顔合わせ①
「───こんにちはぁ!!」
尚親から”もう一人”の存在を聞いたその翌日、放課後に図書棟の一室で適当にくつろいでいた陸人と天馬の二人を、突然開かれた扉とともに元気のいい挨拶が奇襲した。
その”もう一人”が必ずしも尚親を伴って来るとは限らないと考えていたとしても、予想外すぎる声量に二人とも少々面喰らう。
しかしそんな二人の様子などお構いなしといったふうに、その人物は言葉を続けた。
「いやぁ~、噂のお二人とこうして実際に話せるだなんて!僕ってば幸運すぎっスよね~!!」
扉を閉めてニパニパと笑いながらそう言い放つ男は、グレーのショートレイヤーで、童顔細身の美少年だった。いや、お姉様方に好かれそうな外見から美少年といった印象を受けたが、よく見ると身長は普通にヘレンやクリスティーナよりも高い。
「……あー、っと。アンタが尚親の言ってた奴…で合ってるか?」
やっと絞り出した質問を陸人が少年に投げかける。一応フレデリックとは呼ばずにおいた。
「はい!そうっス!申し遅れました、僕は篠原瑞希って言います!どうぞお気軽に瑞希と呼んでください!」
満面の笑み。陸人も天馬も愛想笑いなどはしない質なので、口角が釣らないのかと心配になる。この男の年齢など知らないが、若いなぁ、と二人は揃って思った。
「よろしく瑞希。俺は陸人で、こっちは天馬」
陸人は親指でピッと横にいる天馬を指す。天馬はこういった陽気の眩しいタイプの人間とは相性が悪いのだ。既に天馬の中でこの少年とのコミュニケーションは、大半を陸人に任せる方向性になっているなと陸人も長年の付き合いで感じ取った。
「はい、陸人さんに天馬さんっスよね!大体はチカちゃんから聞いてますよ!」
「………ちかちゃん?」
聞き覚えがない名前だと首を傾げて聞き返した。
「ああ!尚親、フレデリックのことっス!」
「へ~、渾名で呼ぶなんて随分仲が良いんだな?」
「僕ら幼馴染みなので!」
間髪容れず満面の笑みでそう答えた瑞希に、陸人も天馬も瞠目した。
キャラ的に対極というか、とても相性が良いようには見えないのだが。まあそれほどこの男の人柄が良いのか、仲良くはない腐れ縁ということも十分ありえるが。
「ふーん、あと喋り方もそんな堅苦しくしなくていいぞ?」
「…いえ!これが楽なのでっ!」
「そ?」
そこまで聞いたところで、再び扉が開く音がした。
何やら焦った様子の尚親が急いで駆け込んでくる。
「瑞希、先に行くならそう言っておけ!」
どうやら尚親は元から一緒に向かって来るつもりだったらしい。
「ごめんって、チカちゃーん」
顔の前で手を合わせて、忘れてただけだって~とわざとらしく謝る瑞希を見て、尚親はハッと何かに気づいたように青ざめて陸人と天馬のほうを窺い見る。
「よう、チカちゃん」
「昨日ぶりだな、チカちゃん」
視線を向けた先では、美少女二人が引くほど素晴らしい笑顔でこちらに向かって手を振っている。しかし尚親からすればただの性根の曲がったニタニタ笑いにしか見えない。
「あ゙あ゙ぁー……」
身内のチカちゃん呼びも気にしないのかとも思ったが、しっかり恥ずかしがっている尚親の様子を見て、思春期男子だなーと面白くなった。
尚親が頭を抱えて羞恥に涙ぐむ様を見て、何故二人が更にケタケタと嗤うのか分からないでいる瑞希は一人小首を傾げている。
「僕、なんかやっちゃった感じっスか?」
「んーや。むしろ弱点教えてくれてナイスだぜ」
ピッと親指を立てて笑ってやると、瑞希も「やったー(?)」と分からないながらも嬉しがった。
「…ま、チカちゃんがチカちゃんであることは一旦置いておいて、さっそく情報交換やらしましょーや」
