしたら溜まったものじゃない。
リスティスにも、お父様やお母様にも持っていて欲しいけれど、なんて言って持ってもらえばいいのかしら?
この際だから、私が魔道具を作れることは話してもいいかもしれないけれど、《破魔》の魔道具は国宝級だって言っていたし、そんなもの持っていたらそれはそれで疑われてしまうし。
なんでこの世界にはお守りみたいなものがないのかしら。
リスティスやお母様は身につけてくれるかもしれないけれど、お父様が私が作った魔道具を身につけてくださるなんて想像もつかないわ。
そうだわ! サシェを作ってそれを魔道具化してしまえばいいんだ。
これならお母様とリスティスは身につけてくださるわ。
お父様の分も、一応作ってみましょう。
それから、電話ね。
マスター・マーリンから提案されたのよね。
コミナミが使っているのを見て便利だと思っていたけれど、実現できなかったとおっしゃっていた。
真希の記憶にも電話の作り方はない。
うーん、まったく想像がつかない。
というか固定電話だとしても、電話線? 通信網が必要でしょう?
しかも電気。電気信号を送るんだっけ?
ううーん、キーワードを並べてみても全然わからない。
糸電話だったら簡単なんだけれど・・・。
ん?
あ、糸電話でいいのか!
早速試してみましょう。
ええと、紙コップの代わりになりそうなものは何かしら?
思考に耽っていると、扉をノックする音が聞こえた。
もうディナーの時間かしら?
扉に近づくと外からリスティスの呼ぶ声が聞こえたので扉を開く。
「ヴィヴィ! 大丈夫だった?」
リスティスは詰め寄る勢いで両腕を掴んだ。
領地からの馬車で愚痴を言ってしまったから、随分と心配をかけてしまったみたい。
「心配をかけてしまいましたのね。わたくしは大丈夫ですわ。立ち話もなんですもの。さあ、中にお入りになって」
私は上機嫌で迎え入れ、ソファに促す。
けれど、リスティスは眉をひそめ、どこかムスッとした様子でソファに座る。
「どうかされましたの?」
「もっとこっち来て」
意図的に離れて座ったわけではなく、リスティスがいつもと違って少し空けて座ったのに、近くに呼び寄せる。
どうしたのかしら?
断る理由もなかったので、いつもの距離――拳1つ分程度の距離に座り直そうとしたら腕を引っ張られてそのままリスティスの膝の上に倒れこんでしまった。
「ちょっと、ティニー! 何をなさいますの?」
仰向けの状態なため、リスティスの表情ははっきりと伺えた。
苛立ち。
こんな表情を以前にも見たことがある。
私の時じゃなくて、ヴィーの時。ヴィーがリスティスと話していたあの時。
「ティ」
「ねえ、どうして城から戻って来てそんなにご機嫌なわけ? 行く前は、王子に会いたくないって言っていたよね?」
仰向けのまま体を抑えこまれて、起き上がろうに起き上がれない。
ほとんど変わらない体格なのに、リスティスは簡単に私の動きを封じ込めることができる。
「ねえ、ヴィヴィはなんでも俺に話してくれるんだよね?」
「ティニー、あの話しますから、この態勢を」
「このままでも話はできるよ。ねえ、どういうこと? ウーゼル殿下に会いに行ったんでしょ?」
「そうですわ。ウーゼル様が入学される前に、新年と送別のご挨拶に上がったのですわ。あのティニー」
「ウーゼル様? ウーゼル殿下が好きになったの? どうして? ヴィヴィは王子が好きなの?」
「わかっていらっしゃるでしょう! もう、本当この態勢辛いのですけれど!」
力いっぱい抵抗して転がるようにしてリスティスから逃れることに成功する。
ちょっと息が上がってしまった。
「もう! わかっていらっしゃいますでしょう。わたくしの立場はお父様がお決めになったことですわ。わたくしの意思ではありませんわ」
「本当に変わらない?」
「何を心配されていますの? ウーゼル様にはイグレーヌ様がいらっしゃいますのよ。わたくし好んで野暮をしたいわけではありませんわ。わたくしの機嫌が良かったのは別のことですわ」
リスティスは考えこんだように口をつぐんだ。
もう、なんなのかしら。
「ウーゼル殿下が理由じゃないなら何があったの?」
本当の理由を話すわけにはいかない。
前みたいに墓穴を掘りたくない。
一瞬の迷いが、リスティスの誤解を招いたのかもしれない。
「え・・・?」
リスティスは、訝しげな声を上げて、私の顔を凝視する。
眉間に皺を寄せて何一つ見逃さないとでも言うかのように凝視される。
これは? マスター・マーリンと同じ視線?
