第15章 『初めての日』の出逢い
ようやくエルディアとレイモンド王太子の出逢いの話です。
王太子とランスが卒業したと思ったら、またあっという間に一年が経ち、今度はジョンスタットとセリーナが学園を卒業した。
そして彼ら二人も、先の先輩同様すぐに結婚式を挙げた。
ヴァートマン公爵家の嫡男とガードナー侯爵家のご令嬢の結婚ということで、それはもう盛大に行われた。
もちろんエルディアはレイモンド王太子と共に招待されて、教会での誓いの式から参加した。
銀縁眼鏡のクールなイケメンの新郎に、見事な赤い髪を結い上げて、大きな黒い瞳を輝かせた、華やかで絶世の美女の花嫁の姿に、周りからは大きなため息が漏れた。
その中でもエルディアはもう感極まって、式の最初から最後まで泣き通しだった。
自分の大切で愛する友人と友人が結婚するのだから、こんなに嬉しいことはにない。しかも意図せず自分が長い間、二人に辛い想いをさせてしまっていたのだからなおさらだ。
「いい加減泣き止まないと、化粧が全部とれてしまうわよ。私達の結婚式の時みたいに」
同じく式に参加していた姉のマルティナに注意されたエルディアは、わかったというように頷いた。
姉の結婚式の翌日は、目の周りが腫れ上がって酷い状態だったことを思い出したからだ。
エルディアは必死に泣くのを止めようとした。何やら新郎新婦だけでなく、自分まで注目されている気もしたからだ。
化粧が取れた私の顔ってそんなに酷いかしら?
それともやっぱりこの豪華な赤いネックレスが似合わなかったかしら… もしかして、花嫁さんの髪の色とかぶったのはやはりまずかったのかしら?
身支度をする時も、一応悩んだエルディアだったが、このネックレスだけは、どうしてもはずしたくなかったのだ。
『あのカーニバルの二日目に、本当はお礼として君に贈るつもりだったんだ』
その赤玉の散りばめられた豪華なネックレスは、告白された直後に王太子から手渡された、彼からの初めてのプレゼントだったからだ。しかも、
『その紅玉のネックレスはお守りだから、肌身離さず付けていてね』
と言われていたからなのだ。
しかし、お妃教育でこのネックレスが国宝で、いずれ王妃になる女性が身に付けるアイテムだと知った時、エルディアは全身総毛立ってしまった。
『あら、でも皆様このネックレスを見ているわけでもなさそう。となるとやっぱり私が持っているこの袋のせいかしらん?
一応この場の雰囲気を壊さないようにレース付きの白のビロード製の生地で作った、いつもより小振りの袋を持参したのだけれど。
それに、式の始まる前に新郎新婦や両家のご両親、神父様の了承もちゃんと得たのだけれど』
しかしその時エルディアはモヤッとした。
「袋は是非ともご持参下さいませ。むしろ持って来て頂けないと困ります。我々の愛する子供達の結婚式なのですから。
態態参列して下さった皆様にも、『幸福の梟令嬢』様からの幸運を是非お裾分けしたいので」
そう言われたことを思い出したのだ。
『ん? それってどういうこと? 私は決して『幸福の梟令嬢』でも『梟の使い』でもないのよ。だから皆さんに幸福なんて運べないのよ』
再びちょっとだけモヤモヤしたエルディアだったが、幸せそうな二人の姿を見たことで、それはすぐに吹き飛んでしまった。
「長い間人目を忍んで想い合ってきて、ようやく結ばれたのよ。幸せになって頂きたいわ」
「なるに決まってるだろう。僕達より先に幸せになるのは悔しいが」
隣にいる王太子が本気とも冗談にも聞こるようなことを言ったので、エルディアは彼の顔を見上げながら尋ねた。
「ねぇ、殿下。ランスお兄様をなかなか家に帰して下さらないのは、先に結婚した親友が妬ましかったからなの?」
すると、殿下は大きく目を見開いた後、少し困った顔をした。
「ランスにもマルティナ夫人にも本当に申し訳ないと思っているんだよ。
だけど鉄は熱いうちに打てというだろう。今ようやく改革が軌道に乗り始めたところなんだよ。大臣や官吏達の意識も変わってきたし。
だからついね。でもこれからはジョンや他にも優秀な部下が入ってくるから、少しは皆を早めに帰してやれると思うんだ」
「そうだったんですね。でも、無理は禁物ですから、ほどほどになさって下さいね。来年になれば、私も少しだけお手伝いできるようになると思いますし」
「エルが手伝ってくれるのなら百人力だな。なにせエルは僕の福の神だからね」
王太子のはちきれんばかりの笑顔が眩しすぎて、エルディアは思わず顔を両手で覆った。本当にレイモンドは美しく神々しいのだ。
「皆さん、何故か私を『幸福の梟令嬢』とか『梟の使い』だとか思っていらっしゃるようなんですが、私はただの変わり者なんですよ?
