020.令嬢、呪いを打ち破る
マスター・マーリンは、眉を寄せて手を顎髭に当てるとうーんと唸り始めた。
「ゼンセ、ゼンセ・・・なんだったか? アーサーの記憶にあったと思うのだけれど、なんだったかなあ」
あ、ああ、そういうことか。
「前世とは、生まれる前の生のことです。日本では、死ぬと別の生へ生まれ変わるという考えがありました。それはご存知でしょうか?」
「ああ! 前世ね。生まれ変わりか。なるほどなるほど。とすると、あなたは日本人から生まれ変わった、と?」
手をぽんと叩いて、笑みを浮かべられた。
良かった!
忘れていただけだったのね。
「はい。かつての名前は、小西真希と申します。コミナミさんからは、マーリン様とコミナミさんは記憶を共有していると聞いていたのですが、その名前に覚えはないでしょうか?」
わずかに目を見張ったようだ。
「へえ、そこまで聞いているのですね。ですが、残念ながら私たちは全ての記憶を共有しているわけではないのです。私の知る範囲では、そのコニシという方は記憶にありません。
アーサー・・・いえ、古南から聞いていないでしょうか。私たちとは、私と古南だけではないのです」
あ・・・確かに聞いたような。
「確か、複数人の記憶を夢で見ると・・・」
「ええ、そうです。全部で6人います。つまり、5人分の生涯を夢で見るとして、その全てを早送りにしたって見るのは大変でしょう?」
そう言われてみればそうなのかもしれない。
しかも真希はコミナミと知り合ってすぐに死んだと思うのだから、なおさら記憶はないかもしれない。
それにしてもよくよく考えれば、5人分の生涯の記憶を毎夜再生されているのだとしたら、なかなか休まらないのではないだろうか。
「古南とはどういったお知り合いだったのですか? 随分と親しかったように思われますが」
「コミナミさんが作ったゲームをきっかけに知り合いましたの。あの、ゲーム、わかりますか?」
「ええ。古南が共有者の記憶を活かして作っているあの動く絵のやつですね。私の記憶からもアーサー王をモデルに何か作っていましたね」
前作だわ!
「そうです。そして、そのシリーズ作品のクローディン王子様をモデルにした作品をきっかけに、真希は前世の記憶を取り戻しました」
マスター・マーリンは、再び瞬きを繰り返した。
ん?
「クローディン殿下、ですか?」
私は頷きをもって返す。
あれ、これも知らない記憶なのかな。
もしかして、真希が知り合った前後とかの記憶は知らないのかしら?
「私の記憶では、古南がこの世界を舞台にした作品はまだ1つしか手がけていなかったと思うのですが、これもまだ見ていない記憶なんでしょうかね。それにクローディン殿下ですか? あの?」
あのクローディン王子です。
私はもう一度頷く。
「2作目は、クローディン王子様が13歳辺りからのストーリーになっていますから、今より未来の話なのです。ややこしいかと思いますが、わたくしは15歳の時に1度死にました。そして真希に生まれ変わり、そしてまた、わたくしに生まれ変わりました」
マスター・マーリンは、瞬きを繰り返す。
繰り返し過ぎて疲れたのか、目頭に手を当て目を閉じる。
うーんと、唸って考え込んでいる。
私は生唾を飲み込んだ。
「つまり、あなたは、ヴィヴィアン・ハーグリーブスを2回目ということですか?」
理解が早いようで助かります。
私は頷きとともにイエスと答えた。
私たちは相談の上、一旦クローディン王子にまつわるゲームの話や、未来の話はまた今度話すことにした。
私はまだ肝心の本題に入っていない。
ここまでは前段に過ぎないのだ。
「禁呪ですか・・・。アーサーはとんでもないものに気がつきますね」
マスター・マーリンは、コミナミに言われた呪いについて説明すると、そう言って嘆息した。
ちなみに、アーサーとはコミナミのことだそうだ。
古南朝人というフルネームで、なんでも海外で生活していた時のあだ名がアーサーだったらしい。
さすがに真希の記憶ではフルネームまでは覚えていなかった。
100年前の王と同じ名前なのね・・・クス。
それはそれとして、マスター・マーリンはどうしてそんなため息なんてこぼしているのかしら。
小首を傾げていると、「ああ」とマスター・マーリンは教えてくださる。
「我が国の呪いとは、精神に作用させるものですから、目に見えるものではありません。かけた直後であれば、その精神性の差異から効果がわかりますが、時が経ってその効果が継続していようともかけた本人でもなければ判別はできないでしょう。それを見破るのですからとんでもない目の持ち主です」
なるほど。
って、マジか。
わあ・・・あの人、普通にチートってことですか。
そうなると・・・
「それでは、マーリン様でもわからないのでしょうか?」
マスター・マーリンは、なぜかきょとんとした顔をする。
?