ただ不快感はなく、内側を見られているという感覚だけが同じだった。
やがて信じられないものを見たとばかりに愕然とする。
まさか、リスティスも魔力が見える人なのだろうか。
「ティニー?」
「どういうこと? いったい城で何をして来たの?」
繰り返される問いは、先ほどとは同じようでいて少し違った。
「どうして、誰がこんな・・・そんな・・・」
その目に映るのは、苛立ちだったのだろうか。恐れだったのだろうか。
彼は、私の中で何を見たのだろう。
拭い去られたはずだった不安が押し寄せてくるようだ。
「・・・マスター・マーリンとお会いしましたの」
「マスター・マーリン?」
「ええ。フェイの師匠で、王立学校の魔法史学の教師なのだそうです。ウーゼル様の個人指導の先生でもいらしたそうですわ」
「マスター・マーリンは、ヴィヴィに何かしなかった? あるいはウーゼル殿下が」
マスター・マーリンは、呪いは消えたとおっしゃっていらした。
私も《破魔矢》が呪いを打ち破る気配を感じた。あれは気のせいではなかったはず。
じゃあ、リスティスは何を見たの?
「マスター・マーリンは、わたくしにかけられた呪いの残滓を消し去ってくださったのです」
消えたはずの呪い。
払拭されたはずの懸念。
不安に目の前が真っ暗になったかのようだった。
「へえ、そう」
それは随分と冷たく低い声だった。
「そんなことができる人がいたんだ。今度からは気をつけないと、ね」
いつの間にかリスティスが目の前に立っていた。
両頬を包み込むように両手が添えられる。
その目は、どこまでも深く昏いエメラルドだった。
「ティニー?」
既視感だったかもしれない。
冷たいような暖かいような、濡れているような乾いているような、なんとも言えない何かが、押し寄せようとしているのだと気がついた。
頭の中に、手足に、胴に、侵入して来ようとする何かが。
リスティスの両手は温かく、されどその手に集まる魔力は凍てつくように冷たいのだと理由もなく思った。
「ヴィヴィ。ヴィヴィ」
熱に浮かされたように、頼りない声だった。
「ヴィヴィ。ヴィヴィ」
歓喜するように、力強い声だった。
私には他者の魔力を見ることも感じることもできないはずだけれど、リスティスの魔力が両手に集まっていくのがわかった。
ああ、そうだったのね。
「ヴィヴィアン・ハーグリーブス」
かつてのリスティスは、ヴィーよりも優秀な魔法の使い手だった。
今だってウーゼル様が気にかけるほどにリスティスは優秀なのだ。
呪いをかけた本人は、時間が経ってもわかるのだとマスター・マーリンはおっしゃっていた。
「あなただったのね」
頬に添えられた両手から冷たいような暖かいような、濡れているような乾いているような、なんとも言えない何かが、塗り替えんとばかりにじわりじわりと染みこむように体内に侵入しようとしていた。
私に呪いをかけた張本人。
呪いをかけて、失敗した。だから、体を壊した。
そんなのダメ!!
「ダメ! 止めてティニー! 呪いの魔法を使わないで!!」
「俺を愛して。俺だけを見て。俺だけしか愛さないで」
「ヴィヴィアン様!!」
強い風に押されて仰け反って倒れる。
受け身など取る暇もなく、強かお尻を打っていた。
痛い。
痛みに気を取られ、一瞬前のことが頭から消え去っていた。
「ヴィヴィアン様、ご無事ですか?」
フェイは前に立ち、首だけで私の方を振り返る。
「フェイ?」
フェイは目だけで私の安否を確認すると、正面に視線を戻した。
釣られて私もその視線を移すと、そこにはリスティスが倒れていた。
「ティニー!!」
痛みも忘れて駆け寄る。
「ヴィヴィアン様、いけません! リスティス様から離れてください!」
フェイの必死な制止を無視して、リスティスを抱え起こす。
リスティスの体は何かに縛られたように身動きが取れなくなっていた。
痛みに寄るものか苦悶な表情を浮かべている。
「ティニー! しっかりなさって!」
体を縛っているのは魔法だ。
かけたのはフェイだ。
「フェイ! ティニーの魔法を解いてちょうだい!」
しかし、フェイは動かなった。
「フェイ?」
「ダメです。危険ですから離れてください」
「何を言って」
「強い魔力の動きを感じました。そして、この部屋でリスティス様がヴィヴィアン様に手を上げていた。何が会ったのかは存じませんが、私はヴィヴィアン様の護衛です。ヴィヴィアン様に危害が加わることなどあってはならない」
いつになく、強い意思を感じさせる。
でも、ここでフェイを認めるわけにはいかない。
例え、フェイのほうが正しかったとしても。
「いいえ。リスティスはわたくしに危害を加えたわけではありませんわ。さあ早く、魔法を解きなさい」