自分がその件で揶揄っていたことは棚に上げて、パンっと手を叩いて立ったままだった二人にソファを勧める。
瑞希が我先にとダイブするように質の良いソファへと座り、その感触を喜んで味わっている様子を見て、尚親も納得がいかない様子ではあったが素直に座った。
「…あ!じゃあ改めて自己紹介からいいっスか?」
陸人と天馬が頷く。
「僕のこっちでの名前はアビエルっす。身分的には男爵家の三男で、今はグレイノフ家の、グレイノフ・ルノア・フレデリック、つまりチカちゃんに仕える従者みたいな、側近みたいな感じっすね。ここに来る前も、チカちゃんとは幼馴染みだったんで、割と小さい頃から一緒にいることが多かったんスけど、こっちの世界でも一緒とかどんだけって感じっスよね(笑)」
瑞希のあっけらかんとした言いように陸人と天馬は苦笑し、尚親は呆れた視線を向けつつ口を開いた。
「俺は昨日大体言ったが、フレデリックだ。攻略対象?らしいな。この世界がオトメゲーム?の世界だってのはコイツから聞いて知ったから、この世界についての知識はほぼないに等しい。」
昨日話したことの復習なので、二人は「そこ主従なのか」と軽く驚いたあと、頷いて次に話を進める。
「あ、そうだ。瑞希はこのゲームやったんだよな?どのへんまで進めたんだ?」
陸人がこの質問は必須だろうと尋ねる。ゲームをプレイしたこと即ち、この世界についての知識である。その知識によって状況は180度変化するだろう。
「そうっスね~。僕、中学の時に2年間くらいゲーム研究部だったんすよ。そこの先輩にひときわ乙女ゲーム厨だった人がいて、内容はショボいけど作画はいいからやれって言われて。…なんかめっちゃ有名な絵師さんだったらしく」
「…ショボい」
天馬がそのワードを復唱して、ゲームの中でそのゲームのことを貶すのは、些か危険行為ではないかと宙を見るが、数秒待てど、あのシステムっぽい”声”などが怒ってくる気配もなかったので安心した。
「あー、別に面白くないわけじゃないっすよ?でも内容は普通というかありきたりというか、グロもエロもない定番ファンタジーって感じだったんで、そこまで熱を入れてやってなかったんすよね。…なんで、ストーリーとかはほぼ覚えてない感じで、すいません。あ、でもパズルとか謎解きとかのミニゲームは得意めなんで、お任せあれっす!」
笑顔でドンと胸を叩く瑞希に、陸人と天馬が思わず拍手を送る。
「謎解き強いの有難いわ」
「…最高」
正直に言うと、ゲームの細かい内容も、ストーリーの解決の鍵になってくるような、推理や暗号解読もなんら覚えていなかった部分が不安要素だった二人からしてみれば、この瑞希が素晴らしく輝いてみえた。
「いやぁっはっは!頼りになる男でしょう!」
笑ってそう言う瑞希に、呆れ顔で尚親が訂正を入れる。
「……いや、お前女だろ」
「は?」
「ん?」
今、とんでもない台詞が聞こえた気がした。
「ああっ、チカちゃんそれ言っちゃあ!」
瑞希が慌てた顔で恨めしげに尚親を睨みつけるが、当の尚親は騙すつもりだったのか?と片眉を上げて首を傾げた。
「瑞希って女なのか!?」
陸人と天馬は驚きつつ尋ねるが、女だというのは元の世界での話だろうか、こっちでの姿が男装だという話なのだろうか。
「こっちの世界に来る前は女だったんスよ。お二人の逆バージョンっスね~。もー、チカちゃん、だいぶ時間が経ってからバラしてビックリさせるつもりだったのに。相変わらず空気の読めない男っすね」
どうやら大きめのドッキリを企んでいたらしい。
手加減はされているようだが、瑞希にため息を吐きながら軽く肩の肉を抓られている尚親は、不服そうな表情を浮かべながらも、目の前の相手を納めるには謝るのが早いと、慣れている様子で手を挙げて謝罪していた。




