9話目「鎮魂」
俺たちは啓太と裕太郎を横たえ、誠と俺は交代で鈴を鳴らし続けた。
チリン、チリン――澄んだ音が、静まり返った山に響いていく。
最初は何も変わらないように思えた。だが日が傾き始める頃、周囲から聞こえていた無数の足音と鈴の音が、次第にこちらの鈴の音に合わさっていくように感じられた。
まるで、荒れ狂っていた何かが、ゆっくりと呼吸を整えていくように。
「山の神なんて、最初からおらんかったんや……」
誠が鈴を鳴らしながら、絞り出すように言った。
「あるのは、理不尽に死んでいった村人たちの、行き場のない声だけやったんや」
俺は鈴を鳴らし続けながら、井戸で嗅いだあの臭いを思い出していた。
鉛に侵された水を飲み、原因も分からず死んでいった人々。
その恐怖と怒りと絶望が、百年以上経った今も、この山に染みついている。
夕方、啓太が微かにうめき声を上げた。
「啓太?!」
目を開けた啓太は、まだ焦点が合わない様子だったが、少なくとも意識は戻りつつあるようだった。
「な……なんか、耳の奥で……鈴の音、しとる……」
「それでええ。それが正しいんや」
俺は鈴を鳴らし続けながら、そう声をかけた。
夜になると、あの足音と気配が再びこちらへ近づいてきた。
だが今度は、明確な敵意のようなものは感じられなかった。むしろ、鈴の音に耳を傾けているような、そんな静かな気配だった。
一度、坑道の暗がりの奥に、ぼんやりとした人影のようなものが見えた気がした。
着物姿の、痩せた人影だった。俺は思わず息を止めたが、老婆の言葉を思い出し、決して声をかけなかった。ただ、鈴を鳴らし続けた。
人影は、じっとこちらを見ていたようだったが、やがて霧のように輪郭を失い、闇に溶けて消えていった。
「今の、見たよな……」
「ああ。けど、何も言うな。鈴だけ、鳴らし続けろ」
誠と俺は、頷き合って鈴を鳴らし続けた。
夜通し鈴を鳴らし続け、東の空が白み始めた頃、ふっと、山全体を包んでいた重い空気が緩んだ気がした。
まるで、長い間張り詰めていた糸が、ようやくほどけたかのような感覚だった。
裕太郎も、その頃にはうっすらと目を開けていた。
「……ここ、どこや……俺、なんで……」
「大丈夫や、もう大丈夫やから」
俺は裕太郎の手を握りながら、それでも鈴を鳴らす手は止めなかった。
日が完全に昇りきる頃、山は嘘のように静かになっていた。
鳥の声が、久しぶりに戻ってきていた。
「……終わった、んかな」
誠が疲れ切った声で言う。
「わからん。けど、今はとにかく、皆を連れて下山しよう」
9話目、ありがとうございました。
鈴を鳴らし続けるだけ、という地味な行為をクライマックスに据えるのは、書く上でも構成上のチャレンジでした。派手なアクションではなく、「ただ耐える」「ただ鳴らし続ける」ことの恐怖と忍耐を描きたかったからです。
坑道の奥に見えた人影は、生贄にされた娘か、あるいは鉛中毒で亡くなった村人の誰かか――あえて特定していません。声をかけなかった、という選択そのものが、この物語における「正解」の行動になります。
啓太と裕太郎が徐々に意識を取り戻していく様子で、ひとまず峠は越えたことを示しました。次話、いよいよ最終話です。