「従えません」
「解くのよ」
こんなことで言い争っている場合ではない。
リスティスが呪いの魔法を発動していたのか。
その魔法が成功しているのか、失敗しているのか。
この際、呪いは成功しててもいい。
けれど、失敗していたら、またリスティスは心身を患ってしまう。
そんなことは絶対に認められない。
もう一度人生をやり直している意味がない。
認めてなるものか。
「フェイ・ホワイトテイル。リスティスにかけた魔法を解きなさい」
従わせてみせる。
私の意思に背くことは許さない。
リスティスを失うなんて絶対に認めない。
「わたくしの意思に従いなさい」
睨み合っていたフェイの目が、不意に光を失う。
フェイは右手をリスティスに向け、呪文を唱えた。
すると、リスティスの体が弛緩した。
ああ、呪いの魔法はこんなにも簡単に発動できてしまうのね。
瞬きと共に、フェイの瞳に光が戻る。
指示を終えて、呪いが完了したのだろう。
「ヴィヴィ・・・」
弱々しい声に、フェイから視線を戻す。
「ティニー!」
起き上がろうとして、痛みに顔をしかめる。
「どこが痛みますの? しっかりなさって」
「どうして、心配してくれるの?」
「当たり前でしょう。たった一人の弟なのですから」
それでもリスティスは痛みを堪えて起き上がろうとして、なんとか上半身だけ起こすことに成功する。
「無理をしてはいけないわ。フェイ、そこのチェストに入っているポーションを出してちょうだい」
正気に戻っているフェイだったけれど、言うことを聞いてくれた。
受け取ったポーションをリスティスに飲ませる。
体の痛みは消えたのだろう。
苦痛の表情は無くなったのだけれど、消沈した虚ろな目をしていた。
私はリスティスに抱きついていた。
「ティニー。まだどこか痛みますの? だるいところはありませんの?」
リスティスは身じろぎをし、やがて肩の力を抜いた。
「痛いところはないよ。突風で体を打ち付けたのと、拘束の魔法で体が軋んだだけだから。ヴィヴィのポーションで痛みが消えたよ」
「本当に? 体のだるさなどありませんの?」
「うん。大丈夫」
呪いの魔法はどうなったのだろうか。
リスティスはどこまでわかっているのだろうか。
「リスティス様。何があったのですか?」
フェイの声にハッとして、リスティスから離れる。
「ちょっと、魔法をヴィヴィに見せようとして、失敗したんだ。迷惑をかけて悪かったね」
リスティスは平然と嘘をついた。
けれど、フェイは疑わしそうにしている。
「本当ですか?」
視線で問われ、イエスと答えた。
フェイは、少し考えこんだようにしていたけれど、やがて重々しく口を開いた。
「ヴィヴィアン様。リスティス様。今後私かジェイムス殿がいないところで魔法を使うのはやめてください。何かあってからでは遅いのですよ。個人練習であってもです。よろしいですね」
いつになく強い口調だった。
ここは頷いておいたほうが無難かもしれない。
リスティスと目を合わせ、お互いにそのほうが良さそうだと判断する。
「わかった」
「わかりましたわ」
こっそりと個人練習はすると思うけれど。
「言っておきますが、私は魔力の流れを感知することができますから、内緒で使ってもわかりますからね」
あ、ははは。
バレていたのね。
ああ、だから秘密の練習のことも見られていたのね。
侮りがたいわね、フェイ。
「お二人ともお怪我はありませんか? 威力は抑えていたと思いますが、攻撃魔法を使ってしまいました。申し訳ございません」
フェイが部屋に飛び込んできた時、突風のようなもので押し倒されたからね。
「もう大丈夫だ」
「わたくしも問題ありませんわ」
本当は、お尻がちょっと痛いのだけれど。この分だと痣になっていそう・・・。
後で、ポーションを飲んでおきましょう。
「ヴィヴィアン様のポーションは、効果抜群ですね。あ、ヴィヴィアン様。ポーション製作もお一人での作業は禁止ですよ?」
ギクッ。
そそそういえば、元々お父様からも同じことを言われていたのでした。
「ああ、そのフェイ。このことはお父様には・・・」
「もちろん、ご報告させていただきます」
「そんな!」
「と言うより、これだけ騒いでいては、お気づきになられると思いますよ」
そのとおりですね・・・。
先ほどから心配そうに扉の陰から複数の使用人が覗いているし。
「さて、お体に問題がなければ、そろそろディナーの時間です。そのままでは食卓に付けないでしょうから、ご準備されたほうがよろしいのではないですか」
突風に煽られた私たちは、髪がボサボサだ。
まったくもってそのとおりですね。




