第三十一譚 大草原のすぐそばで
エルフィリムから西に歩いて半日程度。
そこに“エルフィリム大草原”は位置する。
「そろそろだよ……」
ジオは遠くを見つめながら、俺達に合図する。
ここに来るまで、やはり魔物達との遭遇はなく、不気味なくらいに静かだった。
しかし、大草原に近づくにつれて、木々が騒めいているように思える。
そんな雰囲気に空気を読んだのか、空は薄暗く少し不気味な雰囲気を際立たせていた。
「凄く静かですね……」
「なんか不気味だよな……」
俺達はゆっくりと歩いて行く。
「ねえ、何か変な臭いがするわ……」
アザレアは鼻を抑えながら、辺りを見渡し始める。
確かに、先程から鼻に着くような臭いがしていた。
嗅いだ事があるような臭いは、辺りから発せられている。どこかで嗅いだ覚えがあるんだけど、どこだっけ……?
「……皆、止まるんだ」
「ジオ? 一体どうした?」
俺がそう問いかけると、ジオは口元に人差し指を立てて歩みを止める。
「音が聞こえた」
ジオはそう言って耳を立てる。
眼を閉じ、周りの音に意識を集中させているようだ。
俺もジオを真似て耳を立ててみるが、物音一つ聞こえてこなかった。
「本当に聞こえたのか?」
「妖精族の耳は、今まで自然の中で暮らしてきたためか、かすかな音にも反応するのよ。他の種族じゃ聞き取れないような音も、妖精族は聞き取れてしまうってわけ」
得意げに話すアザレアは、近くの樹木に寄りかかりながら胡坐をかいて座った。
「お前王女様なのに、そんな恰好で座って大丈夫なのか?」
俺が呆れながら問いかけると、アザレアは慌てたように正座する。
「いっけね……」
「え?」
気のせいだろうか?
今、俺の耳に王女の声で「いっけね」なんて下品な言葉が聞こえてきたような気がしたんだけど。
いや、まさかな。仮にも王女様だぞ王女様。
こっちの世界に転生して来る前の俺だったら確実にはあはあ言っちゃうような部類に位置する、妖精族の王女様だぞ?
そんな王女様が下品な言葉なんか使う訳ないでしょうに。
疲れてるんだろうな、俺。この偵察が終わったら宿を借りてゆっくりと休もう。
「皆、ビンゴだったみたいだよ」
周りの音に耳を澄ませていたジオが真剣な表情で俺達に話しかける。
「……いるのか?」
「うん、それも結構な数」
セレーネとアザレアは、何の事だかわからなそうに首を捻る。
「魔物達が集まってるって事だよ」
「どのくらいだかわかるか?」
「いいや、そこまではわからない。だけど、森の魔物達が集まっているならば三万程度はいるだろうね」
「さっ、三万ですか!?」
セレーネは事の重大さを理解したようで、声を上げて驚いている。
三万。
俺でさえ、そんな大群と戦ったことは一度もない。せいぜい一万か二万いかないぐらいだろう。
しかも、その数と戦ったのは魔王城前だ。最終決戦前の最期の戦い。
そんな終盤で一万ちょっとだったのに、序盤で三万って頭おかしいと思うんだ。
まだアルヴェリオの冒険は始まったばっかりだろ?
これが強くてニューゲーム的な感じになった俺の代償という事なのか……。
流石に、ここにいる戦力だけで三万は厳しい。
俺の職業については未だにわからないままだし、セレーネは戦い慣れてない。
さらに、ジオとアザレア――二人がどれほど戦えるのかだ。
ジオの強さはわかった。戦い慣れているような感じだってのもわかっている。
でもアザレアは?
橋の前でジオが言った一言。彼は「アザレアも混ざったら俺は数秒と持たない」って言っていた。
もし、それが本当ならばとてつもない戦力になる。
だが、それがハッタリだったとしたら?
その場合、俺達にとっては大きな弱点になる。
ここは皆の実力を知っておく必要があるな。
「なあ、ここで皆の強さ、というか職を知りたい。あと、どれだけ戦えるかも」
俺はセレーネ達の前に立ち、真剣な表情で問いかける。
「職なら、僕は“義賊”だよ。どれだけ戦えるか、って質問には答えられないけど……」
「ジオの強さは今朝のアレでわかってるから大丈夫だ」
「私も言った方がいいでしょうか?」
「いや、セレーネの事はよくわかってるし、言わなくていいぞ。問題は――」
俺は黙ってアザレアの方を向く。
アザレアは、周りをキョロキョロと見渡し、自分の事を指さして一言。
「アタシ?」
「ああ。お前だけは本当にわからない」
「アタシが戦えないって思ってるわけ?」
「……正直」
俺はアザレアから目を逸らし、遠くを見つめる。
これだけは仕方ないじゃないか。本当にわからないんだもの。
「そうね……なら、今見せてあげましょうか?」
そう言ったアザレアは、不気味に微笑んだ。
「いいや、やめるんだ。アルヴェリオ、彼女の実力は本物だよ。今は魔法使いなんてやってるけど、じつのところ――」
「グラジオラス? それ、今は禁句でしょ?」
なんだか含みがあるような言い方だ。
この二人には何か秘密があるんだろうか。気になる。気になるがしかし、今は事情が事情だ。
「信じていいんだな?」
「うん。そこは安心してくれていいよ。彼女は少数相手よりも多数相手に力を発揮する魔法使いだからね」
敵が多ければ多い程力を発揮する魔法使いか。
あんなバカな奴なのに、これほど心強いなんてな。やっぱり世の中わからないものだ。
「わかった、ありがとう。それで? これからどうするんだ?」
「とりあえず、大草原に出よう。そこでどうするかを決めるけど、基本は撤退だね」
「了解。じゃあ、さっさと行こうぜ。これ以上暗くなってからじゃ面倒くさいからな」
「うん、そうだね。よし、行こうか」
ジオは自ら先頭に立ち、奥へ奥へと進んでいく。
奥に歩いて行く度、木々の間が開けて風が強く通り抜ける。
どうやら、そろそろ大草原に出るようだ。
「もう出るよ、一応何が起きてもいいように準備しておいて」
不気味な空気が漂ってくる。
腐ったような臭いや、血生臭い臭い、獣の臭いなどが辺りに充満している。
「僕が合図したら一斉に出よう。三、二、一……行くよ!」
ジオの合図で、俺達は森を一気に跳びだす。
暗闇の中から急に明るい場所に出たためか、月明かりが眩しく、少しだけ目を瞑った。
しかし、その明かりに順応した目を開けると、そこには思いもしない光景が映り込んできた。
「何……ですか。これは……?」
「こんなの……あり得ないわよ……!」
大草原が埋め尽くされる程の魔物達。
何かに群がる訳でもなく、ただただじっと隊列のようなものを組んで動かない魔物達。
その光景はまるで地獄絵図。
その数は、きっと――三万なんかじゃ足りない程に集まっていた。
「て、撤退しよう!!」
「同感だ!」
俺達は急いで森の中に戻って行った。




