四話 ♢ 紅蓮は何を思ったか
魔法を出せるように魔導書を持っていない空いた片手を挙げると息を呑む音が広がる。はぁ、まだ魔法を出してすらいないんだけど。もう一睨みすると静かになった。
深呼吸し、右手に魔力を集中させる。無詠唱。
—―爆炎火球
キィィィン。ィイン。キィン。小さな音を立てて魔法陣が回転する。三重。
――あぁ、やっぱりタイムラグがある。明日までに直さなくちゃ。
ドゴォォォオオン!!爆音。視界が熱波で歪む。空気が震えて地面が砂埃を立て、チリチリと空気が焼け、焦げ臭い匂いとムワッとした熱気が広がる。
興奮で満たされた歓声が波を打ち、結界を張っていても少し頬が火照り、グロリオは機嫌が良さそうにもう一度鼻を鳴らした。
「流石、ですわ」少し眉毛を下げながら口では笑顔を作っている。しんみり、という感じに近い顔だ。「この魔法も習得していたなんて」
ウィンも私のコートを持って揺らめきながら消えていく炎を頬を染めて眺めている。
ふぅ、体も温まってきたことだしどんどん打っていこう。ページを捲ると水魔法のページを開いた。
エリカとウィンが無言で前に立つ。
「ニカ」岩の精霊・ベロニカも呼ぶと2人も名前を呼ぶのが聞こえた。
エリカの精霊とウィンの精霊が現れ、私の隣には紅いリオとは対象的な蒼い虎が近づいてきた。
――身体強化
私がもう一度手を挙げたのを見て、両手を上げて息を吸うエリカ、ウィンも剣を創り、握って構える。
手始めに、親指と人差し指で輪をつくって目に当て、2人をその中に入れ、唱える。――壺
くるりと目元で魔法陣が回転し、2人が岩のような荒い、大きな壺に捕らえられる。かと思えば、パリンと魔法陣が割れ、壺にヒビが入った。
流石にもうこれは通用しないらしい。なら――熱雷弾、破断刃
エリカがブツブツと何かを呟いた刹那。ギュィイィイィイイ!!無数の魔法陣が高速回転する。
熱雷弾がバチバチと火花を散らしながら何弾も飛んでいく。火花はオレンジに燃えて煌めくが、熱い。
ウィンが軽く熱雷弾を避け、
私達が足を凍らされないように一歩後ろへ飛ぶと私の放った鎌のような鋼の攻撃が空を切る。
ウィンは刃を蹴って踏み台にし、剣を大きく振りかぶる。私は前傾姿勢で凍った地面を踏み、左に半回転。ウィンが危うく熱雷弾を避けるのを見届け、下から放たれた小さいが魔力が込められた糸のような光線を結界で抑える。が、結界をすり抜けて右耳を掠りかけた。
私が放ったはずの熱雷弾を一つ、結界に閉じ込めてぎゅっと固めて自分のものにしている。だからさっきの光線は暖かかったのか、全身の結界があってこれだから……やっぱりエリカならやってくれると思ってた。
手に魔力を込め氷の小刀を創る。重力に任せて落下しながら小刀を構えるとエリカはサッと両手を上げ、降参のポーズを取る。その落ち着いた笑みに、ふと、私のものではない影が重なった。
風魔法で強化しつつ足を上にぐるりと回して蹴り上げると、ウィンが息を呑んだ。私の足に二の腕を蹴られ飛んでいくと私達は凍った地面に同時に足をつく。
ふぅ、大きく息を吐くと目を瞑る。ドッと空気を揺らすほどの歓声がもう一度挙がった。
私が炎を辺りに散らすとザクザクと霜柱が音を立てていた足元が緩み、蒸発していく。少しの間、淡いモヤが私達を覆った。
「あら残念ですわ」そこまで悔しくなさそうに、むしろケロリとした顔でエリカは呟いた。
「また負けちゃいましたわね。何連敗目でしたか途中まで数えていたのに、もう忘れてしまいましたわ。むしろ何回勝ったか数えるべきってくらいですもの」
「ほんと、よくすぐ反応できますよね…」土を軽く払いながら歩いてきたウィンが不服そうに口を尖らす。
暫く呼吸を落ち着かせると二人に向き直る。
「まだまだ行ける?」
一度顔を見合わせ短く微笑んだ二人は真剣な顔つきでしっかり頷いた。
♢♢♢
――深成流星
ガツンガツンという音と砂埃が舞って辺りを包む。砂埃に隠れて走る足音が聞こえる。西、南、東……上!ガァァァアアアン!結界を開いてウィンの攻撃を抑える。剣と結界が擦れるキリキリという音が響いた。
ふとウィンがどこか一点にチラリと目を向け、攻撃を緩めた。私も結界を消した。砂埃が落ち着いて視界が晴れてくる。ふぅーっ。私は息を吐いて、踵を捻り振り向いた。
「少し遅い気もしますけど」
ゼェゼェと肩で息をしながらこちらを見つめている。
「逃げずに来たんですね」
外野の視線を受け、居心地悪そうにソワソワし、まっすぐ歩いてきた。
「それでは、早速ですが作戦を共有します」
アモネ・ジオラスは緊張の面持ちで「分かりました」とだけ言った。




