7話目「生贄」
少し村の過去について触れておきたい。
これは後で老婆から聞いた話と、村誌控に書かれていたことをつなぎ合わせたものだ。
明治の終わり、村の生活は鉱山の産出で潤っていた。だが病が広がり始めると、村は一気に恐怖に包まれた。
原因がわからないまま人が死んでいく中、村のシャーマンだった一人の女性が「山の神の怒りだ」と告げ、生贄の儀式を執り行った。
選ばれたのは、まだ年若い娘だった。娘は泣き叫びながら坑道の奥に連れて行かれ、二度と戻ってこなかったという。
しかし生贄を捧げても死者は増え続けた。
当然だ。原因は山の神でも祟りでもなく、鉱山の排水に含まれる鉛が井戸に染み出していただけなのだから。
真実に気づいた時にはもう遅く、村はほとんど壊滅状態だった。
生き残ったわずかな村人たちは、死んでいった者たちの魂が、自分たちを死なせた鉱山への恨みを抱えたまま彷徨っていることに気づいた。
そしてその「声」――怨念の呼び声は、聞いた者を次の生贄として引きずり込む力を持っていた。
村を捨てる前、最後まで残った者たちは、せめてもの罪滅ぼしとして、入り口に結界を張った。
「音を立てず、鈴のみで鎮めよ」――それが、彼らが遺した唯一の教えだった。
***
七話目、現在。
夜が更けるにつれ、啓太と裕太郎の容態は悪化していった。
二人とも耳からの出血が止まらず、意識も朦朧としている。時折、聞いたこともない古い言葉で何かを呟くようになっていた。
「このままやとまずい……朝まで持つかどうか……」
誠の声にも焦りが滲んでいた。
「なあ北斗、もし……」
誠が言いかけて、口をつぐんだ。
「なんや」
「もし、あの井戸に投げ込んだら……鎮まるんちゃうかとか、そういうことは、考えたらあかんよな」
「当たり前や。お前、何考えとんねん」
俺は思わず語気を強めた。誠はバツが悪そうに謝った。
深夜、啓太が突然、目を見開いて起き上がった。
「啓太?!」
啓太は虚ろな表情のまま、こちらを見もせずに、あの節回しで何かを歌い始めた。
声はどんどん大きくなり、まるで誰かに応えるように、山全体が呼応するかのごとく、遠くから無数の声のようなものが重なって聞こえてきた。
「やめろ! 啓太、正気に戻れ!」
必死に体を押さえつけると、啓太は突然糸が切れたように大人しくなり、そのまま気を失った。
裕太郎も、うわ言のように何かを繰り返している。
「……許して……知らんかった……水が……」
まるで、死んでいった村人たちの誰かの言葉を、そのまま代弁しているかのようだった。
俺と誠は、なす術もなく二人を見守ることしかできなかった。
そのとき、森の奥から、これまでで一番はっきりとした足音が近づいてきた。
複数――いや、十人以上はいるかもしれない。乱れた足音と、鈴の音、そして低い呻き声のようなものが混ざり合いながら、確実にこちらへと近づいてくる。
「誠、火を、火を絶やすな!」
俺たちは震える手で焚き火に薪をくべ続けた。炎の明かりだけが、俺たちとその「何か」を隔てる唯一のものだった。
足音は、テントのすぐ外まで来ているように感じられた。
息を殺し、俺と誠は肩を寄せ合うようにしてその時が過ぎるのを待った。
やがて、東の空がわずかに白み始めると、あれほど近くにあった気配が、潮が引くように遠ざかっていった。
「……朝や。夜が明けたら、大人しくなるんかもしれん」
誠が掠れた声で言った。
だが俺たちには、まだ何も解決していないことがわかっていた。
7話目、ありがとうございました。
今回は趣向を変えて、冒頭に村の過去――生贄の儀式や、当時の村人たちの苦しみを、少しまとまった形で描写しました。北斗の一人称という縛りの中で過去のエピソードを入れる都合上、「後で聞いた話」という体裁を取っています。
現在パートでは、啓太と裕太郎の症状がついに限界に近づき、山全体を包む気配もこれまでで一番濃くなっています。誠が思わず口にしてしまった「井戸に投げ込んだら」という台詞は、彼の中にも追い詰められた本音が滲んでいる場面として書きました。
次話でついに、この状況を打開する糸口となる人物が登場します。物語も終盤に差し掛かってきました。




