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もうひとり

「「それを早く言えよ!!!」」


 陸人と天馬の声が重なる。


「いやぁ、悪い。突然だったからな」


 頭をポリポリと掻きながら尚親が謝る。しかしそう素直に謝られるとは。言葉が強くなりがちとは言え、二人に責めているつもりはなかったのだが、この男は余程素直で実直な人間らしい。天馬も陸人も、今まであまり周りにそういった人種がいなかったので、少々新鮮に感じた。


 なんとなく天馬は少し興奮が削がれつつ、気を取り直して、と尚親に右手を差し出す。


「……俺たちはこれから協力関係になるってことでいいんだよな?…だったら今後は、そのもう一人も含めて情報の共有をしたい」


 尚親もすぐに、笑顔で頷いてその右手を握り返した。


「勿論。アイツも良好な協力関係を築けることを望むだろう。よろしくな、成田に鈴木」

「ああ」

「おうよ」


 尚親は陸人にも右手を差し出し、ガシッと握手を交わす。


「あ、俺たちが本物のヘレンとクリスティーナじゃないって、その”もう一人”に聞いたのか?」


 陸人は手を離しながら、先程から気になっていたことを聞いた。


「そうだが?よくわかったな」

「やっぱりか!なんかお前はあんまりそういうの気づかなそうなんだよなー。鈍そうなイメージっていうか」


 真面目馬鹿正直な男という印象故に。とは付け足さないでおく。別に陸人もここでまた険悪方向になるのは、天馬の望まないことだとは解っているのだ。

 しかし少しばかり、目の前のこの男がからかいたくなるような気性をしているものだから、少々意地の悪いことを言ってしまうのは仕方がない。


「はは。よく言われる」


 しかし尚親の返答は陸人の想像よりもあっさりとしたものだった。


 (……わっかんねーな)


 この男は思っていたよりもユーモアのある懐の深い人間であったらしい。多少なりとも言い返してくるかと思えば特に気にした様子も見られない。

 最初の、規則や固定観念に囚われたお硬い真面目男、といった印象からは既に大分違った位置に変動している。この短時間で、コイツの人間像が掴めない奇妙な感覚が興味へと転じているのだ。特段何かあったわけでもないが、陸人と天馬がこの男に好感を持つには十分だった。


「お前も人のこと言えねぇだろ」


 ニヤっと笑った天馬が陸人の背中をバシッと軽く叩く。


「は!?俺はどっちかっつったら機微に聡い方だろ!?」


 陸人は尚親とは性質が違って、確かに人の感情や変化を読み取るのは得意な方だが、興味のない人間に至っては全く眼中にないタイプなのだ。五十歩百歩である。


 納得のいっていない様子の陸人を置いて、天馬と尚親は向かいあい、揃ってまた笑う。


「呼び方も楽に天馬と陸人でいい」

「わかった。そちらも気軽に呼んでくれ」

「ああ」


 この二人は難なく仲良くなったようだ。クリスティーナになる前の天馬は、陸人より著しく社交性を欠いていたはずなのだが。置いてけぼりの陸人は少しむくれながらも提案する。


「次にそのもう一人も含めて時間取れる日、決めとこうぜ」

「そうだな。…こちらは特に別の用事もないから、明日でも問題はないが」

「こっちもそれで大丈夫だ。早いに越したことはない。……それと、場所はどうする?」


 天馬が返答しながら、流石に教室でこれ以上込み入った話をするのも不味いかと、自身の部屋を持ちかけようとして、その場が女子寮であったことを思い直した。


 皮が女子な陸人は入れるが、尚親は普通に男子生徒。男子禁制の女子寮に足を踏み入れることもできない。男子寮も同様である。


「…俺が図書塔にある自習室を借りておこう」


 尚親が少し考える素振りをしてから答えた。


「ああ、そこがあったな。そうしてくれると助かる」


 この学園の図書塔はその蔵書数も名物だが、何より15階よりも上階には自習室が多数完備されていることがポイントなのだ。その自習室は完全個室、完全防音で、おまけに暖房冷房以外にも様々な便利魔法が付与されている。そのため日々競争率は激しく予約が殺到するため、数年前から制度が変わり、教員に選ばれた少数の生徒しか予約をすることができないようになっているのだ。

 もちろん使用するだけならどんな生徒も可能だ。しかし普段からの素行であったり、寄附金額によっても予約の優先順位が変わってくる。その点、このクソがつくほど真面目で品行方正な良家の子息の男や、王家の血を引く公爵家の令嬢であるクリスティーナなどは、予約争奪戦などあってないようなものだろう。


「ではフレデリックの名で一応部屋を押さえておくが、司書の方に君たちが尋ねてきたら、押さえた部屋の番号を伝えてもらうように言っておく」

「おっけー、よろしく」

「おう。放課後になったら向かう」


 陸人と天馬が了解する。


「あ、すまないが、俺は教授に頼まれた仕事をする可能性があるから、少々遅れるかもしれない」

「気にしないで良い。ゆっくり来てくれ」

「ありがとう」


 どうやらこの真面目な男は、乙女ゲームの世界に来てまで必要以上の仕事を買って出ているらしい。

 そこに関して天馬と似たものを感じるが、天馬のクリスティーナに対する責任感や負い目といったものとは全く性質の違う気性のようであった。


 ((…真面目だなー))


 絵に描いたような学級委員長タイプ。面倒くさがりの陸人と天馬には理解しがたい珍生物のように見えた。


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