そして、首をゆっくりと横に振った。
「いいえ? アーサーにできて私にできないわけがないではありませんか」
心底心外だと言わんばかりの呆れ顔で言われる。
「そ、そうですわね。失礼いたしました」
というか、結構自尊心強い方なんですね・・・。
謝罪に鷹揚に頷かれているけれど、難しい方なのかもしれないわね。
気をつけよう・・・。
「我が国の呪いが禁呪と言われているのは、その存在が秘密だからです。秘術と言ってもいいかもしれません。しかし、実際にはよく使われていますよ。まあ、先ほど話したとおりその結果が他者には見えないので、どれほど使われているかは知りようがありませんけれど」
「そうなのですか・・・。わたくしは以前の生でも知りませんでした。それに誰かにかけられた覚えもありませんし、かけられていた自覚もありませんでした」
「そう。本人でも実はわからないのです。詳しいことを私から教えることはできませんが。呪いの魔法は、貴族の間で秘密裏に伝えられています。親から子へというのが暗黙のルールなのです。それに誰でも使えるわけではありませんから」
「そうなのですか?」
「ええ。各国で固有の魔法というものがあります。我が国では、精神に作用させる魔法で、それは王族や建国から続くような古い貴族しか使えません。
ハーグリーブス侯爵家もその古い家系ですから、あなたも使える可能性はありますね」
知らなかった。
お父様からそんな話は聞いたことがなかったと思うのだけれど
「通常、呪いの魔法に適性がある者であれば、それに対する抵抗力も高い傾向にあります。見たところ、あなたにも高い抵抗力はありそうですから、呪いは失敗しているのかもしれませんね。ちょっと失礼・・・」
マスター・マーリンは、頭の先から足の先まで観察し、私の目を凝視した。
目が合っているようで、もっと奥を見られているような不思議な感覚に晒される。
あまりに強い視線に目を逸らしたいのに、首が固定されてしまったかのように動かすことができなかった。
頭の中に、何かが侵入してくるような、違和感。
見られている。
外側ではなくて、私自身を。
探られている。
私の中を。
脳に手を突っ込まれて、覗かれているような。
ゾクッと背筋が凍った。
気がつくとマスター・マーリンの視線は元に戻っていた。
どこか楽しげなように見える。
「・・・マーリン様?」
不安に震えそうになる声をなんとか気力で抑えたが、か細い声になってしまった。
マスター・マーリンは、口元をニンマリと歪めた。
「うんうん。あなたは面白いですね。やはり呪いへの抵抗力が高い。私が覗いたことに気がついた。ああ! 安心していいですよ。呪ってませんから。ただ呪いの有無とかを確認していただけですから」
それじゃあ!
「アーサーの言うとおり、呪いの残り香がありますね。でも効果は最早ありません。あなたの前世。いえ、前前世と言うべきですかね。以前のヴィヴィアンの記憶に残滓のようにこびりついているものです」
こびりついて・・・。
でも、
「コミナミさんも同じようなことを仰っていましたわ。けれど、真希の記憶はその後数日しかありません。病に侵されていたということもありませんし、事故にあった記憶もありません。でも、気がついたら生まれ変わっていたのです。
本当に、効果はないものなのでしょうか。わたくしは、また突然・・・死ぬのでしょうか?」
コミナミに呪われている、と言われた記憶。
日本人なら、呪いといえば死を彷彿させる。
真希の最期の記憶は曖昧にしか思い出せない。
いつ死んだのか、どうして死んだのかもわからない。
だから恐かった。
真希が死んだのに、どうして私は大丈夫だと信じられるだろう。
呪いのことを知りたかったのは、ただただ、死にたくなかったから。
ヴィーは15歳で処刑され、真希は26歳で死んで。
じゃあ私は?
効果がないってどうして?
残り香ってなに?
私も死ぬの?
