二話 ♢ ミスマッチ②
「ん...!」
大きく伸びをする。本に栞を挿してバタンと閉じる。74ページまで進めることが出来た。
インク壺をしまうとルーンの本を棚に戻して、手慰みに兄上に貰った古代の童話集を手に取る。
本を持って窓の方へ歩くと朝日はかなり高い位置へと登り、空は明るい水色と白い雲が映える空へと移り変わっていた。ぽかぽかと暖かい光に私は満足し、目を瞑って息を吸う。
突然下で小さな声と液体が飛び散るような音が聞こえ、下を見やる。気が付かなかった。魔力を隠すのが得意なのだろうか、いや違う、魔力が感じさせないほど僅かなのだ。
鮮やかなピンクがかったスカーレットの髪。彼女はたしか、アモネ・ジオラス。男爵家の娘だ。
花に水やりをするのは彼女の日課らしい。こうして水やりをするのはよく見かける。授業中に眠って教師に叱られたり、成績について小言を言われていたのは彼女のはずなのに、どうしてこういったところで生真面目なのだろうか。
その分勉強すれば他の生徒から裏で小馬鹿にされることもなくなるのではと純粋な疑問を持つ。
彼女の魔法は不安定で、蛇口もジョウロもあるのに何故それを使わないのか疑問に思う。だとしても何故もっと安定して出せないのだろう。
花に話しかけながら独り言を何か呟いているのが僅かながら耳に入る。やっぱり変な子。それでも何故か満面の笑みで花を愛でる少女から目が離せなかった。
ドアをノックする音と「レディ〜!朝食のお時間ですわよ~!」というエリカの間延びした声に、今行きますからと返事をすると少女から無理やり目を引き剝がす。窓を閉じて鍵をかけると本をもって部屋を後にした。
ウィンは本とガウンを私から受け取ると、学園ローブを手渡す。私はローブに腕を通して椅子へと腰掛けた。
本を手にとってパラパラとページを捲って読み始める。ウィンは私の髪を梳かし、器用にまとめていくとあっという間にまとまった。
「ありがとう」
「いえ、趣味ですので」
ぱっと両手をこちら見せて小さく横に振る。ウィンは朝食を持ってきた小さな精霊から食事を受け取るエリカの下へと早歩きで手伝いに行く。
エリカ・テトラリクス。従姉で爵位も同じなのにもかかわらず侍女の真似事をしている。魔力は多くないが繊細な魔法に長け。それでも飽きっぽくて図々しい、かなり頑固。到底侍女には向かない性格だ。
そして本は136ページ目に入ろうとしていた。
「レディ、本を読みながら朝食を摂る気じゃないでしょうね?」
テーブルに朝食置くエリカに諭され渋々本を閉じる。でもお腹は空いていたのだ、今日はいつもより僅かに量が多く見える。嬉しいことだ。
パンにバターを塗ってかじると程よい硬さとふわりと漂う温かさ、その温度でじゅわっと溶け出すバターの舌触りが口の中に広がる。シャキシャキと程よくみずみずしいサラダを口へ運んでいたときと左側に座ったエリカが口を拭きながら話しかけてくる。
「確か今日は明日の実技試験の説明ですわよね?わたくし、例年通り当日に説明だと思ってましたわ。特別に難易度を下げているのか、難しくなったからなのか。レディはどう思います?」
あぁ、確かにそうだった。私はサラダを噛み終えると飲み込んでから口を開く。
「下げているわけではないと思う。生徒のレベルは上がっている」ミルクを飲むために一度間をおいた。「多分新しい方針に変えるか何かだと」
首を縦に振って同意するウィン。
「どっちにしろ私は最高の成績を残すまで。そうでしょう?」
「はい!ヘザー様ならきっと何が来ても優秀です」一足先に食べ終わったウィンが元気に返事をした。
結局、解は後者であったのだが。
「はーい!試験時間は終わりです!筆記具を置いてください!」元気な教師の声がいつもより広い教室に響いた。
教師が手を一振すると、特殊なインク壺がカランカランと音を立てて閉じる。試験用紙が宙に浮いて回収されていく。
隣りに座っていたウィンの悲痛そうな声が漏れ、エリカは余裕そうに伸びをする。
「皆さんよく頑張りました!これにて解散!と言いたいところですけど、明日の戦闘実技試験について先に情報を伝えますからちょっとお時間くださぁい」ニコニコと笑顔のままの教師は一度手を叩いた。
机の上に小さなゴーレムが現れる。「そう!今回の実技試験は対ゴーレムです!習ったと思いますけどぉ、装甲の内側にあるコアに魔力を当てて破壊する。だけど今回3年生のためには5分耐えるのが合格の必須条件です!」
間延びした声で教師は笑う。それに生徒たちの不満が漏れ、挙手した生徒が彼らの代わりに疑問をぶつける。
「このタイプのゴーレムは石製ですよね。だとしたら中型ゴーレムです!」生徒が苦虫を噛み潰したような顔で眼鏡を上げた。
「中堅冒険者がようやく倒せるレベルですよ?それを私たちがというのは、厳しすぎるのではないでしょうか?」
「そう!いい質問ですね!」教師が嬉しそうに笑う。「今回の試験は2、3人で一組なんです」
眼の前でトコトコと自由に歩いていたゴーレムがパッと紙に変わる。名前の一覧であった。
異例の新しいシステムに一度教室は凍りつき、次の瞬間にはざわつきの声と息を呑む声が教室にあふれた。
ヒースレイ、ヒースレイ。まぁ、足を引っ張らないなら誰だっていい。どうでもいい。そう思っていた。はずなのだが、自分の名前を探していた私は隣に書かれた名前を見て思わず革製のケースに仕舞おうとしていた羽ペンをカタンと落とした。
「え?」
笑顔で制服が濡れるのも気にせず靴を土で汚して花を愛でる姿。実技授業での弱々しい魔法。試験の成績発表の前で青ざめた表情を浮かべていた姿。
――ジオラス, アモネ
私のパートナーはあの劣等生であった。




