昔の話
「やっと終わったよ」
ユウジは首にかけた手ぬぐいで汗をふきながら言った。
「一時間かかったわね」妻のミキが横を歩きながら苦笑いして言う。
「せっかくの日曜日に草刈りなんて冗談じゃないよ。業者を呼んでやってもらえばいいのに」
日曜日の朝から町内会の草刈りに駆り出されたユウジは機嫌が悪い。
しかも残暑が厳しく歩いているだけで汗がながれる。
一刻も早く自宅に戻ってシャワーを浴びたかった。
そんなユウジに父のハルオが言う。
「昔から月の初めの日曜日は清掃と決めて皆でやってきたんだよ」
「今はそんな時代じゃないの。無理しないで業者にまかせればいいんだよ」
「だが自分達の町だ。人まかせにしないで自分達でやるべきだよ」
険悪な雰囲気になりそうだったのでミキは慌てて話題を変えた。
「渡辺さん、来てなかったわね」
「そういえば来てなかったな。やっぱり夜逃げしたのかな」
町工場の主だった渡辺が執拗な借金の取りたてに夜逃げしたと噂になっていた。
「資金繰りが厳しくて消費者金融からも借りてたらしいわ」
「昔は渡辺さんのところも儲かっていて羽振りが良かったんだが……」ハルオは年老いて丸まった背中を一層、丸めて言った。
「うわ、雨が降ってきやがった。最悪だな」ユウジが目を怒らした。
「雲行きがあやしかったもの、きゃ、大粒の雨だわ」
三人は家路を急いだ。
その時だった。
「きゃあ、あれ、何?」
ミキが指差した先には青白く光る物体が宙に浮かんでいた。
「うわ、火の玉だ」
ユウジは叫ぶとスマホを取り出し動画を撮り始めた。
「何やってるのよ、逃げるわよ。もう、お父さんまでスマホを出して。動画なんて撮らないで下さい」
ハルオは頭を振りながら言った。
「動画なんて撮らないよ、警察に通報するんだよ。昔はね、よく火の玉が出たんだよ……遺体を土葬にしていたからね」
そして火の玉が浮かんでいる公園を悲しそうに見つめハルオは言った。
「子供の頃、この公園で鬼ごっこをして遊んだのに……どうしてこんな事に、渡辺さん」
「ま、まさか、この公園の下に渡辺さんが?」驚いたユウジが訊ねた。
だがハルオは肩を落として公園を見つめている。
「お父さん、教えて下さい。ここに渡辺さんが埋められているんですか?」たまりかねてミキが訊ねた。
するとハルオは言ったのだ。
「鬼ごっこで渡辺さんに敵う者はいなかったよ、逃げ足が速かったからね」
その日、公園から消費者金融の社員の遺体が掘り起こされた。
逃げた渡辺はまだ捕まっていない。