突然、温もりに包まれた。
驚いて見上げると、いつの間にか向かいのソファから移動したマスター・マーリンがそっと私の肩に腕を回して胸元に抱きしめられていた。
戸惑っていると、優しく頭を撫でられる。
「恐かったのですね。でももう大丈夫ですよ。呪いの残り香も消せますから安心なさい」
「え・・・?」
マスター・マーリンは、幼子をあやす手つきで頭を撫でてくれる。
あ・・・。
こんな風に、頭を撫でてもらったのはいつ以来だろう。
ずっと小さい頃に、エリスに寝かしつかされた時以来だろうか。
マスター・マーリンの温もりは、優しくて、恐怖心を溶かしていくようだった。
ああ、なんだか、真希のおじいちゃんやおばあちゃんみたい・・・。
マスター・マーリンは、しばらくそのまま撫で続けてくれた。
落ち着いてきたら、なんだか恥ずかしい・・・。
身じろぎすると、察してくれて手を退けてくれた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。お見苦しいところをお見せしまして申し訳ありません」
顔が赤くなっているけれど、どうしようもない。
「いいえ、あなたはまだ8歳。例え前世の記憶があろうとも、あなた自身はまだ8歳です。誰かを頼ってもいいのですよ」
ああ、この人は、本当に大人なんだ。
なんとなく納得してしまった。
マスター・マーリンは、100歳を超えているとコミナミが言っていた。
私は、マスター・マーリンの言うようにまだ8歳だけれど、ヴィーや真希の生涯を足してもまだこの人の半分にも満たない。
この人は頼ってもいい大人なんだ。
「さて、あなたというか前前世のヴィヴィアンにかかっていた呪いは2つです。1つは束縛の呪い。相手の心を自分だけに縛る魔法です。ですがこれは失敗しています」
マスター・マーリンは、私に呪いのことを教えてくれた。
私にかかっている呪いだけという限定だったけれど、私の不安を払拭するためにルールを破ってくれたのだ。
「失敗するとどうなるのですか?」
「術者に災いが返ります。心身に影響が出て、最悪の場合死に至ります。かけられた側にも大なり小なり影響は出ることはありますが、呪いの効果内のものです。あなたにも多少なりと術者を気にかけていたなどの効果はあったのかもしれません」
そうなると、もしかして束縛の呪いを私にかけたのはクローディン王子だったのかしら。
「2つ目は・・・どうにも新しい魔法のようですね。それに効果が不明瞭・・・。束縛に似ていますが、少し違う。ただ、生死に関わるものではないことは確かです。今は効果が切れているようですから心配ないと思うのですが、まあ、消してしまえば何も不安に思うことはありません」
要領を得ないけれど、確かに消せるなら気にしなくてもいいのかもしれない。
マスター・マーリンはソファから立ち上がると、文机に置かれた紙とペンを持って戻って来た。
そして、紙に文字を書いていく。
「これが読めますか?」
差し出された紙には《破呪》と書かれていた。
「はい。《破呪》ですね。これは・・・! もしかして、魔法陣ですか!?」
「ええ、そのとおりです。これは、王族の方々がお持ちになる魔道具に使われている魔法陣です。貴族でも持っている者はいないはずなので、国宝級と言ってもいいかもしれません」
「国宝級・・・! そんなものを頂いて良いのでしょうか?」
「いいえ? あげませんよ?」
「え?」
「破呪の魔道具は、王族のためだけに作られたので、個数があまりありません。おいそれとあげられるものではありませんよ。でも」
マスター・マーリンは、なぜかニンマリと笑った。
「あなた、この漢字が書けますよね?」
ああ! そうか、自分で作ればいいのか!
理解した私にマスター・マーリンは頷いて同意を示した。
「新しい魔道具を作ったあなたなら気づいていると思いますが、魔道具にとって重要なのは、魔法陣に使う文字の意味と、それに紐付くイメージです。器はそれほど重要ではありません。
破呪の魔道具には、特別な器は必要ありません。身につけておくものなので、装飾品に加工していますが、形は重要ではありません。後は、文字の意味に一致したイメージをあなたが魔法陣に込められれば、作ることは難しくありません」
そうなんだ・・・。
そこまで明確にわかっていたわけではなかったのだけれど。
でも、これで呪いの問題はクリアできるんだ!
「紙を頂いてよろしいでしょうか」
マスター・マーリンは紙とペンを譲ってくれた。そして、隣室へ移動し何かを手にして戻って来た。
その間私は、イメージを思い浮かべ魔力をペン先へ集中させて魔法陣を描いていく。
呪いは、さっきマスター・マーリンに覗かれた視線、そして脳へ伸ばされた手の幻視のようなものなのだろう。
そういった不快な侵入物を弾く壁のようなもの。
ああ、違う。すでに中にある呪いを消すんだから、内側から排除する・・・そう、ヴィーの記憶にまとわりつく蛇のような何かを打ち砕く、矢。
そうだ、破魔の矢だ。
呪いを打ち砕く、破魔の矢。これで呪いの残り香も吹っ飛ばす!!
