顔合わせ②
流石の幼馴染みと言うべきか。仲の良いこって、と陸人と天馬はその様子を静かに観察する。
「…お前は普通に中も外も男なんだろ?」
陸人はそう言って尚親に視線を向けた。
「ん?ああ、俺はこの身体に入る前も男だったぞ」
つまり、この男だけ性転換の苦難を知らないということである。普通に肯定した尚親に、それ以外の三人はやれやれと肩をすくめて、俺たちはよく頑張ってるよな、と目で会話した。その目配せに尚親は少々疎外感を感じ取ったようで、咳払いをして早く話題を変えようと話を先に進める。
「天馬と陸人のことは昨日のうちに瑞希に伝えておいた。本題に入る前に、まず俺と瑞希の意志を聞いてほしい」
脱線して緩んだ空気が一気に真面目なものになる。陸人と天馬は続きを促すように静かに頷いた。
「いきなり言うが、俺と瑞希はまずあっちの世界ではもう死んだものと思っている。天馬と陸人の場合は知らないが、十中八九似たような状態だろう。決めつけるのはまだ早いかもしれないが、大半はその可能性が高いと思っている」
誰一人表情を変えない。瑞希がカップを傾けて紅茶を一口嚥下する音が響く。
「この世界の実態も不明で、安全性が確保できる保証はないが、可能なら時間が許す限りこの世界に留まり続ける選択肢も視野に入れている。元の世界に戻れるならそれに越したことはないが、帰った先で元の肉体がどんな状態に陥っているのか解っていないと危険が高すぎる。…俺たちは特段元の世界に思い入れがあるわけでもないからな」
「…主役級のお二人と違って、こっちは脇役とモブなんでその分選択肢も多いんスよね」
先程までと打って変わって、瑞希は真面目な表情を浮かべて補足した。
「二人がどんな選択をしようと可能な限り俺たちは支援するし、情報の提供も惜しまない。ただ帰るだけが選択肢の全てじゃないと踏まえた上で、お前たちの意志を教えてほしい」
陸人と天馬は、尚親たちの”帰らないという方向性”に少し面食らったあと、考え込むように下を向いて、少ししたら天馬が口を開いた。
「…俺は出来る限り帰ることを目指したいという気持ちに変わりはない。ただ、そうだな…、ゲームをクリア、もしくはラスボスの討伐をしたら強制的にこの世界が終わるものとばかり思ってたから、その選択肢は頭になかった」
「俺も、天馬と一緒に帰る方法探すわ。あっちで待ってる人たちも少なくはねぇからな。帰れなかったら、それはそん時に考える」
陸人は横に座っている天馬の肩に腕を回す。学園の良質な制服越しに、明らかにこの世界に来る前までとは異質な、細い肩とサラッとした長い髪の感触が伝わってくるが、慣れ親しんだこの存在はたしかに天馬のものだ。
これでも長い付き合い。”待ってる人”と言われて陸人と天馬がそれぞれどんな人達を思い浮かべるのかが互いに分かる。叶うことならコイツだけでも帰してやりたいとさえ思うが、それを口に出すほど野暮ではないのだ。陸人はその存在を確かめるように数度その濡羽色の髪をくるくると弄んだあと、そっと手を離した。
「…そうか、了解した。さっきも言ったが、俺たちだって全力で協力するぞ」
「そうっスよ!ドンと頼ってくださいっ!」
尚親と瑞希が揃って柔らかく微笑む。
こうしてみると似た者同士にも見える。瑞希を見て最初に疑った相性の良し悪しは、全くの杞憂だったらしい。
「ありがとよ」
少しの間話しただけでもこの二人の人の良さは十分理解できた。普段滅多に心からは人に懐かない陸人もニカッと笑って礼を言う。
横にいる天馬も、気づけば普段はくっきりと刻まれている眉間の皺が、少し薄くなっているような気がした。
気のせいかな、と陸人が人差し指でその眉間を突つくと、意味がわからんという顔で睨まれた。
それから四人はこの世界に来てからの出来事を一人ずつ順に話し始めた。
会話内容まで全部となると長くなるので割愛するが、尚親と瑞希の話を聞く限り、この世界に来てから経験した出来事はほぼほぼ陸人と天馬と似たようなものらしい。その身体の主の記憶がインストールされ、あの意味不明なチュートリアルとやらから始まり、混乱はあったものの早々に落ち着き、自分の好きに過ごそうという方針をもう早めに決めていたのだとか。
「…んー、こっちも大体似たような感じだな。…あーでも、多分俺がヒロインだからなんだが、この前ちょっとしたトラブルがあってよ」
「トラブル…っスか?」
陸人は天馬と顔を見合わせて、ポリポリと頭を掻く。
「誘拐…というか、拉致か?そういうゲームのイベントらしいんだが、不覚にも賊共に捕まっちまってな。まあもちろん自力で抜け出して応戦してた所を、天馬と合流して解決はしたんだけどな。…どうにも大分シナリオの進行具合が早まってるっぽいわ。そこら辺でアンタらにもストーリーのズレ含めて、皺寄せが行く可能性もちょっとあるから先に謝っとく」
恥ずかしい黒歴史でも公開するように恥じ入りながら説明する陸人に、尚親と瑞希が瞠目する。
「拉致って陸人さんが!?自力で応戦って凄すぎません!?いや、天馬さんもヤバいっスね!!」
「主人公だと、その分危険度も高いんだな…」
しかし陸人は苦い表情を浮かべたままだ。異世界で初めての本職の人間との戦闘だったとはいえ、自分が最も自信を持っていた技能で、初めて圧倒的な勝利を収めることができずに幕を閉じてしまったのだ。実際の所、悔しいなんてものじゃない。次に会ったら絶対に再戦しようと心に決めている。
そもそもが、ただの喧嘩好き高校生である陸人が、恐らく殺しを生業にしているであろう人間と拮抗する戦いを見せることができただけでも可怪しい現象なのだが、この世界に来てからの身体能力の向上と、陸人本来の戦闘の才能と勘が合わさって、地球上の常識では測れないパフォーマンスが可能となっているのだ。