しかも気の弱い。だから袋の中に色々な物を詰め込んで持ち歩いているだけなんです」
「確かに君は梟の使いなどではない。だけど、変わり者なんかじゃないし、気が弱くもない。
大体気が弱かったら、暗殺者から他人を助けようなんてしないよ。
初めて僕達が逢った時のことを覚えてるかい?」
王太子の問にエルディアは頷いた。忘れたことなんてなかったし、これからも忘れるはずがない。
七年前のカーニバルの初日だった。たくさんの人で溢れ返っていたあの賑やかな場所に、その男の子だけが、まるで荒野に一人でいるかのように孤独な顔をして立っていた。
王太子は平民の格好をしていたが、所作から身分の高い家の子供だとすぐにわかった。それに、金髪碧眼のまるで天使のように愛らしい容姿をしていて、周りからは高貴なオーラが漂っていたから。
ああ、今日はこの男の子の『初めての日』なんだな、とエルディアは察した。注意深く観察をしてみると、その男の子の様子を伺っている男の人達が何人もいたからだ。
この国の王侯貴族の子弟には、十歳から十二、三歳くらいの間に『初めての日』を迎えなければならない、というしきたりがある。
庶民の暮らしを知らないで大人になったような者では、所詮この国は治められない。統治者になる資格はない。
ということで、たった一人で市井に出かけて二日間過ごさないといけない、というしきたりだ。
もちろん安全のために誰か大人の見守りがつくのが基本だが、そのことを子供本人には知らせてはいけない。
そしてよほどのことがなければ、大人は子供の揉め事に介入してはいけないとされている。
しかしいくらしきたりだ銘打っていても、実際にはそれは決まり事になっている。
何故なら、『初めての日』を実施する際はきちんと国に申請し、遂行できたかどうか、役人の監視やチェックを受けることが義務付けられているからだ。
その上最後までやり通すと、碧色の石のついたピンがもらえるのだ。
しかもそれは誰かに譲り渡しができないようにナンバリング付き。名簿と照らし合わせれば誰のものなのか一目瞭然なのだ。
これはしきたりの範疇を越えた、ただの強制だとエルディアは思っていた。
この事実上決まり事であるしきたりは、馬鹿親や過保護な親がどんな手を使おうとしても、不思議なことに不正はすぐにばれてしまうらしい。
そして『初めての日』を無事に達成しないと、親も子も何かあるごとに馬鹿にされ、陰口を言われ、笑い者になる、結構シビアなしきたりなのだ。
第二王子だったエドウインが、碧色の石のついたピンを持っていなかったと聞かされた時、エルディアは絶句した。
王子でありながら『初めての日』を経験していなかったなんて信じられなかった。学園入学試験の合否よりも大きな減点になるレベルだ。
国民の暮らしを知ろうとする気もない王子を、誰が自国の王に望むだろうか。
いくら母親が他国から嫁いできた王妃で、しきたりをよく理解していなかったとしても論外だ。
あと二章で完結となる予定です。
読んで下さってありがとうございました!