紙には、《破魔矢》と描かれていた。
マスター・マーリンは、描き上がった魔法陣を覗き込む。
「これは、はまや、ですか。たしか日本の神社などで扱っているのでしたっけ」
「ええ。わたくしの《破呪》のイメージは、外からの呪を弾く膜のようなものでした。すでに呪いが内側にあるわたくしには、不十分だと思いました。ですから内にあるものも外にあるものも等しく打ち破るものとして《破魔矢》といたしました」
「ふふ。フフフッ。フアハハハハハッ」
突然マスター・マーリンは声を出して笑い出した。
ええ!? なにごと??
「アッハハハハ!! あーやっぱりあなたは面白い。アーサーの知り合いなだけありますね。その発想力いいですね!」
マスター・マーリンはひとしきり笑うと、「あーすみません」と悪びれなく誤った。その目にはうっすらと涙を浮かべている。
どれだけ笑っているんですか。
「あーおかしい。はい、この魔石をお使いなさい。それから簡単ですが、この袋に魔法陣と魔石を。・・・・・・。はい、そうですね。では、早速使ってみましょう」
受け取った小さな巾着袋に魔石と魔法陣を入れて、スイッチを入れるイメージを込めて魔力を込める。
すると、巾着袋は光を帯びて、その光は私の全身を包んだ。
強い光の筋が、私の喉へ向かって飛んで行く。
そしても一本もう一本と、強い光が矢のように頭や肩、胸、腹に向かってそれぞれ飛んで行った。
パリンッと玻璃が割れるような微かな音が体内に響き、光は淡くなりやがて消えた。
「・・・・・・」
なんだろう。何も変わったところは感じられないけれど、確かに呪いが掻き消えたように思える。
漠然とした感覚だけれど、何かが消えたように思えた。
答えを求めてマスター・マーリンを仰ぎ見る。
マスター・マーリンは、優しい笑顔を浮かべていた。
「成功のようですね」
「・・・はい!」
私は、巾着袋――破魔の魔道具を確認する。
「あっ」
「どうしました?」
「魔法陣が」
巾着袋から取り出した魔法陣の描かれた紙は、経年劣化したように破れ、黄ばみ、文字が薄れていた。
「おや、《破魔矢》は使い捨ての魔道具だったんですね」
差し出された手に、破れた魔法陣を渡す。
マスター・マーリンはその魔法陣を楽しそうに見ている。
「いいサンプルが採れましたね。
さて、ヴィヴィアン。私の弟子になりませんか?」
思ってもみない言葉に目を白黒させる。
「わたくしを弟子に?」
「ええ。あなたの魔法技能についてはフェイから聞いています。彼女は彼女で優秀な魔法使いですが、あなたには不十分な師匠かもしれません。それに、私なら魔道具に精通していますから、あなたの知識を活かすことが可能かもしれませんよ」
ふと、疑問に思ったことを口にする。
「そう言えば、どうして魔法陣は漢字なのでしょう? わたくしのような前世の記憶を持っている人がいたのかしら」
マスター・マーリンは、あっけらかんと真相を教えてくれた。
「ああ、魔法陣に漢字を使うようにしたのは私ですから。色々試した結果、漢字が一番効果があったんです」
なんと。
それこそ昔は幾何学模様のサークル上の絵だったらしい。
それであれば、魔道具に精通しているというのも頷ける。
これはすごく嬉しい申し出ではないだろうか。
というか私にはメリットしか思い浮かばない。
「是非お願いしたいです。でも、よろしいのでしょうか? わたくしには嬉しいお言葉ですが、マーリン様にはなんの得もないのではないでしょうか」
後でやっぱ弟子にしなきゃ良かったなんて思われたくない!
「そんなことはありませんよ。あなたの前世の知識と発想力は、私にはないものですから。私と新しい魔道具製作をしてくれれば全く問題ありませんよ」
なるほど。
それなら納得ができる。
「そういうことでしたら。改めまして、未熟者ですがどうぞよろしくご指導お願いいたします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
マスター・マーリンが右手を差し出したので、私も右手を出して握手をした。
私に頼もしいお師匠様ができた。




